第56話 正体

「えっ、あなたはグリ……ム…………」

「……緊急なので、失礼」


 ヴラムがオリビエに催眠系の魔法をかけたのだろう。

 目が虚ろになって立ちすくむ。


「スコール、この子を適当な部屋に寝かせておいてください」

「はいよ」


 スコールに指示を出し、そのままグリムの頭に触れるとグリムの傷が癒えはじめる。


「まったく。病気が治ったばかりなのだから、あまり無茶しないように」

「……もう治ってから数か月経ってるし」

「おっと、そうでした。長く生きていると、時間の感覚がおかしくなるものでして」

「病気?」

「ああ、伝えてませんでしたね」


 そういえば、とばかりにヴラムは話しはじめる。


「この子は他の吸血鬼と違って、周りから生命力を補充できなかったんですよ。とはいっても、魔力は生まれながらにして、長年生きた私に匹敵するものを持っていたので、生きるだけなら問題ないんですけどね」

「それって……」


 さらりと言っているが、大問題だろう。

 人間で例えるならば、『食事ができない』と同じだ。


「安心してください。この子の言うように、数か月前に完治しています。それに、今私がやっているように、同族が生命量を分け与えることができたので、死ぬような病気ではありませんでしたから」


 そう言ってはいるが、やはりずっと心配だったのだろう。

 ヴラムはここに突入するとき、グリムを心配していた。

 戦闘力はトップクラスのグリムを心配するの変だと思ったが、理由はこれだったということか。


「グリム。状況を聞かせてちょうだい。今まで何をしていたのか、そして誰にやられたのかを」

「……わかった」


 そして、少し顔色がよくなったグリムが話しはじめる。


「……レムリアを追いかけてここに来たら、勇者に襲われた。それで、レムリアに助けを呼んできてと言われて逃げてきた」

「勇者と!?」

「……うん。今、奥の祭壇みたいなところで戦ってる」

「そう……」


 祭壇ということは、魔王の武具のふたつめを手に入れている可能性が高い。

 だから、勇者相手でもすぐにやられるなんてことはないと思うが、急がなくてはならない。


「とりあえず、ここから出る方法を教えてちょうだい。一度ここを抜けて奥の祭壇にまで行ったのでしょう?」

「……」

「……? どうしたの? 早く教えて」

「……わからない」

「わからない? それはどういうこと?」

「……最初ここに来たとき、この空間は発生していなかったから」

「……そう」


 ということは、あの子が奥の祭壇に行けたのも、ここに来たときはまだこの空間は発生していなかったということ。

 この迷宮が発生したのは、私たちがここに来た瞬間ということになる。

 つまり……


「…………」

「どうかしましたか? アオイ嬢」

「……なんでもないわ。それより、ここからは二手に別れて探索しましょう。ヴラムはスコールと合流してそのまま探索。復帰したてで悪いけど、グリムは私といてちょうだい」

「待ってください。まだグリムは……」

「……」

「……承知しました」


 私の顔を見て察してくれたのか、それとも『気づいている』のか、ヴラムは引き下がり去っていく。


「グリム、動けるわよね。そっちの棚を動かして、裏にある取っ手を引いてちょうだい」

「……取っ手?」

「ええ。この部屋には隠し部屋があるのよ。いわゆる、もしものときの脱出ルートね。この屋敷を完全にコピーしているのかの確認にも、もしかしたら抜けられるかもしれないという意味でも、確認する価値があるわ」

「……わかった」


 グリムが棚の後ろ入ると、隅の床が動き出し、地下への階段が現れる。

 いわゆる、床部分の板が稼働して現れるという、ギミック重視の、非効率的なゲームの世界の構築だ。


「私が先行を……」

「……いえ、その必要はないわ」

「……どうして?」

「ただでさえ不利なのに、敵が一から作った空間に行きたくないからよ」

「……!?」


 魔導銃を取り、私はグリムに向ける。

 いえ――


「そうでしょう? 幽鎧帝グリム・リーバー」


 捜していた倒すべき敵に。

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