第58話 ふたつの敵
「……」
私の前に立つ、いや、浮いている黒い甲冑を着た巨大な鎧騎士。
ヴラムの言っていた通りの容姿、圧倒的な威圧感、幽鎧帝で間違いないだろう。
(幽鎧帝はあの黒い影たちの長。ということは、グリムに憑依していた……?)
「……」
一瞬、グリムはただ利用されていただけかもしれない、という考えが頭をよぎるが、グリムの目を見て考えを改める。
あれは確実に、敵対者の目だ。
ということは、あのふたりは協力関係であり、どちらも倒すべき敵と考えるべきだろう。
「……サーヴァント、ブラッディバッド」
そしてグリムは、蝙蝠の眷属を呼び出し、その前を幽鎧帝が立つ。
私の攻撃によるダメージで、自由に動くのは難しいと判断したのだろう。
グリムは固定砲台の後衛、前衛を幽鎧帝が立つ布陣で来るようだ。
「「「……ブラッディレイ」」」
そして、グリムと眷属の蝙蝠から紅い光線が放たれる。
あの子のヤサクニが自動で発動する程の破壊力らしいが、私にはまったく脅威ではない。
「……無駄なことをするわね」
転移魔法によって多重ブラッディレイを避けながら、グリムたちから離れた場所に私は姿を現す。
そう、私には転移魔法による瞬間移動がある。
座標指定があるので即座に放てるというわけではないが、1秒もかからない。
それに比べて、グリムが得意とする大火力の攻撃魔法は、魔力を溜めないと放てない。
攻撃するのに時間がかかるというのは、その時間で私は転移魔法が使える……言い換えると、絶対に私に攻撃を当てられないのだ。
そして――
「マジックテンペスト!」
「……くっ!」
私のマジックテンペストは、転移魔法同様、放つの時間がかからない。
そして大量のマジックアローという手数から、前衛の幽鎧帝でもガードしきれず、グリムにも攻撃が届く。
即座に攻撃、弾速も早く、手数も多く、手が自由なので魔導銃も放てる……レムリア・ルーゼンシュタインが得意な剣や、あの子の記憶にある格闘術を使わず、私がこの戦闘スタイルを選んだのはこれが理由だ。
この世界の戦い方は、基本的には魔法至上主義らしい、大魔法で敵をねじ伏せるもの。
魔力を溜める時間を与えず、もし放てても絶対に回避できる私の戦闘スタイルとは相性最悪だ。
事実、典型的なこの世界の戦い方であるグリムは、防御のみで手も足も出せない。
――だが、弱点もある。
「……グオォォォオ!」
「……っ!?」
迫りくる幽鎧帝の剣戟をなんとか避ける。
(……マジックテンペストの対象が拡散しているとはいえ、それでも平気でこちらに攻撃をしかけてくるとはね)
そう、これが私の戦闘スタイルの弱点。
魔法で纏めて葬る、接近戦で一撃で決めるなど、いわゆる必殺の一撃がない。
1対1なら手数で補えるが、相手が増えれば増える程、その手数が減っていくので決め手に欠けて長期戦になる。
長期戦でも負ける気はないが、グリム、幽鎧帝、どちらも捕まったら一撃で私を倒すことができる相手。
その一撃を放つ機会が増える長期戦は、絶対にやりたくない。
「……行け、ブラッディバッド」
「……くっ!」
眷属である紅い蝙蝠を私に直接放つグリム。
さすがというべきか、相性が悪いと分かった瞬間にグリムも私の戦闘スタイルに対策してきた。
この眷属を放っておいたら、食いちぎられるか、ゼロ距離でブラッディレイを放たれる。
(……迎撃するしかない!)
魔導銃で蝙蝠を迎撃するが、そんなことをしていたらどうなるかは明白だ。
「グオォォ!」
「……っ!」
幽鎧帝の凄まじい剣戟が迫る。
「エナジーシールド!」
転移は間に合わないと判断し、障壁魔法で防御する。
だが、その凄まじい破壊力から私の体は飛ばされ、リビングの壁に激突。
魔導銃も落としてしまう。
「……」
走る鈍痛。
これは、確実にダメージ。
つまり、私はあの子の体を傷つけてしまったということだ。
そして、メキィィ! という音が辺りに響く。
私の魔導銃を、幽鎧帝が踏みつぶした音だ。
「……さっきの言葉、そのまま返す」
「……降伏スルガイイ」
降伏を促すふたり。
だが、その言葉は私の耳に届いても、心には届かない。
「……」
私は心に生じた感情のままに、ゆらりと立ち上がる。
「…………不愉快だわ」
心が感じたままの言葉を私は放つ。
「……降伏の意思はないと判断した」
「……ナラバ、シネ!」
私の言葉の表面しか理解していないふたり。
そして幽鎧帝がその巨大な剣で斬撃を放つ。
「グ、グガァァ!」
「……っ!?」
そんな幽鎧帝の腕を、魔力で作った剣で切り裂く。
腕は綺麗に切断され、地面に落ちる。
「ナッ……ガ……」
「そんな力任せの振り下ろし、斬ってくれと言っているようなものよ」
私の近くに落ちた腕を蹴り、幽鎧帝の方に蹴り返してやる。
「ヌゥ……!」
だが、それは無用とばかりに、幽鎧帝が魔力を全身に解放すると、新たなる手が現れる。
だが鎧は消し飛んでいるので、その腕は黒い霊体……いや、魔力の塊そのものだ。
「……便利な体ね。でも、斬られた場所の魔力は散ったまま。再生はできてもダメージはあるということね」
そう言いながら、私は剣を私の死角に投げる。
「くっ……!」
そこには、グリムが放っていた蝙蝠。
隙を突いて、ブラッディレイを放とうとしていたのだろう。
「あまり手の内を晒すつもりはなかったのだけど……」
そう言いながら、私はスマホを取り出し、ひとつのアプリを起動させる。
その名前はアスガルド。
ルーゼンシュタイン領にある、私の魔導銃……というより、地球のものを再現、研究する工房の名前だ。
「少し憂さ晴らしをさせてもらうけど、問題ないわね?」
本来ならこんなことをはしないが、私を不快にさせたこのふたりならいいだろう。
「……貴方たちは、あの子の体を傷つけたのだから」
そう言いながら、わたしは怒りの感情を宿し、ふたりを睨みつけた。
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