なんともグロテスクなこの世界
「愛してる」という一言に他人の死体を添える事が流行りとなったこの世界で、先輩は十人の亡骸を部室に持ってきた。
もちろん十人分の死体を一遍に持ち上げられるはずもないから、先輩は私のいた部室に死体が置かれていると思われる場所から一人分ずつ運んできた。つまり十往復だ。運動不足の先輩には相当な力仕事だったらしく、最後の一人を運び終えて部室の床に倒れ込む先輩はまさしく死体のようだった。
「こんな人数、どこから持ってきたんですか」
「もちろん全部僕が殺した。大変だった」
「一番大変だったのはここまで運んできた事でしょう」
「まったくだよ。人は不便だね」
人が重い事を言っているのか、自分の体力の無さを指して言ったのか。私には分からなかった。
私は流行りに疎いので詳しく知らないけど、死体は綺麗であればあるほど良いとどこかで聞いた事がある。死体は確かにどれも美男美女で、だけど苦痛に歪んだその顔は綺麗とは言い難いものだった。
「あ、でもこの女性の顔は綺麗ですね。眠ってるみたい」
「それは確か毒殺。寝てる間に毒を注射した」
「じゃあ十人とも毒殺すれば良かったんじゃ?」
「皆が皆して綺麗な死体を選ぶとは限らないだろ。人には好みがある」
それとこれとは別問題な気がする、と勝手に思った。
「先輩の想い人は死体がお好きなんですか?」
「さあ。訊いた事ないから知らない」
「じゃあどうしてわざわざこんなに」
「女の子って流行りものが好きだろ」
当たり前に言う先輩の言葉に、私は上手く頷く事ができなかった。
それ自体は否定しない。嫌いな女の子はいないし、きっと好きな人の方が多い。でも例えば私みたいに、流行に疎く、ファッションに関してさえ無知だからどこへ出かけるにも制服を着ていく人だっているのだ。流行りだから死体を好きになるというのは考え無しではないだろうか。自分が好きなものくらいは自分が決めたい。
「君はどの死体が好き?」
先輩は未だ疲れた身体を起こさず、床にへたり込んだまま私に訊ねる。
死体のラインナップは毒殺を始め、絞殺、刺殺、水死、焼死、餓死など様々だった。あと半分くらいはもうどんな死に方をしたかさえ分からない。
「別にどれがいいとかないです。私は告白に死体を貰っても嬉しくないので」
「……そうなの?」
「だって持て余しますよ、こんなの貰っても。世の中の女性は死体を貰ってその後どうするんですかね」
大切な人から貰ったものだから、と放置して腐らせて異臭のする部屋に住み続けるのだろうか。それともやっぱり、どうにか処理してしまうものだろうか。どっちにしても、二つの意味でこんなに「重い」ものを貰ったところで私は困るだけだ。
「そっか、じゃあこれどうしよう」
「差し上げたらいいじゃないですか。その人は流行りものがお好きなんでしょう?」
「いや、どうやらそうでもないらしい」
「じゃあどうしてわざわざこんな面倒を」
「だって流行りだったから」
また「流行りだから」。それが免罪符になるとでも思っているのか。
「人の好きなものを流行り廃りで決めないでください。ちゃんと本人に訊きましょう」
私が言うと先輩は「まあそうだよね」と納得してくれたようだった。
そして彼の視線は死体の山へと注がれる。文字通り、十人十色の苦痛に歪んだ死体。
「これどうしよう」
先輩は助けを請うような目で私の顔を覗き見る。好きな人にそんな目をされるとどうにも弱い私だ。私は溜め息を吐き、渋々といった感じで提案した。
「分かりました。埋めるの手伝ってあげますから」
そう言うと先輩は嬉しそうな顔をした。私は顔が綻ばぬよう、冷静な表情を堪えるのに必死だった。
私達は話し合い、一遍に同じ場所に埋めてしまうと人に見つかる可能性が大きいので、十日間かけて違う場所に一つずつ死体を埋める事に決めた。
その夜、免許証を持たない先輩が運転する軽トラックに揺られ、私達は県境付近の山道に辿り着いた。私はもちろん制服だった。
その日埋める事になったのは毒殺された女性の死体だった。大きな穴を掘り、そこに死体を置いてまた土を被せる。先輩はその間、なんだか楽しそうな顔をしていた。
「楽しいですか?」
「まあね。君は?」
「悔しいですけど、私も同じです」
「よかった」
あと九日、私は先輩と一緒に死体を埋める事ができる。たった十日間だけの、私達二人だけの流行り。流行りものを好む人達の気持ちが少し分かったような気がした。
「今度は桜の樹の下にでも埋めようか」
「いいですね。面白そう」
「死体を埋めるのは好き?」
「初めての経験ですけど、それなりに好きになりました」
「よかった。じゃあまた新しい死体を持ってくるよ。そしたらまた一緒に埋めよう」
そんな風に、自然に人の好みを訊き出せたらいいのにとちょっと思った。でも口には出さなかった。言ってしまえば、先輩はもう死体を持ってきてくれなくなるだろうから。
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