第10話 勘違いの大暴走


「こんなに書いているのか……」

 太監の手により勝峰ションフォンの元へ届けられた数冊の艶本。

 それらを眺め、皇帝は呆れる。

 香麗シャンリーの元で、『朱蘭ヂュラン』による小説の存在を知ってから数日が経過していた。

峰風フォンファンなる人物を描いたものは特に後宮で人気らしく、注文が殺到している模様でございます」

 太監の言葉に複雑な表情を浮かべながらも、勝峰は一冊を手に取る。

 ここ最近、最愛の寵姫・香麗の部屋を訪れると、いつも彼女は書を手にしている。皇帝の姿を目にすると慌てて片づけ駆け寄ってくるが、その頬は薄紅色に染まりとても艶めかしかった。

 まるでたった今まで、恋する相手と甘い時を過ごしていたかのように。

「ふん、こんなものが」

 不快そうに鼻を鳴らしながら文字を辿る。だが間もなく勝峰は物語に引き込まれてしまった。そこに登場する峰風なる人物は、比類なき極上の男として描かれていた。

「……これが、俺か」

 自分を模して描かれた人物であると、香麗は言っていた。そして今、この小説が後宮中の宮女たちの心を虜にしているらしい。

「全く、困ったものだ」

 勝峰の口端が上がる。誰の目にも明らかなほど、皇帝は上機嫌となっていた。

 勝峰は立ち上がると、部屋を後にする。

「陛下、どちらへ」

「うむ」

 嬉しさをこらえ切れぬ様子で口元を緩ませ、勝峰は答える。

「たまには皇后の様子も見に行ってやらねばと思ってな」


■□■


「翠蘭様、皇帝陛下がお見えになりました」

 仙月シェンユェの言葉に、のんびり月を眺めつつ妄想を巡らせていた私はぎょっとなった。

(皇帝が!? こんな時刻に何しに!?)

 これまで完全に無視されていたため、皇帝を迎える正妻のマナーが分からない。

 うろたえているうちに、皇帝は部屋に入ってきてしまった。

「えぇと、ほ、本日はお日柄もよく? よくぞお越しくださいまし、た?」

「あぁ、堅苦しい挨拶は不要だ。我々は夫婦ではないか」

(はい?)

「仙月、茶を持て」

「かしこまりました」

(えぇ~……)

 皇帝はながいすにどっかと腰を下ろすと、こちらへ手招きする。

 おずおず近づくと皇帝は手首を掴んで私を引き寄せ、強引に自分の隣へと座らせた。

「お茶をお持ちいたしました」

「うむ。では下がれ」

「かしこまりました」

 仙月だけでなく、紅花ホンファ若汐ルオシーも、こちらへ一礼を残し部屋を出ていく。

 仙月など去り際に、あたたかな視線を残していった。「良かったですわね」とでも言わんばかりの。

(ちょっと待って!? こいつと二人きりになっちゃう!)

 夜に男と二人きり、その関係は『夫婦』。

 そして『夫婦』とはいえ、私にとってはほぼ接点のない赤の他人。

 どっと不安が押し寄せて来た。

(だ、大丈夫だよね?)

 私は汗ばむ手を膝の上できゅっと握りしめる。

(皇帝は香麗に夢中で、翠蘭のことなんて鼻もひっかけない感じだったよね? 私のこと、そう言う対象に見てない人だよね?)

「翠蘭」

「ひゃいっ!?」

 息もかかるほど、皇帝は私に顔を寄せて来た。

 間近で見ても皇帝の造形はかなり整っている。まるで芸術品のようだ。自信に満ちあふれた双眸からは、強い雄の気配が伝わってくる。その口元に浮かぶ笑みからも、昂然たるものが感じ取れた。

「翠蘭よ。俺はお前をつまらない女だとばかり思っていたが、認識を改めねばなるまいな」

(いきなり失礼だな)

 そう思ったが、勿論口には出せやしない。

 私は言葉を飲み込み、引きつった笑みを返す。

 すると皇帝は、懐からなにやら取り出した。

(ぎゃーーー!!)

 それは私が香麗から依頼を受けて書いた、皇帝イメージのキャラが登場する小説だった。

 自作の同人誌を母親が手にして「これアンタが書いたの?」と問われた時のあの気分だ。

 しかも皇帝が手にしているのは、よりによって濃厚なR-18作品。

(あかんあかんあかん、あかんやつー!)

 焦って口をパクパクさせる私を見て、皇帝は満足げに笑う。

「やはり、お前がこれを書いたという噂は本当だったのだな?」

「ち、違いましゅ、よ?」

 動揺のあまり、噛んでしまう。

「誤魔化すな」

 皇帝の手が私の肩にかかり、更に引き寄せられる。

 いい匂いがする。だが、怖い。

「読んだぞ」

「ソウデスカ」

「この物語には、お前の気持ちが詰まっていると、俺は感じた」

「? ソウデスネ」

 当然だ、これは私の生み出したさくひんなのだから、愛は詰めまくっている。

 皇帝は上機嫌で、書を私に突きつける。

「この書の中の峰風と言う男、俺を模して書いたものらしいな?」

「は、はぁ……」

 それが香麗からのリクエストだからだ。

 実の所、私は皇帝と接点がなく本人の性格を掴み損ねていたため、彼をモデルに書いた感覚はあまりない。香麗の語る皇帝像に、私の記憶の中の数多の俺様キャラ要素を重ねて作り上げたのが、峰風と言うキャラクターだ。

「俺も読んでみたが、峰風はとても素晴らしい男として描かれているな」

「あ、ありがとうございます」

 自信家で強くてカリスマ性あふれる、ちょっと強引で最高にセクシーな存在。

 実はこれまで私が書いた小説の中でも、峰風の物語は後宮で特に評判が高い。

 なんだかんだで、皇帝のようなタイプは彼女らの好みなのだろう。

(あぁ、そっか。自分をモデルにしたキャラが魅力的に書かれていたから、ご機嫌で感想を伝えに来たってことかな。なんだ、それだけか)

 ほっと息をついた時だった。

「つまり、お前の目に俺はこんな風に映っていると言うわけだ」

 んん?

「お前の俺に対する熱烈な愛情、そして淫らな欲望、確かに受け取ったぞ」

(はぁああ~っ!?)

 ぐいと体重をかけられ、そのままながいすへと押し倒される。

「ちょ、ま!?」

「お前の書いた物語の中で、男はこう振舞っていた。……俺にこうされたかったのだろう?」

(ぎゃーっ、ぎゃーっ、ぎゃーっ! 言い方がAVを真似するオッサン!!)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る