第13話 寂滅


 その日も、ユキは、「夢美」に頼んで、「飛び切りのイケメンとラブラブな夜を堪能し尽くす」というストーリーの夢を見ることにした。

 

 無意識の願望や、さまざまなユキの記憶、性的嗜好を走査スキャンして、理想的な男性像を捏造して、100%に欲求不満を解消し得る夢がデザインされて、睡眠中のユキの脳内に送り込まれた。


 …目覚めたとき、ユキの全身は快い興奮や感動の名残で、快感に火照っていた。

 完璧な睡眠は頭をスッキリさせて、英気を養い、健康を増進する。「夢美」のユーザーには不眠症も不定愁訴も、ストレスというものすら殆ど無くなっていた。世の中の「精神障害」、「心身症」を撲滅する究極の発明、ワイルドカード、それが「夢美」だった。…こうして、「理想的な社会」がだんだんに現実に実現しつつあった。


 イプシロン・アスク氏は死の床にあった。

 激減してはいたものの、やはり癌やその他のメンタルとは無関係な、フィジカルな様々な疾患は相変わらず人類を脅かし、「生老病死」の軛から完全に我々が解き放たれるには未だし…それが現状だったのだ。

 それゆえの、例の災厄、激務のビジネスマン等を襲う循環器の疾患の一つがアスク氏の身に訪れたのだ。

 完璧な健康管理をしていても老化や体質という運命からはやはり現人類には逃れられず、それはどんな超リッチな富豪でも同様だった。


 「皆があなたの”DYING MESSAGE”を待っています。どうか一言」

 担当医が静かに促した。

 「日本語では人の夢と書いて”儚い”と読む。中国には”一炊の夢”という故事がある。本当に幸福だったが、それでもやっぱりしょせん人生は儚いものだ。」


「人生は儚い夢」…それが現代のエジソンの最後の言葉として流布されることになった…


 その枕元では「夢美」が相変わらず美しく千変万化な虹色の耀かがやきをキラキラと放っているのだった…



<完>

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