第31話 ロナード・シュトロハイム
「……今回は退きますが、次また何かあったら、レムリアは孤児院に連れていきます」
「やれるものならやってみなさい」
色々あったが、エミルに私を連れ帰ることを諦めてもらい、丸く収まった。
ちなみにエミルとアオイさんの仲が険悪になっているように見えるが、アオイさんはエミルに、しっかりとお土産のお煎餅と醤油を渡している。
アオイさんは、気に入らない人間には容赦のない人なので、お土産を渡しているという事は、嫌っていたとしても、どこかで認めているのだろう。
(……気に入らないけど認めている、まさにゲーム中の二人の関係そのもので、ゲームファンとしては、なんだかニヤニヤしちゃうなぁ♪)
そんなことを思いながらアオイさんを見ていたら、その目線に気付いたのか「……次、その目を向けたら殺す」という顔で見られたので程々にしておく。
「それでは、私は失礼します。レムリア、また学校で」
そう言いながら去っていくエミル。
これで一段落のはずなんだが、どうやらそうはいかないらしい。
「レムリア様! アオイ様!」
「あ、レナス。どうかしたの?」
最近、本性がバレたので、気軽に話せるようになった、警備のレナスが駆け寄ってくる。
「あの変態が、レムリア様の部屋に侵入しようと暴れています! 警備の者たちで対応していますが、相変わらず手強くて……」
すっかり忘れてたけど、エミルと一緒に、あの変態……ロナードが来ていたのである。
「……勇者を連れてきていたから、叩き出すわけにもいかないって思っていたけど、やってくれたわね」
心底うんざりしつつ、すぐに切り替えるアオイさん。
「貴女は屋敷に近づかないように。私はあの変態を、徹底的に痛めつけてくるわ」
そう言いながら、レナスと一緒に走っていく。
(……急に一人になっちゃったな)
さっきまで、アオイさんとエミル、その前はスコールも一緒だったので、落差が凄い。
特にやることもないし、とりあえず庭園にでも行こうかなと思って歩こうとすると……
「……ごきげんよう、レムリア様」
「……えっ!?」
私の後ろに、『そいつ』は立っていた。
明らかにいつもとは違う、あまりにも攻撃的であり、強烈な威圧感を放つ、『聖騎士』ロナード・シュトロハイムが。
「屋敷での騒動、大変失礼いたしました。こうでもしないと、貴女には厄介な護衛が沢山いるので、話もできないのですよ」
「……あなたは学校の先輩なのだから、話ぐらいはいつでも聞くけど」
スコールと戦ったとき以上の威圧感を感じながら、徐々に距離を取る。
今のロナードに迂闊に近づくのは危険だと、私の体が、本能がそう告げている。
幸い、ロナードはこちらに仕掛けてくる気配はない。
まずは距離を取って、そこから……
「……ならば何故、僕から離れていくんだい?」
「……ひっ!?」
急に目の前に現れたロナードに、耳元で囁かれる。
その、甘く、恐ろしい声に、悲鳴を上げつつも反射的に突きを打つ。
だが、そこには何もいない。
正確には、もう『いなくなっている』。
「その恐怖に彩られた顔、素敵だね。もっとさせてしまいたくなるけど、今は確認したい事がある」
そう言いながら、ロナードが手をかざした瞬間……
「えっ……!?」
私の腕輪、魔王の武具であるヤサクニが勝手に起動し、強制的に魔王モードの姿になる。
「な、なんで……?」
「しっかりと機能しているようだね。ああ、それにしても……テスタメントの本拠地でも、聖闘士を鍛えていた時も見ていたけど、その姿は本当に素晴らしい……」
目を見開き、歓喜とも狂喜とも言える顔を見せる。
「くっ……!」
今は、強制的に変身させられた事について気にしている場合ではない。
このままだと、確実に倒され……いや、殺される!
「……アポカリプス!」
魔王モードによる、アポカリプス全力展開。
ブラックホール状態の、対象を吸引する能力でロナードの構えを崩しつつ、私の所まで引き寄せて、必殺の背負いを……
「……そんな事をしなくても、君が求めるならすぐに行くよ?」
「なっ……!?」
さっきと同じ様に、私の目の前に現れるロナード。
(……だけど、この距離なら!)
投げに入る為、ロナードに手を伸ばす。
この距離で相手が無防備なら、柔道初心者だって相手を投げられる。
「……え?」
だが、伸ばした私の手が、ロナードから『逸れていく』。
何度やっても、何度やっても、結果は同じだ。
「この……!」
ならばと、純粋にアポカリプスをぶつける。
触れた相手の重力を操作することもできるアポカリプス。
これを当てて、体当たりでもなんでもすれば……!
「……それは困るな」
「え……?」
その瞬間に、私の前からロナードが消える。
いや、離れた距離へと『高速移動』する。
「危ないところだったかな。やはり、君と接近戦をするのは危険だ。『聖闘士』の闘気剣より脅威だよ」
離れた場所から私を見ながら、微笑むロナード。
……こちらの攻撃が『逸れていく』、『高速移動』、もはや間違いない。
「……アポカリプス」
「ご名答。本当に、戦闘に関しては察しがいいね。姫川葵」
ロナードが喋った瞬間に、全力で突撃する。
私の本名を知っている事も、アポカリプスをロナードが使える事も、今はどうでもいい。
『ここでロナードを倒さないと取り返しがつかない事になる』、本能でそう感じたから。
「……アポカリプス」
ロナードがアポカリプスを展開する。
その効果で私の体制が崩され、無防備のままロナードの前に突撃という、『仕留めてくれ』と言っているような状況にさせられそうになる。
(……相手がアポカリプスを使うと分かっていれば!)
自分のアポカリプスで、常に万全の体制になるように四方から吸引する。
相手が左に引っ張るならば右に、着地点をずらされて体制を崩されそうになるならば、自分から、一番足に力が入るポイントに移動してから着地する。
「……種が割れればすぐに対応。本当に、恐ろしい戦闘センスだね」
そう言いながら、ついにロナードが構えをとる。
(……相手は万全の状態。そこに、なんども使っている背負いは危険……だったら!)
手を前に出し、組手を取りにいく。
案の定、ロナードは組み手を取らせまいと防御してくるので……
――パァン!
「……っ!?」
ロナードの顔の近くで柏手、つまりは猫だまし。
その瞬間に、相手の視界から消えるために下に突撃。
「たりゃぁああ~!」
足の膝辺りを両手で抱えるようにし、そのまま持ち上げる形で相手を背中から落とす。
双手刈。
ルールによっては反則だが、スピードを活かした奇襲技としては強力な柔道技だ。
――ズガァァアアアン!
「……がはっ!」
落ちる瞬間に、アポカリプスでロナードの体重を最大限に増加させているからだろう。
まるで、大岩を地面に叩き落としたかのような音が響きわたり、地面に強く叩きつけられたロナードが、痛みによって声を上げる。
(……でも、これじゃあ倒せない! 追撃を!)
相手は、双手刈より強力な衝撃を与える、背負い投げをくらっても立ち上がってくる相手。
そう思って、ロナードの関節を極めようと仕掛けるが……
「……聖煌殻!」
『聖騎士』の技である聖煌殻……ロナードを覆う光輝く防御フィールドに弾かれ、吹き飛ばされる。
「くっ!」
アポカリプスで体勢を整え、勢いを緩和させつつ着地。
聖煌殻は、攻撃を防ぐ壁みたいなものかと思っていたけど、アポカリプスの重力フィールドのように、相手を弾く効果もあるようだ。
(……これでまた、迂闊に近寄れなくなった。でも、対抗策はある!)
そう思いながら、仕切り直しつつこちらも構えを取り、立ち上がっているロナードに再度攻撃を仕掛けようとする。
「……!?」
だが、私は動かなかった。いや、正確には動けなかった。
「ふっ……ふふっ、あははははははははははははは!」
……狂気という単語の具現化。
そう呼ぶに相応しいロナードの笑いを見て、そして聞いてしまったから。
「最高だ……最高だよ、姫川葵! しかも、これでもまだ、君は完全じゃないんだからね!」
(な、なんなの……?)
恐怖。
これ以外の感情は出てこない。
「……そんな顔しないでよ、姫川葵」
アポカリプスによる高速移動ではない。
ただ、ゆっくり、ゆっくりと私に近づいてくるロナード。
(ア、アポカリプスで動きを止めれば!)
必死にロナードにアポカリプスをかけるが、聖煌殻に守られているからか、それとも私と同じように、アポカリプス対策をしているからなのか、一切動きを制限されず、そのまま近づいてくる。
アポカリプスの数を増やしても、何回かけても、ゆっくり、ゆっくりと近づいてくる。
「……ひっ!?」
そして私の前で聖剣を抜きながら、とびっきりの笑顔でこう言った。
「……そんないい顔されたら、つまみ食いしたくなるだろ」
そのまま振り下ろされるロナードの聖剣。
目を瞑り、死を覚悟したが、私の元に一向に聖剣は降りてこない。
ゆっくりと目を開けると、ロナードの首元に2本の剣……スコールの刀と、ヴラドの紅く輝く剣が突きつけられていた。
「……後三分は来ないと思ったんだけどね」
「そう。それは残念だったわね」
後ろからアオイさんが歩いてきて、魔導銃をロナードの頭に突きつける。
「さすがと言っておこうかしら。なんども仕掛けて屋敷の構造を熟知しているからこその行動、勇者を盾にして安全に屋敷に侵入し、私が仕掛けた罠を破壊。幻術や結界を設置して私たちを錯乱、貴方の形をしたゴーレムによる陽動、どれも厄介だったわ」
「僕もさすがと言っておくよ、レムリア・ルーゼンシュタイン。会ったときから、敵になったら厄介だと思っていたけど、ここまでとはね」
そう言いながら聖剣を鞘に納めるロナード。
「残念だけど、今日はこれぐらいかな。僕は帰るとするよ」
「……てめえ、無事に帰れるとでも思ってんのか?」
「思ってるさ。ねえ、レムリア……いや、アオイ」
「……さっさと消えなさい。貴方たちも、その剣を下ろしていいわよ」
苦虫を噛み潰したような顔になりつつ、銃を下げる。
「お、おい! どういう事だよ!」
「……スコール!」
そう言いながら、首を振るヴラム。
その目は、従いなさい、と伝えていた。
「……ちっ! 分かったよ!」
そのまま余裕な笑みを浮かべて帰ろうとするロナード。
「一応、見逃してくれたお礼をしておこうかな。今度の魔法学校実技試験、楽しみにしておくといいよ」
「何があるというんです?」
「……魔王の武具が現れる」
「なっ!?」
その言葉にヴラムだけでなく、全員が驚く。
「では失礼……レムリア様! またいたぶってもらいにきますね~!」
そう言いながら走り去る、『私の知る』ロナード。
「……大丈夫? 葵」
「は、はい……あっ」
絶対的恐怖と、それから逃れた安堵のダブルパンチのせいだろう。
完全に腰が抜けていた。
「かなり危なかったみたいですね」
「う、うん……。強さはもちろんだけど、なんか……なんかその、ただ怖かった」
「戦闘のときは、殆ど狂戦士のお前さんがそうなるんだ。相当ヤバいんだろうな」
……誰が狂戦士だと言いたいが、今はそんな余裕はない。
「何はともあれ、間に合って良かったわ。スコールとヴラムもご苦労様。私だけだったら脅しが足りずに、あいつは手を引かなかったかもしれないわ」
「あ、そういえば、スコールはともかく、ヴラムはどうやってここに?」
「アオイさんから、スマホで連絡をいただきまして。後は、吸血鬼の固有魔法……この屋敷に忍ばせている蝙蝠の場所への瞬間移動で、ここに来たというわけです」
そう言いながら、ヴラムの肩に乗っかっていた蝙蝠が、羽根を上げて挨拶してくる。
今度お礼に、何か食べ物でもあげよう。
「で、あいつを逃して良かったのかい?」
「……『聖騎士』が、ルーゼンシュタイン家に行った後に、行方不明になった。そうなったらどうなると思いますか?」
「……なるほど。俺たちは、最初から負けてたって事か」
「向こうも、それが分かってるから仕掛けてきてるんでしょう」
そう言いつつ、私に肩を貸しながら立ち上がるアオイさん。
「とりあえず、屋敷に戻りましょう。情報を整理したいわ。アポカリプス……いえ、魔王の力を使う者が、器である者以外にも表れた事を含めてね」
そのまま屋敷へと向かう私たち。
……その足取りは、とても、とても重かった。
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戦闘が入ると一気に長くなる(´;ω;`)
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