第54話 突入
「こりゃまた、すげえ大穴だな」
「グラウンドが使えるようになるまで、1か月はかかりそうですね……」
「魔王の武具が顕現したんだから、これぐらいは当然よ」
グラウンドの中央にできている大穴の前。
発せられている強烈な魔力の波動から、ここが魔王の武具と関係あるのは間違いないだろう。
「……破壊規模なら、向こうでロナードが気絶している大穴の方が大きいですけどね」
グラウンドに大穴を開けた私に、ヴラムがチクチクと言ってくる。
なんだか最近、魔王組の姑みたいになってきた。
エミルを優しくエスコートする、『ヤミヒカ』の王子キャラはどこにいったのだ。
(まあこの変化は、私の望むエンディングを迎えためにはいい変化だけど)
癪だが、ヴラムが味方というのはやはり心強い。
本来なら、攻略対象キャラであるヴラムは、勇者側に寝返る存在だ。
だが、あの子の無駄に高い人誑し能力によって、向こうに寝返ることはないだろう。
……本当に、あの無駄に高い人誑し能力はなんなのだ。
(まあ、本来は寝返らすのが正しいのでしょうけどね)
『ヤミヒカ』のストーリーは大体で言うと、学校では成り上がりと言われ、周りからは嫉妬をぶつけられ、この世界を好きになれなかった勇者。
だが想い人と出会い、想い人とのこれからを守るために勇者として真に覚醒、魔王を倒せる最強の技、精霊の矢を使えるようになり、魔王を倒すというものだ。
グッドエンドの内容は知らないが、おそらくそれで世界は平和になって、ふたりは結ばれる、魔王になった敵も何故か生きている、のようなものだろう。
この点から考えると、ストーリーを確かな形で終わらせる鍵は、勇者が精霊の矢を使えること。
そのために、本来ならヴラムや攻略対象キャラを、とにかく勇者とくっつける工作をしなくてはならないのだが……
(……勇者は何故か、最初から精霊の矢が使えるのよね)
おかげで、時間を別の工作に使えるようになったし、ヴラムやスコールを敵に回さず扱き使えるのも助かる。
『ヤミヒカ』の展開を想定した私にとって、嬉しい誤算だった。
まあ、本来『レムリア』は魔王の武具を簡単に集めているのに、スコールがいきなり裏切ってひとつめから苦労し、幽鎧帝が敵に回ったことにより今回の騒動で、ふたつめも苦労している点を考えると、嬉しい誤算と面倒な誤算はとんとんと言ったところだが。
なにはともあれ、目の前の嬉しい誤算であるヴラムは、私の知るヴラムと違って義務じゃなく自分の意思で行動するようになったし、見ていて嫌いではない。
「貴女は皮肉を平気で流すしょうから言っておきます。さすがにルーゼンシュタイン家から修繕費を出してもらいます。名目は、学園補助金でね」
「……請求書は屋敷に出しておきなさい」
……本当に面倒になったが。
(大体、あれはしょうがないじゃない)
古代魔法は効果は強力だが、使いどころが限られるものが多い。
魔力増加魔法陣も、使っている間はこちらも動けず無防備になる。
敵が反撃してこないあの状況しか使えないもので、せっかくその状況が揃ったのだから、魔法のテストをしないわけにはいかないのだ。
決して、ちょっと使ってみたかった、というわけではない。たぶん。
「ただ、魔王の武具は見当たらねえな」
「あの子もいない……こっちに向かったというのは、本当なのよね?」
「たぶん……」
「……たぶん」
ここに来る途中で合流した、ウールヴとフェンリスが口を揃えて同じことを言う。
だが、やはりどうも様子がおかしい。
「お前ら、何があったんだ?」
「……」
「言葉にしづらいなら、起きた事だけを言いなさい」
お互い顔を見つめるウールヴたち。
そして、ふたりは口を開く。
「レムリアを見つけたから、駆け寄ろうとした」
「……でも、レムリアが怖くて近寄れなかった」
「怖い? お前ら、それでも……」
怖いという理由でアオイ……レムリアを保護しなかったふたり。
ふたりを叱咤しようとしたスコールだったが、ふたりの様子を見て口を止める。
……ふたりは震えていたのだ。
王国の騎士が束になっても勝てないようなふたりが、だ。
「レムリア、そのままこっちに向かって歩いていった」
「……それで、この辺りで消えた」
「そう。ということは、どこかに転移魔法陣があるわね。ヴラム、探っておいて」
「承知いたしました」
こういうのは、ヴラムの方が得意だろう。
転移魔法陣についてはヴラムに任せて、私はウールヴたちとの話を続ける。
「……怖いと思った理由、明確にできない?」
あの子を慕っていたふたりが、怖がるなんて明らかにおかしい。
何か理由があるはずだ。
「…………」
また、ふたりして顔を見合わせる。
そして、はっきりと――
「近寄ったら……」
「……殺されると思った」
――怯える顔でこう言った。
「それはどういう意味?」
「分からない……! 服は変わっていたけど、顔はいつものレムリアだった!」
「……でも、怖くて近寄れなかった」
ふたりも、何故こうなったか分からないといった感じだ。
(服が変わっていたというのは、ヤサクニの服に変化があったということ? でも、それで近寄れなくなったというのは……」
「……魔王」
「……っ!?」
「レムリアと戦ったときに気づいたんだが、俺たち一族は、魔王の力に敏感らしい。あいつのアポカリプスの影響を受けたとき、わずかだが手が震えた」
「でも、この子たちはアポカリプスを受けていないわ。今回の件とは関係ないんじゃないかしら?」
「……希望的観測で、可能性から逃げるな。お前だって、分かってんだろ?」
……そう、分かっている。
もしウールブたちの反応が、魔王の力を感じたものだとしたら、アポカリプスを受けたわけでもないのに強力な魔王の力が発せられたということ。
それはつまり、あの子の中の魔王が覚醒したということだ。
そして、治療はされていたが、衰弱して倒れていたエレオノーラたちの存在。
エレオノーラを倒せるのは、生徒会と私たちを除けばあの子か、グリムぐらい。
もしエレオノーラたちと戦ったのがあの子だったら、それはあの子の中の『闇』が刺激されるということ。
「……ヴラム! 魔法陣は!」
「見つけはしましたが、起動の条件がまだです。作りからして、何かの力に反応して……!?」
その瞬間、魔法陣から強烈な光りが発せられる。
確実に、起動したということだろう。
「なぜ急に……?」
「理由はあとで考えましょう。今はあの子を追うのが先決よ」
「……ちょっと待った。その前に面倒事だ」
スコールが指差す方向を見ると、少し離れたところで黒い影に襲われている見知った顔があった。
「う、うう……!」
小柄で黒い髪の少女、たしか生徒会のオリビエ・スーソンだったか。
「冷静に、という進言は必要ですか?」
「……いいえ、必要ないわ」
状況から考えて、無視してでもアオイの元に向かう必要があるが、今は情報が欲しい。
ここに居るということは、ある程度状況を知っている可能性があるし、アオイの姿も見ているかもしれない。
「……グラム」
魔導銃やマジックテンペストを使うと正体がバレる。
闘気剣を参考に作った、魔力で剣を形成するオリジナル魔法を使いつつ、転移魔法でオリビエの元へと向かう。
「……え?」
「……消えなさい!」
「グガァアアアア!」
オリビエを襲っていた黒い影を切り裂く。
銃と言う武器の有用性から、最近は剣術はやっていなかったが、まだ衰えていないようだ。
「あ、あなたは……ひっ!?」
「……質問に答えなさい」
制服のリボンを剣で切り裂いたあと、オリビエの首に突きつける。
話さなければ殺す、こちらの意思は伝わったようで、オリビエは半泣きの状態でこちらを見てくる。
「ここにはいつ来たのかしら?」
「す、少し前です!」
「何故?」
「わ、私は生徒会なので、学校の異変の原因を探っていました!」
たしかこの子は魔力が低く、生徒会メンバーではいわゆるサポート係。
戦いは他メンバーに任せて、自分は先行偵察していたということか。
「ここに居たのだったら聞くことがあるわ。貴女以外、この大穴に誰か来た?」
「……」
「質問に答えなさい」
「きゃっ!?」
喋ろうとしないオリビエに、脅しとして服の肩付近を斬る。
「き、来ました。全部で3人……」
どんな人がではなく、あくまで人数だけ答える。
さすが生徒会メンバー、情報を渡すという体裁を守りつつ、特定できる情報与えてこない。
だが、私にとってはむしろ、その数が一番欲しい情報だ。
(3人のうち、ふたりはアオイと勇者で確定している。もうひとりは、アオイの護衛についていたグリムか、それとも敵の魔王候補か。とにかく、黒い影以外にも敵がいることは想定するべきね)
索敵を怠ったつもりはなかったが、既にオリビエを見逃すというミスが発生している。
この魔法陣に入ってからは、より注意しながら進んだ方がいいだろう。
「……そう。もう用はないわ」
「……あっ!?」
そう言いながら、オリビエの服を軽く切り裂く。
オリビエは貴族の令嬢。
あんな恰好にされたら、着替えに校舎に戻るだろう。
校舎の中の黒い影は駆逐しているから、そこにいれば安全のはずだ。
「早く消えなさい」
私はそう言って、転移魔法でヴラムたちの元に戻る。
「情報は手に入ったかい?」
「グリムか、もしくは勇者以外の敵が居る可能性がある」
「グリムが……ということは、救出しないといけませんね」
「あの子を救出? まあいいわ。前衛はスコール、周囲の警戒はヴラムに任せるわ」
陣形を組みつつ、転移魔法時に入ろうとした瞬間……
「ま、待ってください!」
私たちを追いかけてきていたオリビエが叫ぶ。
あんな服の状態で走ってきたせいだろう。
下着なども見えてしまっている。
「あ、あなたたちが何者か知りませんが、生徒会としてこの学校で何が起きているかを知る必要があります! だから、連いて行きます!」
「……見逃してあげたことで、殺されないと勘違いしたのかしら?」
再度、グラムを出してオリビエに向ける。
だがオリビエは、私から目を逸らさない。
「そこらの上級貴族さまより、よっぽど根性があるじゃねえか」
自分の上着を脱ぎ、オリビエに投げ渡すスコール。
「判断はお任せしますが、進言させてもらいましょう。この子を好きに行動させる利点は2つあります。ひとつは、もしものときの我々の最大の敵への対策として利用。もうひとつは、今回の事件の目撃者は、複数人いた方が都合がいいということ」
ひとつめの、最大の敵への対策は、おそらく勇者への人質だろう。
そしてふたつめは、今回の件の後処理のこと。
ここで何があったかを証言できるのが勇者でありながらも、平民出のエミルだけだと、後で来るである騎士団が納得しない可能性がある。
そうなったら、おそらく学校は閉鎖。
最期の魔王の武具の探索が、騎士団の監視を掻い潜る必要があるので、非常に困難になる。
確かに、利点はあるということだ。
「付いてくるのは勝手。だけど、私たちは貴女を守らないわ」
「それでいいです!」
「そう。なら好きになさい」
ぶかぶかのスコールの上着を着ながら、オリビエは決意の目を向けてくる。
危険なのに気丈というか、頑固なところが、微妙にあの子と被る。
「一応報告しておく。この魔法陣から溢れてくる力。魔法陣そのものか、魔法陣の向こうから魔力から流れてきているからか知らねえが、その力を感じた瞬間、俺の手が震え出しやがった」
魔王の力にスコールの体が反応している……つまり、あの子か、もしくは魔王候補が力を発動しているということか。
「命令変更だ、お前ら。撤退じゃなくてここの魔法陣を守れ」
「わ、分かった……!」
「魔法陣は、入って数秒後に起動する形式。罠もありません」
「そう。なら行きましょうか」
そして、ヴラムたちと魔法陣に入ると、魔法陣はさらなる光を発する。
ヴラムの言うとおり、特に罠もなくあの子の元へ向かえそうだ。
(アオイ、今助けに行くわ……!)
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