第32話 静かな夜
「……あんまり動かないで」
「は、はい……」
寝室のベッドの上に座る私の横から、髪を整えてくれるアオイさん。
ロナードとの戦いで土埃を被ったので、もう一度アオイさんと一緒にお風呂に入ったのだが、風呂上りのせいでアオイさんの髪は少し濡れ、顔も火照っていて、なんだかドキドキする。
「あ、あの、アオイさん。どうして急に、こんな事してくれるんですか?」
私の髪を整えたり、服の用意をしてくれたりするのは、いつもラズリーだ。
「……気まぐれよ。いいから貴女は、終わるまでじっとしていなさい」
「は、はい……」
そして無言になり、私の髪を丁寧に梳かしていく。
「あの、アオイさん。もしかして、ロナードの件で具体的な対策が出てこなかったから、ちょっと落ち込んでます?」
ロナードがアポカリプス……というより、私という魔王の器以外が魔王の力を使ってきた事について、ヴラドとスコールを交えた魔王組で話し合ったが、結論、原因不明としかならなかった。
最初は、魔王復活の儀式で、近くに居たロナードにも魔王の力が宿ったのでは? という話になった。
『魔王復活の儀式は、仰々しく見えるかもしれませんが、構造はいたって単純です。魔王の力が無いと生きていけない幽鎧帝から託された、魔王の力を宿す魔導具、魔王の心臓。その力を余すことなく器に注ぎ込むために、多重に魔法を施した魔法陣により、空間固定、力の放出の制御をする、それだけです』
だが、魔王復活の儀式がヴラドから説明があり……
『……だからこそ、断言します。魔法陣の外に居た者が、魔王の心臓から力を得る事はありえない』
はっきりと否定された。
儀式が私の背負い投げにより途中で中断されたので、『魔王の心臓』にまだ力が残っており、それをあの崩壊した地下室からロナードが手に入れたのでは? という話にもなったが……
『テスタメント関係者は、全員、魔王の心臓に適合するか調査済みであり、こちらも断言します。ロナード・シュトロハイムは、魔王の心臓に適合しませんでした。よって、魔王の力を扱えることは、ありえない』
これも、はっきりと否定された。
魔王の武具の情報についても、嘘か真実かはその日にならないと分からない。
怪しまれないタイミングでロナードを生け捕りにし、情報を引き出すという案も出た。
今すぐにでもロナードを倒さないと、取り返しがつかない事になると感じている私は賛成なのだが、『あの性悪が対策を取っていないわけがねえ。自分が行方不明になったら、俺たちを疑えぐらいは確実に言ってる』というスコールの意見により、却下となった。
つまりは、今は傍観するしかない、という事だ。
「……私の髪って、こんな色だったのね」
「え? あ、ご、ごめんなさい。そんな、普通の黒い髪になっちゃって」
「何言ってるの。貴女の髪、とても奇麗よ。こんな事言うのもどうかと思うけど、私は元の体より、貴女の体の方が好きだわ」
「え、どこがですか!? 結構、筋肉付いちゃってますよ! 胸も……まあ、一応そこそこありますけど、完全モデル体形のレムリアさんの体と違って、こう、体のラインが完全に一般人というか、雰囲気が田舎者というか……」
「……言っておくけど、今の私、領土視察のときに、貴族から言い寄られる事がかなりあるわよ。私が魔法を使えることを知らないのに、貴族が貴族以外に求婚なんてありえない。それぐらい、この姿は魅力的なんでしょうね」
「私の知らない間にモテ期が!?」
「ああ、ちなみに言い寄ってきた貴族は全員無視、しつこいのは『丁重に』お断りしてるわ。中にはいわゆるイケメンもいたけど、余計な事をしたかしら?」
「あ、いや、それは非常に助かります。私もその、色々あったし……誰かと付き合うより、アオイさんやエミル、この屋敷のみんなと一緒にいる方が楽しいですから」
「……そこは、アオイさんと一緒にいる方がって言いなさいよ」
「え……何か言いました?」
「なんでもないわ。ほら、前髪いくわよ」
そう言いながら、私の前に来るアオイさん。
元は自分の顔とはいえ、こんなに近くに誰かの顔があるのは照れる。
「……」
その後、また無口になるアオイさん。
やっぱり、ロナード対策について気にしてるんだろうか。
そんな事を考えながら、アオイさんのどこかつらそうな顔を見ていると……
「……え?」
「あ、ごめんなさい! つい、無意識に……」
気が付けば、アオイさんの頭を撫でていた。
「……別に、続けていいわよ。私も貴女の髪に触らせてもらってるし」
「そ、そうですか。それじゃあ、遠慮なく……」
お許しも出たし、アオイさんが少しでも安らいでほしいと願いながら、頭を撫でる。
頭を撫でられている人がいて、頭を撫でられている人が、頭を撫でている人の髪を整える。
なんともいえない不思議な光景……事情を知らない人が見たら、普通に驚くのではないだろうか。
チク……チク……チク……
部屋に響く秒針の音。
心地よい静寂とも言うべき時間が、私たちに流れていく。
(……二人だけの時間も、久しぶりだな)
なんだか、ヴラドの屋敷で膝枕してもらったときを思い出す。
(やっぱり、アオ……レムリアさんと一緒にいると……)
その心地良さから、自然と目を瞑りつつ……
(……本当に、安らぐ)
撫でる手が止まりそうになるぐらい、私の心が満たされていく。
私の中で、アニメやゲームのセリフでよく聞くセリフが、感情として生まれる。
(この時間が、いつまでも続けばいいのに……)
心の底からこう思う。
だが、やはり現実はそうはいかない。
後悔しても時は戻らないし、生きている限り、いつまでも幸せな時間という事はありえない。
「……終わったわ。綺麗な髪なのだから、少しは自分でも気を遣いなさい」
「あ、それ、自画自賛ですか?」
「言ったでしょう? 私の体は、誰に見せても恥ずかしくないようにしている。それは、毎日手入れしている髪だって同じ。裸見られる度に大騒動になる貴女にも、こういう誇りを持ってほしいわね」
「……私以上に、異性慣れしてないくせに」
「……そういえば、また新しい武器を再現したの。いわゆるガトリングガンなんだけど、今度試し打ちに付いてきてくれない?」
「その試し打ちって、絶対私を標的にする気ですよね!? 秒間百発以上打ち込む気満々ですよね! ねえ!」
「あら、私は標的にするなんて言ってないわよ? でも、貴女がそう言ってくれるなら、お言葉に甘えようかしら」
「あ、ずるい! 普通に付いていっても標的にするし、ツッコミ入れても標的にできるように誘導するパターンですよね!」
「ふふっ、どうからしらね」
「くっ……自分のツッコミ能力が憎い!」
ガトリングって、毎秒100発以上とかだった気がするから、死ぬ気で逃げないと。
「今日はもう寝なさい。ルーゼンシュタイン家の者とそてい、休み明けにいきなり遅刻なんてしたら、許さないから」
「は、はい!」
「……それじゃあ、お休みなさい」
そのまま部屋から出ていくアオイさん。
急に人がいなくなり、寂しくはなったが……
(……最後にちょっとだけ、アオイさんに笑顔が戻って良かった)
そんな事を思いながら、明かりを消してベッドに入るのだった。
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「……」
レムリアの部屋から出て、私はそのまま扉に寄りかかる。
「……襲われた人間が、他人の心配してるんじゃないわよ。お馬鹿」
グッドエンドを目指している以上、あの子が戦う事になるのは避けられない。
だが、スコールとの戦いも、ロナードとの戦いも、私がもっと警戒していれば、あの子を戦わせて、怖い思いをさせずにすんだ。
私がミスしなければ……私があの子に『レムリア・ルーゼンシュタイン』を押し付けなければ……
本当に、自分が嫌になる。
私はまだ、何もできていない。
魔力を得ても、地球の技術を得ても、父と母を追放し、自分が動かせる領土を持っても……結局私は、何も成し遂げていない。
魔法至上主義の破壊も、私の罪を打ち明ける事も……
そんな事を考えながら、自分の頭に手を置く。
あの子が撫でてくれた場所をなぞる様に、あの子がくれた安らぎを噛みしめるように。
(……そんな資格、私にはないのにね)
自嘲しながら、私は魔法を展開する。
私の掌から浮かび上がる魔力の球体……マジックアローとは違う、別の球体。
「……アオイ様、どうかされましたか?」
後ろから、飲み物を持ってきたラズリーが現れたので、魔法を解除して話し返す。
「もうあの子は寝たわ。それは使用人たちで頂きましょうか」
「よろしいのですか? だってアオイ様は……」
「使用人仲間と親交を深めるのも仕事よ。それに、貴女には話しておいた方が良さそうな事がいくつかあるの」
「え、私にですか?」
「あの子に、友達ができた話とかね」
「……お忙しいところ申し訳ありませんが、詳しくお聞かせください」
目から光彩が消え、いわゆる病んだ表情になるラズリー。
明日は早いというのに、私の想像以上に長い夜になりそうだが、まあ、たまにはいいだろう。
そう思いながら、使用人たちが集うサロンへと向かい、歩き出した。
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レムリアが眠り、アオイたちが去り、人の活気がなくなった廊下。
その中に、花が活けてある花瓶がある。
レムリアの部屋の扉から最も近い場所にある装飾品で、レムリアのお気に入りなのだが……何故か、扉に向かって、少しだけ、本当に少しだけ動いてた。
机に残る動かした跡は、まるで何かに『引っ張られた』かのようであった。
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前回やたら誤字やら消し忘れが多く申し訳ないです(´;ω;`)
やっぱり、急いで投稿するぐらいなら、ちゃんと見直して次の日投稿した方がいいですね。
まあ、ちゃんと見直しても誤字多いですが( ノД`)
そして、また長くなってきた……もっと読みやすい文章が書けるように頑張らねば(; ・`д・´)
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