第59話 心の叫び
「……憂さ晴らし?」
私に向かって言葉を投げかけるグリム。
その目は暗に、戦力差は明らかであり、しかも魔導銃失ったあなたに、そんなことができるの? と語っていた。
「貴女の考えていることは正しいわ。今の私では、貴女たちにふたりと戦うのは分が悪い」
さっきは、私が武器を失ったと勘違いし、油断していた幽鎧帝の隙をつけたが、次はない。
私が剣を使えることも、剣の威力も知られてしまったし、次からは確実にふたりで仕掛けてくる。
そうなったら、マジックテンペストと剣だけで捌ききることはできず、確実に手が足りない私は負ける。
――そう、手が足りない私なら。
「さあ、足掻きなさい」
私が指をパチンと鳴らす。
その音はこの広すぎるリビングに響きわたり、その音に反応するかのように私の手にあるスマホが輝き続ける。
「……」
私たちの間に不気味な静寂が奔る。
グリムたちは、明らかに劣勢なのに強気な私に戸惑い、攻め手を決めかねている、といったところか。
「……ブラッディバット!」
だが、その静寂を破るように、グリムが仕掛けてくる。
油断せず、私にもっとも効果がある魔法で出方を見る。
正しい判断だ。
……だが、正しい判断をしても、覆せない現実がある。
それが、世界というものだ。
「……初陣ね、カルトヘルツィヒ」
私の言葉と同時に、四方から、ズガガガガッ! という轟音が絶え間なく鳴り響く。
「なっ……!?」
そして、轟音とともに放たれたものが、すべてのブラッディバッド一瞬ですべてが消しさり、部屋そのものを蹂躙していく。
「……ヌゥ!」
状況から、何かに攻撃されていると判断した幽鎧帝がグリムのカバーに入る。
幽鎧帝の判断も正しい。
魔力剣で切り裂きはしたが、あれは肘の鎧の隙間を狙ったからできたもの。
正面からあの鎧の防御を突破し幽鎧帝にダメージ―を与えられるのは、超上級爆裂魔法か、あの子に色々とちょっかい出している、あの忌々しい聖闘士の闘気剣ぐらいだろう。
……そう、この世界のものならば。
「全機、ステルスを解除。敵に向かって総攻撃」
そう言いながら、私はまたパチンと指を鳴らす。
その音に合わせて、四方から宙に浮く物体、私が作らせたドローン、カルトヘルツィヒが姿を現し、装備されたガトリングを一斉掃射する。
「……グオォォォ!」
凄まじい轟音とともに放たれる弾丸。
おそらく、今までどんな攻撃をも防いできたのであろう、幽鎧帝の鎧が弾丸の雨にさらされる。
自慢の鎧も、金属や装甲を貫くために作られたAP弾の前にはなんの障害にもならない。
「ガ……ア……」
ガトリングからあがる硝煙、ありったけの弾丸を撃ち込まれたことによってあがる噴煙、両方の煙が晴れ、ようやく姿を現した幽鎧帝。
鎧は文字通りハチの巣であり、幽鎧帝もダメージによって膝をついている。
魔石も芯に入れることで実現した、魔力をまとった弾丸の前には、霊体である幽鎧帝もひとたまりもなかったようだ。
「それにしても、簡単に貫いたわね。その鎧、きっと特殊な金属なのでしょう? それでもこの硬度だなんて……正直、拍子抜けね」
「コ、コノヨウナモノ、イツシカケタ……?」
幽鎧帝は四方に浮くカルトヘルツィヒを見て言う。
「さあ、いつかしらね? 姿を見せずに攻撃を仕掛けてくるのは貴方の得意技なのだから、自分で考えなさい。もっとも、そんな暇はないと思うけど」
また私が指を鳴らすと、カルトヘルツィヒが姿を消し、少し色の違うカルトヘルツィヒが現れる。
「次は、ホローポイント弾よ。大丈夫。この弾は貫通力が弱いわ。ハチの巣みたいになってるけど、その鎧の慣れの果てが貴方を守ってくれるわ」
そしてまた、私は指を鳴らそうとする。
「……もらった!」
だがその瞬間に、グリムが飛び込んでくる。
私が指を鳴らす無防備な瞬間を狙った完璧な奇襲。
「……ついにミスをしたわね」
グリムの頭上から、黒い塊が落ちてくる。
「……っ!?」
「指を鳴らしていたのは、無防備な特攻を誘うためよ」
すぐに防御魔法を展開するグリム。
今までの私の攻撃から考え、防御すべきと考えたのだろう。
その判断は正しい。
「それは手榴弾。銃さえあれば勝てるという戦いを変えた兵器のひとつ、じっくり味わいなさい」
黒い塊……ピンが抜かれた状態で現れた手榴弾が光を放ち、ズガァァアアアン! という轟音とともに大爆発する。
「……くああぁあ!」
凄まじい爆風によって吹き飛ばされるグリム。
治りきっていない体に手榴弾の直撃で、しばらく動けないだろう。
「……急に……現れた……。まさか、転移……? でも……」
「8割正解ね。転移先を指定しない状態で、転移陣の上に私が欲しいものを置いておく。あとは、私のスマホにしか入っていないアプリで転移陣を遠隔発動させて、私が転移先を指定すれば……」
そして私は、これみよがしに、また指をパチンと鳴らす。
「こういうことができるのよ」
私の後ろにもう1機、カルトヘルツィヒが現れ、頭を下げるような動きをする。
「……ば……化け物……」
「上級魔族に言われて、光栄と言っておこうかしら」
防御魔法をかけたとはいえ、爆風によって被った粉塵を払いながら応える。
「手榴弾の爆発は、事前に強力な防御魔法を放っていれば自爆は防げそうね。ただ、やはり狭い空間での使用は、控えた方がよさそうだけど」
そして私はまた、幽鎧帝に向きあう。
「待たせたわね。それで、貴方は他に攻撃手段はないの? 魔王に仕えた幽鎧帝なのだから、もっと足掻けるでしょう?」
「…………」
「本当に何もないなら、そろそろ……」
「グオァオァァァァアア!」
凄まじい雄叫びをあげる幽鎧帝。
その雄叫びに反応し、四方の空間が崩れていき、そのまま幽鎧帝に吸い込まれていく。
「……これが本来の姿というわけね」
幽鎧帝が迷宮を吸い込んだせいで、辺りは本来の姿である地下空洞のような姿になる。
どうやらかなり広い空間だったらしく、自由に動ける。
この場所だと、転移できる場所が増えるし、爆発物使いやすいので、私に有利になるのは明白だ。
幽鎧帝が、何故こんなことをしたのかと思ったが、理由はすぐわかった。
「グオァオァオァオオオァァァアア!」
幽鎧帝の叫びに、四方の岩壁をすり抜けてあの黒い影が集まり、幽鎧帝が吸収することでその姿を変える。
鎧を脱ぎ捨て、黒い影の巨人に。
「なるほど、その姿なら、さっきのリビングだと自由に動けないというわけね」
「グオァアア!」
そして幽鎧帝は、影でできた巨大な大剣を振るってくる。
「……退屈な攻撃ね」
その攻撃を転移魔法でかわしながら、溜息をつく。
大振りでもとにかく攻撃し、カウンターはすべて鎧で防ぐという、幽鎧帝の戦闘スタイルを極限まで貫いた戦い方。
たしかに理にはかなっている。
あの攻撃は、ロナードでも真っ向から受けるのは難しいだろう。
だが、転移魔法を使える私にとっては、無駄に巨大な剣を振り回しているだけだ。
「グオァオオァァァ!」
「もう、足掻きは十分」
転移魔法で攻撃をかわしながら、私はロケットランチャーを呼び出す。
「……さようなら、そこそこ憂さ晴らしができたわ」
そして、ロケットランチャーを発射する。
その凄まじい爆発は、地下空洞そのものを揺らす。
戦車をも破壊するロケットランチャーの直撃を受けて、無事でいられる生物はいない……そのはずなのだが、目の前の光景はそれを否定していた。
「……幽鎧帝がいない?」
いくらロケットランチャーとはいえ、欠片も残さず消し飛んだということはないだろう。
例えそうだとしても、散った魔力の痕跡が残るはず。
だが、目の前の爆心地はそれすらない。
「……休んでいて……グリム……」
噴煙が完全に晴れたことで、ようやく爆心地の全体が見える。
そこには、黒い影のようなものに覆われたグリムがいた。
「なるほど。消滅する寸前に、貴女に憑依させることで逃がしたのね」
そして、幽鎧帝のことをグリムと呼んだ。
つまりグリムリーパーという名前は幽鎧帝のことで、この子の名前は……
「……負けられない」
そう言いながらグリムは立ち上がる。
だが、負傷により、立つのがやっとのようだ。
「立ったのはいいけど、何をする気? 私としては、迷宮が消えた時点で貴女なんてどうでもいいのだけど」
「まだ……まだ……!」
そう言いながら、懸命に手に魔力を集中させおうとするが、そのまま魔力が散っていく。
「今の貴女では、魔力を制御することすらできないようね」
「……」
それでも、なんとか歩きながら私に近づいてくるグリム。
魔力を放てないなら拳に宿して直接当てようというのだろう。
「う……く……っ!」
足がもつれ、その場に倒れそうになるが、寸前でグリムを覆う黒い影が人型となり、グリムを、いや自身を支える。
「負ケ……ナイ……負ケラレ、ナイ……」
響いてくる、グリムの声なのに違う声。
声の主は言うまでもないだろう。
「魔王サマヲ……母様ヲ……助ケル……。ソレガ生ミ出サレタ私ノ……存在スル理由……」
「……こんな理不尽な世界を……滅ぼす……ために……」
強い意志を宿した吸血鬼の紅と、闇よりも深い黒い目。
その言葉と、強いふたりの目で、概ねふたりが戦う理由を察する。
「……滑稽ね」
「……なん……ダト……?」
私は、グリムの吸血鬼の特徴である紅い右目を見ながら話す。
「ひとりは、世界に絶望して、自らの境遇に嘆き、自分では何もできないから他者にすがるだけ」
私は、闇そのものである黒い左目を見ながら話す。
「ひとりは、自分の存在理由を、自分の感情ではなく生まれで判断するだけで、自分では何も決められない」
そして、幽鎧帝であり、私の知る『グリム』という存在に話す。
「今も、仕方ないから、私は悪くないからと言い訳をしながら求めているのでしょう? 最高に可哀そうな私は、私たちは、いつかきっと報われるという、自分勝手な救いをね」
「黙れ……」
「本当は、魔王が蘇っても自分が望む世界にならないことはわかっている。でも、可能性はゼロではないと願いながら、操り人形のように動く。そんな貴女たちを、滑稽と呼んで何が悪いのかしら?」
「黙れエェェェ!」
グリムたちの叫び声が、いや、感情そのものが響いてくる。
「オ前ニ何ガワカル! 名前モ付ケラレズ、タダ命令ヲ与エラレルダケ! 勇者ニ倒サレタトキモ、私ヲ見ナカッタ!」
「……魔力を自分で補充できない私は、いつだって隣に死があった。そんな私を、私の家族が、一族が優しく支えてくれた……陰で、不完全な吸血鬼と罵りながら! 私たちが生かしてやっていると見下しながら!」
「……」
私はふたりの言葉を黙って聞く。
「母様ヲ助ケタラ、私ヲ見テクレル! ソウスレバ、キット褒メテクレル! ソシテ私ハ初メテ、コノ世ニ生ヲ受ケル!」
「……生まれた時から私はこの世界に拒絶された……だから、私もこの世界を拒絶する! こんな世界が滅びれば、きっと私を受け入れてくれる世界が生まれる!」
「……それが、魔王を崇拝する理由ね」
両方の目から涙を流すグリム。
グリムたちの言葉を聞き、どういう考えかはよく分かった。
(……どこも同じなのね)
伝われない想い、報われない行動。
そして、そこから生み出される恐怖で、現実を拒絶する自分。
本当にどこも同じだ。
同情すべきなのだろう。
優しい言葉で慰めるべきなのだろう。
きっと誰かが見てくれている。
少なくともヴラドは、貴女を心から心配していた、と。
「……何度も言わせないで」
だが、それでも私の言葉はただひとつ。
何も変わらない、いえ、変えることは許されない。
「貴女たちの望む未来は訪れない。なぜなら、この世に、分かりきった結果を覆すような、都合のいい『きっと』は存在しないから」
私は、あの子と一緒に、バッドエンドを回避するという道を選んだのだから。
「う……うう……うわアァアアアアア!」
拒絶するように吠えるグリム。
そして、ふらふらとしながらも感情のままに私に近づいてくる。
そして、力を入れることもできず、震える手をなんとか振り上げ……。
「本当ノ絶望モ知らないくせにぃぃぃい!!!」
拳を、感情を私に叩きつけた。
「くっ……!」
拳の勢いは、まさに触れた程度。
だが、手に込められた魔力を直接受けたせいか、その衝撃で軽く飛ばされ、地面に倒れる。
「……?」
なんで? という顔をするグリムを真っすぐに見ながら、私は立ち上がる。
「……絶望なら知ってるわよ。嫌というほどに」
「え……?」
「親に……父に認められたくて、ひたすら努力して、結果を残しても父に必要とされず、道具としか見られない絶望。魔力を持っていない人間に存在価値はないというこの世界からも、私に優しくしてくれた人たちからも拒絶されていたことを知った絶望。そんなの、嫌というほど知ってる」
「…………」
私の体が、震えているのを感じる。
もう、こんなことは乗り越えたと思っていたが、体は正直だ。
思い出すだけで、どこか胸が締めつけられる。
「わかっているんでしょうけど、あえて言葉にしてあげる。人も、世界も、どこまでいっても本質は変わらない」
『私』の父が、隠居先で今もルーゼンシュタイン家の当主に返り咲こうと無駄な努力をしているように。
『私』は魔力を得たのに、本家の一族が今度は適当な理由をつけて、当主に相応しくないと陰口を叩いているように。
「……そして、絶望から逃れたい、情けない自分ではいられないと行動して、魔王をその身に宿しても結果は同じらしいわ」
ヤミヒカの『レムリア』は、私ならそうするという行動をしていた。
そして、心の中ではそうなるだろうとわかっていた結末を迎えた。
世界を滅ぼしても、勇者に滅ぼされても、最後まで笑うことがなく、たったひとりで消えるという結末を。
「……じゃあ、私は、私タチハ、苦シイママナノ……?」
「ええ。奇跡なんていう、人では制御できない力が働かないかぎりはね」
「…………」
私の言葉を聞き、感情が消えた目になる。
おそらく私も以前、このような目をしていたのだろう。
だからこそ、あの頃とは違う、別の道に気づけた私が伝えるべきだ。
「でも、そこから抜け出すことはできるでしょう?」
「え……?」
「本当は、貴女たちもわかっているのでしょう?」
あの子と一緒に過ごして、心から楽しそうにしていたグリムなら。
そんな私たちを見つづけ、いつでも奇襲できたのにしなかった幽鎧帝なら、わかるはずなのだ。
「『幸せ』というのは、少し目線を広げれば、案外近くにあるということを」
「…………」
私の言葉に黙るグリム。
そして、遠くから響いてくる轟音。
どうやら、向こうであの子が戦っているようだ。
スコールたちと合流できていないが、今はあの子を助けることを優先すべきだ。
「私の憂さ晴らしは済んだわ。あとは好きになさい」
そして私は、グリムを残してこの場を離れる。
「ああ、それと……」
離れ際、ひとつだけ誤解を解いておこうと言葉を残す。
「貴女たちのことを認めている人、いると思うわよ。ヴラドはもちろん、貴女たちの実力を見たスコールもたぶんそう。でも、それを除いても確実にふたりはいる」
これは私の嘘偽りない言葉。
「私と、あの子……レムリアよ」
そして私は、あの子のもとへと向かった。
///////////////
「痛ったぁ……」
グリムに殴られ、腫れた頬に回復魔法をかける。
あんなふらふらの状態の拳が、魔力を込めただけでこの破壊力。
魔力を解放していれば、こんなダメージにならなかったという点を考えても、魔力至上主義なんて世界になるのもしょうがないのかもしれない。
「……また、あの子の体を傷つけてしまったわね」
本来なら、これ以上この体を傷つけたくなかった。
というか、あの子の体を傷つけた奴は、相応の報いを受けるべきだ。
なんなら死ぬべきだ。
でも、仕方がないだろう。
「……あの攻撃を避けたら、あの子に怒られるでしょうし」
けっこうドライなのに、本当の意味で苦しんでいる人には必ず手を差し伸べてしまう。
想いを受け止めてしまう。
あの子はそういう子だから。
「それにしても……我ながら、よく言ったものね」
グリムたちの行動は、私がやっていたことと本質は同じだ。
父に認められたくて行動し、魔王の力で世界を変えたいという言い訳をしながら、世界を滅ぼす力をその身に宿した私と。
グリムたちと、私の違いはただひとつ。
私には、父に認められなくても、認めてくれた子がいる。
魔法を使えなくても、私のことを見てくれたあの子がいる、ただそれだけだ。
もしあの子に出会ってなかったら、私は……
「……今は考えるのはよしましょうか。とにかくあの子を助けに……ん?」
そして、私は初めて気づく。
顔を殴られた衝撃で、どうやら鼻血を出していたようだ。
怪我をさせたのは百歩、いや、百万歩譲ってよしとする。
だが、血まで流させたとなると、話は変わってくる。
「……やっぱり、始末しておくべきだったかしら」
そんなことを考えながら、私はあの子のもとに急いだ。
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