盗賊退治

 体を何度も揺すぶられて、博麻は目覚めた。




「な、なんだ?」




 目を瞬かせながら体を起こす。

 そばには豆が座っていて、起き上がった博麻を見上げていた。




「どうした、まだ夜じゃないか」




 起こしてきた豆に言うと、豆は家のすみを指差した。




「ラジンさんと、ウンノ姉ちゃんがいなくなってる!」




 この言葉で博麻は飛び起きた。


 ラジンとウンノが親子で散歩をすることはあったが、何も言わず出ていくことは一度もなかった。ましてや夜中にいなくなるのは、ありえないことだった。


 消えた二人が使っていた寝藁を触る。ラジンが寝ていた場所は冷えていたが、ウンノのほうには温かさが残っている。


 ラジンが先に起きて、家を出た。その後にウンノが家を出ていった。




「剣もなくなっている。これは、何かがあったんだ」




 家のすみにはラジンの剣が置いてあったが、それも今はなくなっている。ラジン以外は触らないため、本人が持っていたとしか考えられない。




「豆、お前はここで待て! 俺は二人を探してくる!」

「わかった、気をつけて!」




 家のことは豆に任せ、斧を背負い、松明を持ってから家を飛び出した。

 夜空は晴れていたが、月明かりだけでは人探しに心もとない。


 家の前で火打ち石を鳴らし、松明に着火した。

 燃える松明の光が木々を照らす。それを地面に近づけて、足跡を探した。




「二人とも、同じ方向に進んでいるな」




 それからも足跡を追いかけていき、村の中心を横切っていく。




「兄貴! そこにいるのは、兄貴ですか!」




 足を止めて、声が聞こえた方向へ振り返ると薩夜麻がいた。

 彼は従者を連れておらず、一人で松明を持ち、背中には弓も背負っている。




「若、起きていたか!」

「何があったのです?」

「ラジンさんとウンノが、いつの間にかいなくなっていた。剣もなくなっていたから、ただならぬことが起こったのかもしれない」




 それを聞いて、薩夜麻が渋い顔をした。




「しまった、泳がせすぎましたか」

「どういうことだ」




 博麻が問いただすと、薩夜麻はため息をついてから答えた。




「あの親子、特に父親のラジンを、私は追っていたのです」

「なんだと?」


「戦を逃れてきた百済人は、筑紫港で過ごす決まりです。大抵の百済人は従順で、礼節もわきまえており、真面目に職を得ています。つまり港から逃げてうろついているということは、そもそもまともな百済人ではないということなのです」


「俺が助けたラジンさんが、賊ではないか見極めるために、わざわざ訪ねたのか」

「その通りです。兄貴には、後で打ち明けるつもりでしたが」




 険しい顔でうなずく薩夜麻だったが、博麻が異論をぶつけた。



「道に迷った末に、ここまで来ただけかもしれないだろう」

「それはないでしょう。この村は港から離れすぎています。故意に港から離れ、なおかついくつもの村をかいくぐらない限り、ここまで来ることはありえません」




 さらに薩夜麻は続ける。




「また、ここ最近になって賊が村を襲うことが増えています。全員がそうとは限りませんが、私たちが捕らえた賊は、逃げた百済人ばかりです。これは、動かせない事実です」

「くっ……」




 同じ屋根の下で過ごした友人を疑われるのは、いい気分ではなかった。

 しかし薩夜麻の考えも、もっともだ。百済人の一部が賊となり、倭に住む民に危害を加えているのなら、ラジンに警戒するのは当然だ。




「見つけたら、捕らえるのか」

「ラジンどのに事情を聞いてからです。彼が悪人か善人か、決めるのはその後です」

「わかった。なら、俺についてこい」




 そして二人は、ラジンとウンノの捜索を再開した。

 博麻が足元を照らしながら先導し、後ろに薩夜麻が続く。


 二人分の足跡を見つけるのは簡単だった。山で狩りをする博麻にとっては、人間は獣よりもわかりやすい足跡を残してくれる。




「二人とも、山へ向かっているぞ」

「兄貴も斧を構える準備をしてください。もしもラジンどのが襲いかかってきたら……」

「考えたくもない。あの男は、娘に優しい父親だ」




 忠告をさえぎり、足を前へ運ぶ。


 頭では薩夜麻の言うことに耳を傾けるべきだとわかっていた。それでも最後までラジンのことは信じてやりたかった。

 枝を避け、伸びた草をかき分けて進んでいくうちに、ある音が大きくなっていることに気がついた。




「待ってくれ! 誰かが来るようだ」




 博麻が報せると、薩夜麻も足を止めて、山の奥へ耳を澄ませた。

 ざっ、ざっ、ざっという草木をかき分ける音が聞こえる。その音は激しく連続しており、こちらに近づいて大きくなっていく。


 動物が迫っているかと思いきや、甲高い少女の悲鳴と、男の野太い怒鳴り声が同時に響いた。

 今のはウンノの悲鳴だ。気づいた時には、博麻は迷わず奥へ走り出した。




「あっ、ちょっ、ちょっと兄貴!」




 薩夜麻も急いで追いかける。

 一歩進むごとに、松明の赤い輝きが揺れ、木々に映る博麻たちの影も合わせて揺れる。




「あれは!」




 前を走っていた博麻は、ウンノを地面に組み伏せている男たちを視界に捉えた。

 一人がウンノにのしかかり、もう一人は剣を持ってそばに立っている。


 己の怒りが頂点に達し、さらに猛然と走る。


 炎のまぶしさに男たちが気づき、こちらに顔を向けた。

 その直後、博麻は前に飛び上がった。




「死ねっ!」




 ウンノにのしかかっている男の脳天に、斧を叩きつけた。

 堅い丸太を割ったような感触が、手のひらに伝わる。


 博麻の一撃により男の頭蓋は割れて、真っ赤な血が斧の刃から噴き出る。絶命した男の体はぐらりと傾き、土の上に倒れ、桃色の脳漿をまき散らした。


 仲間がやられたことで、もう一人の男が博麻に向かって剣を振り上げる。


 そこに薩夜麻が割って入った。

 松明を投げ捨て、男の一太刀を剣で防いだ。




「くっ……!」




 刃と刃が押し合い、きりきりと音が鳴る。

 薩夜麻には剣の心得があったが、力は相手の方が強く、一気に押し込まれそうになる。


 すかさず博麻が回り込み、男の注意をそらす。

 横から博麻に襲われると思い、男が慌てて後ろに下がった。


 その隙に、薩夜麻が男の腹を突いた。剣の切っ先が男の腹に埋まり、引き抜いた途端、ぼたぼたと血があふれる。



 ぐううっと男が苦悶の声を上げ、剣を取り落として膝をついた。


 博麻はその剣を奪い取り、男の喉元に突きつける。それを見た薩夜麻は松明を拾い、男の顔を照らした。


 男の顔はやつれていて、目はひどく充血している。

 飢えた狼のように残忍で、追い詰められた表情をしている。服もみすぼらしく、戦から必死に逃げ出したような格好だ。




「お前は何者だ。我が領地で、婦女子に乱暴するとは何事だ!」




 薩夜麻が怒鳴っても、男は腹の傷を押さえながら睨みつけるばかりだ。


 ぼそぼそと唇が動いたため、なんらかの恨み言を言ったようだが、博麻たちにはわからない。

 その間も、腹から血がこぼれていくにつれて、男の顔色は少しずつ青ざめていく。


 男は薩夜麻に任せ、博麻はウンノのそばにしゃがんで抱きしめた。




「恐かっただろう……大丈夫、もう大丈夫だからな、ウンノ」




 ウンノは茫然自失とした表情だったが、だんだんと瞳に涙が浮かび、わぁっと泣き出した。


 博麻の肩にしがみつく手は震えていて、凄まじい恐怖を感じていたことがわかる。

 ウンノが落ち着くまで、何度も彼女の頭をなでて、大丈夫だという言葉を繰り返した。




「兄貴、やはりこいつらは……」




 薩夜麻が言うと、博麻もうなずいた。




「お前が言いたいことはわかる。百済人の賊なんだろう」

「はい」

「だが、ラジンさんとは服装が違う。しかもウンノを襲っていたから、仲間ではない」

「……そうですね」




 薩夜麻は大きく息を吐き、剣を納めてから、博麻に抱きついているウンノに近づいた。




「遅くなってすまなかった。君の父親について、教えてほしい。彼も危ない目に遭っているなら、助けになってやりたいのだ」




 膝をつき、目線を合わせて薩夜麻が呼びかけた。

 ウンノはうまく言葉が出てこないようで、おびえた目つきで薩夜麻を見ていた。




「まだ、難しいようですね」




 恐怖の余韻が続いているウンノを見て、薩夜麻は首を振った。


 その直後に、男の叫び声が聞こえた。苦しみに満ちた、断末魔の声だ。


 ウンノの表情が凍りつき、腹を押さえていた男が笑いながら力尽きた。

 男とウンノの様子を見比べたことで、あの叫びの意味を理解した。




「ラジンさんが危ない。ウンノ、俺についてこれるか」




 博麻はウンノの頬に手をあてがい、語りかける。

 ウンノは一瞬迷った顔になったが、みるみるうちに目に力を取り戻した。




「よし、ならば行くぞ!」




 急いで立ち上がり、松明をかかげて走り出す。

 ウンノがすぐ後ろに続き、最後尾を薩夜麻が守る。


 森の中を蛇行して進み続け、背中にもじんわりと汗を感じてきたところで、煌々と燃える焚き火を見つけた。




「何人もいるぞ!」




 博麻が小さく叫んだ。

 炎に照らされた人影は全部で四人だ。

 そのうち、どれがラジンなのかはわからない。




「あいつら、お父さんを襲っていたやつらだよっ」




 ウンノのこの言葉で、薩夜麻も迷うことなく弓を構えた。




「ならば、見分ける手間もありません。兄貴は松明を捨てて、横に回り込んでください」

「おうっ」




 指示通りに松明を捨てて、賊たちが集まっている焚き火の側面に走る。


 後ろにはウンノがついてきている。

 暗がりに見える彼女の顔には恐れが残っているが、同時に力もみなぎっている。そこには悲しみと、怒りがあった。




「良いか、隠れたままだ。万が一なにがあっても、お前だけは生き残るんだ」




 博麻はウンノにそう告げた。あのラジンの叫び声を聞いた時、博麻とウンノには、復讐という共通の意識が芽生えていた。




「そして目に焼きつけろ。あいつらは、必ずや俺たちが打ちのめす」




 ウンノは瞳をうるませながらも、しっかりとうなずいた。




「よし」




 次に博麻は草むらのすき間から、焚き火の周辺をうかがう。


 焚き火の近くには男が四人。

 いずれも先ほどの賊と同じ、薄汚れた格好の男どもだ。


 そして男たちの足元に、一人の人間が転がっている。

 こちらから顔は見えないが、その服装と履物はラジンのものだった。

 唇を真一文字に結び、呼吸を殺し、たかぶる想いを抑える。



 ラジンがどうしてこうなったのか、詳しい理由は博麻にもわからない。


 それでも、確かなことはある。

 あの男たちは故郷から逃げておきながら、この国で人を傷つける。倭人や、同郷の百済人にも牙を剥き、ラジンとウンノもその標的とした。


 ウンノを押さえつけていた男を殺した時は、とっさの勢いと感情によるものが大きかったが、今は違う。



 人でなしの畜生は、生かして帰さない。


 明確な殺意を胸に抱き、博麻は薩夜麻の行動を待つ。


 ぱんっと弦の音が鳴った。

 薩夜麻の放った矢は、一人の男の腹に命中した。男は何が起こったか理解できず、腹に突き刺さった矢をながめながら倒れた。


 残った男たちが叫び、体をかがめた。

 すかさず博麻が飛び出した。


 伏せていた男たちは反応が遅れ、一番近かった男のうなじに斧が振り下ろされた。

 首は断てなかったが、斧の刃は頸椎を砕き、男は即死した。


 男たちは立ち上がり、百済語で怒鳴った。その意味はわからないが、怒り狂っていることは伝わる。


 しかし博麻には関係ない。

 有無も言わさず斧を振りかぶり、身構えた男に向かって振り下ろす。


 ひぃっと叫び声を上げて、男は後ろへ退いた。

 さらに博麻は踏みこみ、体を回して、斧を横薙ぎに振り回す。

 男は避けきれず、脇腹に斧の刃が食い込んだ。


 博麻が斧を引き戻すと、そこから血と臓腑がこぼれていく。男は腹を手で押さえて倒れ、それからすぐに死んだ。


 最後の一人となったのは、顔役の男だった。




「あとはお前だけだ」




 博麻が斧を構えて近づき、遠くから薩夜麻も迫ってくる。

 分が悪いと判断したのか、男は背を向けて逃げようとした。


 その時、倒れていたラジンの手が、男の足首をつかんだ。


 男は体勢を崩して転び、ラジンの手を振りほどこうと暴れる。

 もがく男の背中を、博麻が踏みつけた。




「動くな。お前たちは、おしまいだ」




 男は百済語で何かを言っていたが、こちらが倭人だと思い出したのか、「助けて、やめて」という単語を繰り返した。




「まるで、日頃からそればかり耳にしているようだな」




 まっとうに生きて倭の言葉を学んでいたら、もっと別の言葉を先に覚えていく。感謝や謝罪など、普段から相手に伝えるような、ありきたりな言葉を知る。ウンノを身近で見ていた博麻は、それをよくわかっている。




「やめてくれ……助けて、助けてくれ……」




 つまり命乞いする倭人にしか、会ったことがないのだ。倭人を襲ってばかりいたために、男はそういった単語しか出てこない。


 受け売りの命乞いを聞かされ、博麻の怒りがふくれあがった。


 言葉をくれてやることすら、馬鹿らしい。

 無言で斧を振り下ろし、うつ伏せの男の頭部を叩き割った。

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