第4話 競い舟&萩の舎の花見 🚣





 目ざすかとり子先輩のお宅は秋葉神社のうしろに聳え立つ豪壮な三階建てだった。

 先に着いていた友人たちと軽口を交わすうちにも、木の間越しに舟が漕ぎ出でる。


 折しも今日は帝国大学春期競漕会の当日で、遠眼鏡で眺めると、赤白青紫などの服で色分けしたチームが水鳥のように競い、堤の声援もにぎやかにさんざめいている。


 そうこうするうちに歌子師がメンバーに囲まれて到着したので、みんなで競い舟の難陳なんちんを取り沙汰するなど、花見らしい歓声も華やかに浮かれ気分の時を過ごした。


 とそのとき、さらにお祭り景気を盛り上げるようにど~んと花火があがったので、わが師の君はさっそくに「花にはなびをそへてみるかな」と筆を走らせ「この上つけ給へ」と見渡すと、才ある何某が「思ふどちまとゐするさへうれしきを」と応じる。


 さらに別の何某が「かはずの声ものどけかりけり」と下を詠んで夏子に上を勧めて来たので、いえ、わたしなんぞはと謙遜しながらも「おもふどちおもふことなき花かげは」一応は書いた気がするが、宴席の即興ゆえ、あまりはっきりとは覚えていない。


 


      *




 歌会のあと、かとり子先輩の妹の君による琴の演奏が披露された。風流を解さない夏子にも松風の音もかくやと思われてうっとり聴き入っていたが、歌子師が「すでに日も暮れかかり花影も暗くなり始めた」と急かすので、後ろ髪を引かれつつ帰途へ。


 供の男子おのこどもは酒を馳走になっているのであとから来るように申しつけた師の君を十数人で囲んで堤に至ると「折しも日かげは西にかたぶきて 夕風少し冷ややかなるに 咲きあまりたる花の三つ二つ散りみだるるは 小蝶などの舞ふやう」であった。


 途中、酔っぱらいが戯言を投げかけて来たのはまことに無作法で「にくにくし」。あたりはすっかり暮れ果てて来て「川の面を見渡せば 水上は白き衣を引きたるやうに霞みて 向ひの岸の灯影ばかり かすかに見ゆるも哀れなり」という風情だった。


 ふたたび師の君に急かされて俥を呼び、枕橋で各々の帰路へと散ることになった。「まことに春のうちの春ともいふべき日なりと思ふにも いましばし空の晴れなましかばと思はるるは かのしょくを望むとかいへる人心ひとごころや」おのが欲心を恥じてみたり。




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