第7話 恋の泥沼で這いずりまわる 🦩
あとから思えば、恋する乙女ならではの嬌態を夢中で演じていたわけですが、恋の経験がなかった当時はそれと気づかず、年長者の手練手管に翻弄されていたわけで。
実際、先に締め出しを喰らった夏子が尋常とは言い難い行動をとったときも、当の桃水は貼り紙の奥に身を隠していたのですから、じつに食えない男なのであります。
恋に夢中の自分を認めない夏子は、重ねて桃水宅を不意打ちし、漏れ聞こえて来るいびきから在宅を知って上がりこみ、起きるまで枕もとに座していた事実、その後の男女の会話は痴話げんかめいているので、これ以上の引用がアホらしくなって……。
とはいっても、雑誌の創刊号編集の慌ただしさに「あなたの原稿の校正もこちらで行いましたが、もし誤植があったらお許しを請う」と言って桃水が夏子を訪ねて来たときの母と妹邦子の評がみごとに二分していたので、そればかりは引いておきたい。
この日の桃水のファッションを夏子の筆に借りれば「八丈の絹織物に茶と紺の縦縞の紬を重ね、白縮緬の兵児帯ゆるやかに黒八丈の羽織を着くだし給へり、人わろしと聞く新聞記者中にかかる風采の人もありけりと素人目には驚かれぬる」の伊達ぶり。
母子三人で二時間ばかりも相対したあと、母は「げに美しき人なり、亡き泉太郎にも似たりしやうにて温厚らしきことよ、(わるい噂も聞くが)誰は何といふともあやしき人にはあらざるべし、いはば若旦那の風ある人なり」桃水贔屓を隠さなかった。
逆に妹は冷めていて「そは母君のひなり、表むきこそはやさしげなれ、あの笑む口元の可愛らしさなどが権謀家の奥の手なるべし、なかなか心は許しがたき人なり」と辛口批評だった。むろん夏子は母にシンパシーを寄せたことは言うまでもない。(^^;
*
もっとも、夏子もいつまでも一方的に攻められてはいず、ましてや作家を志す身であってみれば、日記といっても事実のみを記すとは限らず(その点、ネットの世界と同じです(笑))筆先でつくったフィクションや出来事の取捨選択など当然のこと。
満を持したはずの雑誌『武蔵野』は三号で廃刊になり、朝日新聞の肩書がなければただの人(笑)の桃水が言うようには作家への道は拓けなかったので、折りにふれて金を融通してもらったこと、若い男女の進展についてはご拝察あれかし。(´ω`*)
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