第11話 認識の変化

「お前の書いた物語の中で、男はこう振舞っていた。……俺にこうされたかったのだろう?」

(ぎゃーっ、ぎゃーっ、ぎゃーっ! 言い方がAVを真似するオッサン!!)

 確かに私はこれを書く際、自身が彼と熱烈な恋愛をしている妄想を働かせつつ、筆を走らせた。

 だが、相手はあくまでも、創作したキャラクター『峰風フォンファン』であり、皇帝勝峰ションフォン本人ではない。

 胸を押し返して逃れようとしたが、手首を掴まればんざいの姿勢で磔にされる。

「抵抗を試みるも逞しい腕に捕らえられ、猛獣の牙の前の獲物の気持ちを味わう、だったか?」

(内容を暗唱するな! あと、手首痛い!)

 膝を勢いよく立てれば、この傲慢男の股間を蹴り上げるくらいできそうだ。

(けど、怒らせるのはまずいよね)

 仮にも相手は一国の皇帝。機嫌を損ねて廃位でもさせられれば、私の今の生活は失われる。死刑の可能性も高い。

(だからといって、愛情のない三次元とアレコレするのは絶対に嫌だ!)

「へ、陛下!」

 私は聞きかじった、とあるテクニックを思い出す。

「そう言えば、香麗シャンリー様は今どうされているのです?」

「香麗?」

「こんなに美しい月夜ですもの。きっと香麗様はお部屋で一人見上げていらっしゃることでしょうね。香麗様の所へ行って差し上げてはいかがですか? きっと香麗様は月の光にも劣らぬまばゆい笑顔で、陛下を迎えることでしょうね」

「……」

「そうそう。香麗様は、私の作品にどんな反応をされていました? 実はこの物語、香麗のために書き下ろしたんですよ。香麗様の陛下への想いを聞き取り、それを元に、私が物語として書き上げました。つまり物語の中の峰風と言う男は、香麗の目に映った陛下のお姿なのですよ。陛下は香麗様に心から愛されているのですね」

 しつこいくらいに『香麗』の名前を連呼してやる。浮気や不倫をしようとする男には、奥さんの話をガンガンぶつけてやれば萎える、と職場で聞いたことがあるからだ。まぁ、立場は逆だが。

 効果はそこそこあったようで、皇帝は明らかに苛立ちを見せ始める。

(いいぞ、このまま腹を立てて撤退してくれ!)

 だが、皇帝は口端を上げ、にやりと笑った。

「なるほど? いらぬ口を叩く女には、くちづけで黙らせてやればよいのだったな」

「!?」

「これもお前の艶本に書いてあったぞ?」

(やーめーろぉおお!)

 その時だった。

「皇帝陛下、こちらにおられますか?」

 二人の侍女が駆け込んできた。

 ながいすに押し倒されている私を見て一瞬ぎょっとなったが、すぐに皇帝に向き直り跪く。

「香麗の侍女どもか。何の用だ」

「はい」

(香麗の?)

 彼女らは頭を下げたまま、切羽詰まった声で告げる。

「香麗様がお倒れになられました。うわごとのように陛下の名を幾度も呼んでいらっしゃいます」

「なんだと?」

「お願いでございます、ぜひとも今宵は香麗様の元へ」

「……わかった」

 皇帝が私の上から身を起こす。足早に部屋を出ていく後姿を見送り、私はほっと息をついた。

(助かった……)

「翠蘭様」

 ぐったりとながいすに倒れ伏した私に、頭上から声が投げ抱えられる。

 そこに立っていたのは、香麗の侍女の1人だった。

「えぇと……」

可晴クーチンと申します」

 可晴と名乗った少女は、私に一礼し言葉を続ける。

「香麗様はあなた様のために仮病を使われました」

「えっ?」

「では」

 それだけ告げると、可晴は顔を背けさっさと去ってゆく。

(香麗が……)

 どうやって私のピンチに気付いてくれたのかは知らないが、助かった。

(覚えていてくれたんだ、私がリアル男苦手ってことを)

 ほー……っと長い息をつく。

(ありがとう、香麗)


■□■


「陛下……」

 香麗は勝峰の腕に身を預け、切ない声を上げた。

「申し訳ございません。たった一人月を見上げていたら、日々変わりゆくその形に、陛下の御心を重ねてしまいまして」

 長い睫毛をしばたかせると、その双眸から真珠のような涙が零れ落ちた。

「私は陛下なしでは生きられぬ女です。もしも私をお捨てになるのであれば、いっそ今ここで命を断ておっしゃってください」

「馬鹿なことを」

 勝峰は香麗を強く抱きしめる。

「俺が心変わりなどするものか」

「陛下……」

 だが、最愛の寵姫を抱きしめながらも、勝峰の中には微かな不満がくすぶっていた。

 先程の翠蘭スイランの、自分から興味を逸らさせようとする、あまりにも露骨な態度。

 国の頂点に立つ男が、それに気付かぬはずがなかった。

(翠蘭め。俺を切なく求めているだろうと思って、わざわざ足を運んでやったと言うのに。ふん、二度と気にかけてなどやるものか! あんな、名家の出身と言うだけのつまらぬ女……)

 ふと、翠蘭の書いた文の一節が脳裏をよぎる。

(つまらぬ女では、なかったな……)

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