隣の空き部屋 3


 三度目の住所に引越しをしてから数ヶ月が経過し、生活も落ち着いてきた、ある晩の事です。真夏だったか、夏になりかけの頃だったか。詳しくは覚えていませんが、蒸し暑くて寝苦しい夜だったと思います。蚊取り線香の煙の匂い。扇風機が、部屋の中の生暖かい空気をかき混ぜていました。なかなか寝付けず、ウトウトしては目覚め、ウトウトしては目覚め。ようやく眠りに就いて、どれほど時間が経過したでしょう。


 ――ズリ。ズリ。


 遠くで、何かの物音がしました。


 ――ズリ。ズリ。


 何の音でしょうか。夢心地のまま、奇妙な物音に気付きました。蛇か何かの動物が部屋に入って来たのでは?


 ――ズリ。ズリ。


 頭の上の方、どこからともなく聞こえてきます。次第に近付いているような?


 ――ズリ。ズリ。


 足を窓側に向けて寝ていました。頭の上の方向には押し入れがあり、壁の向こう側は隣の空き部屋です。


 ――ズリ。ズリ。


 蛇などの動物ではなさそうです。何だか分かりませんが、これはダメなやつだと、直感的に思いました。起きなければ!


 ――ズリ。ズリ。


 音はもう、頭のすぐそこで聞こえます。今にも頭に触れそうな、そのぐらいの距離感です。早く起きて、明りを点けなければいけない。頭ではそう思いつつも、体が全く動きません。金縛りでした。


 ――ズリ。むくり。


 畳を擦るような、すり足で畳の上を歩くような、または、畳の上を這いずるような。そんな音でした。そこにいる何かは、自分の頭のすぐそこまで近付くと、体が動かない自分の上から、顔を覗き込んでいるように感じました。体も動かず、目も開かず、声一つ出せません。ものすごい重圧のようなものが、全身を押さえ付けてきました。

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