第55話 幻惑

「……悪趣味ね」


 校庭から転移した先……ルーゼンシュタイン家の屋敷のロビーそのものの光景を見ながらそう呟く。

 私への挑発か、それとも侵入してきた人間に合わせた幻覚魔法か、どちらだろうと悪趣味だ。


「学校と屋敷を繋げるとは、完璧な遅刻対策だ。貴族さまってのは、なんでもありだねぇ」

「こ、こんなことする人いません!」

「……付け加えるなら、主がそうだったとしても、執事がまともなら遅刻対策なんて必要ないわよ」


 オリビエに素性がバレないようにしつつ、いつもの調子で話すスコール。

 ちなみに、あの子は基本的に寝坊するが、『いろいろ』としているから遅刻をさせたことはない。


「周辺の探索をお願い」

「承知しました」


 無数の蝙蝠を放つヴラム。

 放たれた蝙蝠は屋敷内に敵がいるか、間取りを調べるために散っていく。


「それにしてもこの空間、幻術とは違うようね」


 近くの壁を触ってみると、見た目だけではなく、材質感も完全にうちの屋敷の壁。

 ここまでそっくりに作るのは、さすがに無理だろう。


「……ここは魔王城第三階層『幻浸』、幽鎧帝が守っていた場所です」

「え?」

「管理権限を持つ者、もしくはこの空間を作りだした魔王の意思で無限に変化させられる場所です。付け加えると、管理者この空間の中の好きな場所に転移することができます」


 戦闘だと、地形をバリアのように用いたり、魔力消費なしで転移魔法が使われる。

 非常に厄介だ。


(そうなると、わざわざこの空間をこんな見た目にしたのは、やはり私への挑発ということね。随分とふざけた真似を……え?)


 改めて見ると、本来の屋敷と肖像画の内容が違う。

 どれも描かれているのが、衣装やポーズが違うレムリア。

 そしておそらくだが、この豊かな表情はアオイだ。


「こりゃまた……随分と熱烈だねぇ」


 私と同じ用に気づいたのか、スコールも同じような反応を示す。


「……」


 そして、その肖像画を見つめるオリビエ。

 そういえば、たしかこの子もレムリアファンだったか。


「これは……」


 隣りで、ヴラム嫌悪とも違う複雑な顔をする。


「索敵で何か見つけたのかしら?」

「まあ、そうなのですが……見てもらった方が早い。付いてきてください」


 そう言いながらヴラムは歩き出し、近くの部屋である応接間の扉に入っていき、私たち続いて入っていく。


「では……」


 そしてヴラムが魔法で明かりをつけ、応接間の姿があらわになる。


「これはまた……」


 あのスコールが、軽口すら叩けない光景。

 本来の屋敷の応接室と同じ間取り、ソファーやテーブルなどの家具も同じなのだが、明らかに違う点がある。

 壁一面にレムリアの肖像画、そして。本来庭へとつながる場所は壁になっており、そこにも大量のレムリアの肖像画、


「レムリア様……」


 レムリアファンのオリビエは耐性があるのか普通にしているが、この光景はもはや異常だ。

 レムリア……というより、アオイの肖像画を欲するというは、個人の趣向だし別にいい。

 なんだったら、私もスマホの待ち受けにしている。

 だが、この趣向を全く隠さず、そして狂気ともいえる感情を向けているようにしかみえない。


 そして、この光景のおかげで分かったことがある。

 私がこの光景を異常と思ったということは、この場所が屋敷の姿になっているのは、私への挑発ではないということだ。


(私がよく知る屋敷の姿をあえて出すことなら挑発にも感じるけど、ここまで変えたら別の意思としか思えない。レムリアへの感情を見せびらかす? それとも、掲示?)


「うぅ……」


 どこからか聞こえてくる声。

 よく見ると、テーブル下辺りに誰かがいる。


「まさか……確実に調査したのに」

「おいおい、探知魔法までブランクかい?」


 すぐに私の前に立ち、戦闘状態になるスコールとヴラム。

 だが、目の前に現れたのは――


「見つ……けた……」


 傷だらけのグリムだった。

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