第12話 識閾

燎原の火のごとくにブームは広がり、凄まじい勢いで、「夢美」のユーザーは増えて行った。

" ホームドクター、カウンセラー、睡眠のスーパバイザーを兼ねた存在。人間の精神生活を管理して根本から日常や心身の健康状態をパーフェクトにコーディネートし、ひいては人格、人生、運命にまでも革命的な変容をもたらす。…"


「夢美」の設計理念の意図と目的は確実に人類全体に「インフォームドコンセント」されていったのだ。


 やがて一過性のブームかと思われていた「夢美フィーバー」は、すっかり多くのエポックメイキングな時代の変化の象徴的現象同様に、社会に礎のごとくに定着して、じわじわと世の中に「福音」となる肯定的な変化をもたらしはじめた。


日常的な精神の不調、精神病、ノイローゼの総体数ははっきりと減少の一途を辿り、病気全体の衰微が追随した。

 多くの疫学の専門家が目を瞠るような鮮明な変化、統計的事実だった。

 ガンや難病ですら例外ではなかった。

どんどんと、薬類の売り上げが激減して行った。大規模な薬品会社の倒産や統合再編が相次いだ。


 少なくとも、「夢美」エフェクトで社会全体の健康人の人口の割合がどんどん増えているのは明白だった。否定しようのない現実だった。


救世主。

…「夢美」こそは戦乱や災害、業病、温暖化などの悲惨なカタストロフィに苦しめられてばかりいて、出口の見えない煉獄から抜け出せない人類の最後の希望、天上から降臨したメサイアではないか?

まことしやかにそういう囁きが広がりはじめた。


人類社会にドラスティックなパラダイムシフトをもたらした発明や発見はたくさんあるものの、これほどインパクトを持った「家電」は、少なくとも空前絶後ではないか?

現今の、直近の事象にばかり過密着するのが、通弊?習性?のマスコミを始めとする現代社会の論調は、早くもそんなふうに喋喋し始めていた…


<続く>




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