敗走

 あれから始まったミーティングで分かったことだが、この勇者パーティは致命的なレベルで問題を多く抱えていた。その中でも一番の問題はまともに神秘を行使出来るものが居ないことだ。


 剣士であるティムを筆頭にアーチャーのバネッサ、シーフのベチュニア、重戦士のバーバリと皆、物理攻撃しかできない。


 無論これは一般パーティでは普通のことである。と言うのも、神秘行使者には大きく分けて、魔術師、祈祷師、占星術師、錬金術師、呪詛師の5種類が存在するがそのいずれかもが、なることに多大な労力を必要とするからだ。


 世の中の普通の人間は文字の読み書きすらままならない人間が多い中、育てるだけで大量の時間と金を必要とする人材を多くのパーティに行き渡らせることはかなり厳しいものがある。


 しかしながら勇者パーティに割ける人材がいない程この国も落ちぶれていない筈である。原因を探るため、ティムにパーティの成り立ちについて聞いてみたところ次のような答えが返ってきた。


「僕たちは皆、幼い頃からずっと一緒でね。大きくなったら皆でパーティを組もうと約束していたんだ。僕が勇者に選ばれてもそれは変わらないよ」


 とのことだ。そもそも勇者とは古より人類にあだなすものに対抗するために50年に一度大神の勅令の元、運命の三女神によって少年、少女の中から完全ランダムに選ばれる仕様となっており、選ばれてた勇者は国を挙げて支援する事が伝統となっていた。


 しかし200年ほど前、即ち5代前から勇者パーティは悉くがその役割を果たすことなく壊滅してしまっている。なんでも「スキル」や「レベル」といった正体不明の概念を持った者が突然現れ、それと同時に勇者パーティの力が大幅に減少、弱いモンスターに討ち取られてしまうのだ。


 かといって「スキル・レベル」持ちがそのかわりを果たしてくれるかと言うとそうでもなく、彼らは自身の周辺環境だけ改善すると、片田舎に引きこもりスローライフを送ってしまうらしい。


 そういう訳で今では勇者自体にあまり期待はされておらず、ティムの要求も通ってしまったということだ。勿論勇者パーティが瞬殺されている事を知っているのは王国上層部と調査任務のために情報を渡された私ぐらいのもので、民衆はおろか、彼ら自身も知らないため、割と大きな顔をして歩いているとのこと。


 そうこれこそが二つ目の問題である。能力の割に態度が大きすぎるのだ。


 ルードルとのやり取りを鑑みれば分かる様に彼女らは自身が全てに置いて重視されると本気で信じている。


 このレベルの傲慢さとなると人間関係が破綻する恐れがあり、早急に意識改革をしないと手遅れになる可能性が高い。


 とりあえず今回のミーティングにおいて、私との連携の確立を兼ねてゴブリン退治に行く事が決定した。これを機にこれらの問題への解決の糸口が見つかる事を望む。



「ゴブリンなんて何で私たちが今更やんないといけないのよ」


 バネッサが不満な様子を隠そうともせずそう言った。


「まぁそう言わずにバネッサ。ロアルと僕たちの初クエストなんだよ。慎重にいこうじゃないか」


 そうティムが諭すと、バーバリがこちらに対して忠告する様な形でこう言った。


「あんた、あたし達の足を引っ張ったら承知しないよ。せいぜいあの無能よりはあたし達の役にたつんだねぇ」


「無論、善処する。さてもうすぐゴブリンの巣だ。ティム、この辺で偵察用の使い魔を出して良いだろうか?巣の内部構造とゴブリンの数を見ておきたい」


「その必要はありません。ゴブリン如き、何匹居ようが我々の敵ではありません」


「おっとペチュニア、それは油断というものではないかね?戦闘に置いて何よりも重要なのは情報だ。その価値を軽んじるといずれ痛い目にあうぞ」


「あんたに言われなくてもそんなことはわかってるわよ。でも今回はたかがゴブリンなのよ。あんたは害虫を潰すときにいちいち相手の名前や弱点を探るの?」


「確かにそうゆう見方も出来るだろうな。このまま話あっていても堂々巡りで時間の無駄だ。リーダーのティムにとっとと決めて貰おう。」


 そう決断をティムに託すと、彼は彼女達の顔色を伺ったのち一瞬申し訳無さそうにこちらを見てこういった。


「大丈夫だよロアル。僕たちは勇者パーティだ。これまで何体もの強いモンスターを倒してきたんだ。これくらいでは危機に陥ることはないよ」


「リーダーがそう言うならその判断に従おう。作戦はミーティングの通りでいいな」


「うん、僕とバーバリが前衛。バネッサとベチュニアが後衛。ロアルには討伐数のカウントと撃ち漏らしやとどめを刺しそびれた個体の処理を頼みたい」


 作戦の確認を終えるとゴブリンの巣穴が見えてきた。見張りと思しき個体が2体立っているようだ。

 

 私は護身用にガーゴイルを二体ほど召喚する。これらは体系的に魔術を収めた者であれば、簡単な魔術式と任意の小動物の死体で召喚でき、1時間程は使役できる使い潰すにはもってこいの翼の生えた下級悪魔である。


「いくぜぇぇッ!」


 バーバリが門番のゴブリンどもに勇ましく突撃し、手に持った大剣を振り下ろす。


 食らったゴブリンは文字通り真っ二つになって死んだ。するともう一匹のゴブリンが巣穴の奥に逃げようとしていた。


 今巣穴から出てこられては多くのゴブリンを逃す恐れがある。


 私はガーゴイルに指示を出しそのゴブリンを捕縛。軽い暗示をかけ動きを封じた。


「余計なことするんじゃないわよ。そいつくらい私がやれたんだから」


 バネッサからそう声が上がる。確かに逃げた獲物の追撃は彼女の領分だ。まだ一人旅の癖が抜けきっていなかったらしい。素直に謝ると、彼女はフンと鼻をならした。


 そうして我々は巣穴に入っていく。巣の中は腐敗臭と排泄物臭が漂っており、私はたまらず魔導フィルター付きガスマスクを装着する。


「情けないねぇ、この程度の悪環境にも耐えられないとは」


「私はどちらかというと研究畑の人間でね、現場での作業にはあまり慣れてないのだよ。これからはそうも言ってられないから頑張って慣れていくことにするよ。おっと、おいでなすった」


 前方から30匹程度のゴブリンが現れる。それだけなら良かったのだが、クエスト情報では確認されていないオーグが三体程混ざっており、さらに悪いことにそれらを一匹のオーガが統制している。


 これはまずいことになった。出口まで逃げようにも巣穴は曲がりくねった構造になっている上に暗くて視界が悪い。おそらく追いつかれてしまうだろう。


 私の今の手持ちではどうしようもないので、ここは勇者達に任せる事にする。


 実績を鑑みればこれくらいなんてこと無い筈だ。


 ▲


 血だらけのバネッサを背負い帰路に着く。ティムは疲れ果てながらも残りの二人に肩を貸して、歩いているがその顔はどこか暗い。


 結論からいえば我々は敗北を喫した。

 

 前衛二人はオーガやオークは元より、ゴブリンにすら対処できず傷を負い、後衛の弓や投擲は全くと言っても良いほど当たらなかった。


 勿論、接近戦を想定していなかった私もまんまと隙をつかれ、脇腹に一刺し、右上腕に大きめの切り傷を貰ってしまった。


 門番のゴブリンの死体を使って召喚したものも含め、計四体のガーゴイルを特攻させている隙に逃げ出し事なきを得たが、本当に危ないところだったと思う。


 それにしても、これで例の勇者が弱体化し瞬殺されてしまっていると言う情報の信憑性が上がる。


 状況を鑑みるにこの弱体化の原因はスキル持ちのルードルにあると見て間違いないだろう。


 しかし一つだけ引っかかるのは彼がスキルに目覚めたのは、このパーティを追放された後であると言う点だ。


 スキルを手に入れる前から彼には何が特殊な能力でもあったのだろうか?


 考察は尽きないが今は自身の身を案ずるのが先決だろう。このパーティでは明日にもモンスターの餌になる可能性が高い。


 たとえモンスターにやられずともゴブリンに勝てないほど弱いことが判明してしまえば惨めな未来が待っている。


 今の私にはそれらの未来が訪れないことを願うしか無い。

 

 

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自分の代わりに誰か追放されたらしい @umikemusi

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