チャプター3【フリー代行社】
チャプター3
【フリー代行社】
「…騒がしい……」
ある場所に向かう最中、シンは眉を顰めて不機嫌そうに呟いた。
「そう言わないで」
シンの隣を歩く女性は、少し困った顔をしてシンを宥める。
「――この世界は、色々な音や様々な『想い』によって溢れているわ」
「…全部纏めて消し炭にすればすぐ終わる」
ウンザリした面持ちでシンが何気なく言えば――
「ダメよそれは。…そんな事、言っちゃ駄目」
シンを諫めるように少し頬を膨らませる女性。
「…分かった」
溜息を吐いてシンは素直に頷いた。
――普段のシンならば、自身の言動を阻む者を嫌う筈なのだが、この女性の前では何故か『大人しい』。
「――ここよ」
ある雑居ビルの前で女性は足を止めシンを振り返る。
「シンさん、『大人しく』していてね?」
「……」
女性が、子供に言い聞かせるようにシンに微笑みかけると、シンは軽く肩を竦めた。
女性とシンは雑居ビルの二階にある事務所に入った。
そこで二人を待っていたのは、三人の男性――
――二人はシンと同じくらいの歳で、あと一人はそれより少し若い。
「お待たせしました」
女性が男性等に軽く会釈をすると、
「こちらこそ。――どうぞお座りください」
と、若い男性が女性とシンに席を勧め、二人はあてがわれたソファに並んで腰掛ける。
テーブルを挟んで向かいに座るのは二人の男性。
明るい茶髪の男性は天藤真人(てんどうまさと)と言い、焦茶の髪を持つ男性の方を伊神進(いがみすすむ)と言った。
「これからよろしくね」
真人は人懐っこい笑みをシンに向け、
「――ねぇ『シンさん』って呼んでいい?」
「…好きにしろ」
真人がシンにそう聞けばシンは短く答え、若い男性――大川武雄(おおかわたけお)が用意した紅茶を一口する。
「――美琴(みこと)」
紅茶で喉を潤したシンは、隣に座る女性の名を呼ぶ。
「何?」
シンに美琴(みこと)と呼ばれた女性はシンの方を向く。
「ここに来た理由が知りたい」
シンが端的に言えば――
「そうね。何から話せばいいかな……」
御堂筋美琴(みどうすじみこと)は考える素振りで顎に手をあて小さく呟いた。
「――それは、俺から話そう」
向かいに座る進が、美琴の言葉の続きを受け取るように口を開いた。
――進が言うには、彼等は『超能力』を極秘裏に使いフリー代行社と言う『便利屋』を仕事としている。
超能力は本来、人の潜在能力の一部にあたり、それを開花させた者も少なくはない。
例えば――生霊や怨霊。幽霊や不可思議な現象。それらは全て『人が持つ潜在能力の一部』であると言う事。つまりは、人が自ら持つ『念』でもある。そしてそれを悪用する輩もおり、いつの時代も、『悪人』は存在すると言う訳だ。
フリー代行社は、そんな不可思議な現象を解決する仕事もしているが、昨今――
――超能力を悪用している者達がいる。
人である彼等が、悪人達を始末するにも限度がある。
だからこそ、シンのような存在が不可欠だという――
「シンさんも、僕と一緒なのかな?」
進が話を終えた後、真人がシンに微笑みかける。
「…一緒、とは?」
シンが真人の問いを問いで返せば、
「…えーと」
真人は困ったように苦笑いをし、隣に座る進に助けを求めるような視線を向けていた。
「…ハァ……」
進が小さく溜息を吐いて、
「…シンさんは超能力を使えるかって事です」
と、呆れたように真人の代弁をした。
「……」
シンは進の言葉には答えず、代わりに視線を真人に向け、
「――お前なら、言わなくても分かると思うが?」
真っ直ぐに見つめながら端的に言った。
「そう、だね…」
真人はシンの視線を受け止めつつ小さく頷く。
「――うん。僕と一緒かも…」
少し曖昧な笑みを浮かべる真人。
――このような実にくだらない【シンとっては本当にどうでもいい内容】遣り取りに痺れを切らしたシンは、
「要件を早く言え」
声色が怒りを抑え込んでいるのが、周りに見て取るように伝わり――
「シンさん恐いよ…」
真人が呆気に取られたように少し苦笑いをする。
「……」
シンが物怖じしない真人を一瞥し、
「鬱陶しい」
低く吐き捨てれば――
「――シンさん?」
隣から咎めるような美琴の声が聞こえて、シンがそちらを見やれば――美琴は顔こそ笑みの表情を浮かべてはいるが、それ以上に怒りを含んでいる事がシンには分かり、彼は面倒くさげに溜息を吐いた。
「…え、もしかしてシンさん怒ってる?」
「――いや?」
真人の遠慮がちな言葉に、シンは軽く否定した。
「……」
シンは視線を少し斜めに上に向けて何かを考えるような素振りを見せて、
「…本題に入ってもらいたい」
心底嫌々ではあるが、極力平常心で話を切り出した。
「…そうだな」
シンがそこまで言うと、進が小さく頷いて――
「ーー貴方に、『始末』を頼みたい人物がいる」
向かいのシンを真っ直ぐに見つめ、傍に立つ武雄に目配せすると、武雄はすぐさま小型のノートパソコンをテーブルに置きシンと美琴に画面に映る一人の人物を見せた。
「…超能力『サイコキネシス』を使い暗殺業をしている男を始末して欲しい」
「――ほう?」
進の言葉に、シンが興味深げに呟いた。
シンはパソコンの画面を見つつ――
「『始末』はどのようにすればいい?」
うっすらと、愉しげな笑みを浮かべた。
「…ど、どのようにって……?」
シンの笑顔に多少面食らったのか進が困惑しつつ聞いてくる。
「――『始末』、するんだろ?」
進を見据えてシンは言う。
「…『病気』か『事故』か。それとも『完全に』消した方がいいのか……」
そこまで言って一旦言葉を切る。
「…明確な『指示』がなければ、俺の好きにさせてもらうが?」
小首を傾げて満面の笑みを浮かべる。
「…それって…どゆこと?」
シンの言葉の意図が分からない真人が間抜け面で目を瞬かせる。
「―…ハァ」
シンはこれ見よがしに思いっきり深い溜息を吐き、
「…この男を、『ある空間』にて拘束している。始末するなら早々に消してやるがどうする?」
「……え?」
シンの言葉に進が驚き呆気に取られる。
真人や武雄も、進と同様の表情をしていた。
「…面倒だが仕方がない……」
シンは溜息混じりに呟いて目を閉じた、その刹那――
――事務所の一室、今真人達がいる空間が、辺り一面真っ黒な世界に切り替わった。
「―…ッ! …『空間転移』…?!」
驚愕する真人。
「…く…空間そのものを転移させたって事ですか?!」
「…違うな……」
武雄と進も、真人と同じ様に二者二様で驚いてはいるが、進だけは何やら神妙とも言える表情をしている。
「…え…、空間を転移させたんじゃないの?!」
真人が、進の反した言葉に気づき進に詰め寄った。
「…く、空間だけじゃない……」
進は、自身に起こっている現象に精神が上手く順応せず半ば疲労した面持ちで呟いた。
「空間と『時間』も転移させた――」
「『時空間転移』とでも言えばいいのか」
進の言葉を、シンは少し面白げに付け足した。
「…じ、時間と空間の転移……」
武雄は、余りにも予想だにし得ない現状を身をもって体感し、短く息をのんだ。
――三人が驚くのも無理はない。
シンは一瞬にして空間と時間そのものを移し変えてしまったのだから。
真人達は真っ暗な空間に立っているのか浮いているかも分からない状態だが、一つだけはっきりしているのは――真人達と同様に真っ暗な世界に放り込まれている、パソコンに映っていた『暗殺者』の姿が鮮明にあると言う事。
『――おい! どうなっている?! 何故こんな所にいるッ?!』
暗殺者、三浦兼続(みうらかねつぐ)は辺りを彷徨いつつ一人叫んでいる。
「…お、俺たちの姿は見えないんでしょうか?」
三浦を少し見下ろしつつ武雄が呟くと、
「そうだな」
シンがそれに応えるように頷く。
「同じ空間にはいるが、彼奴(あいつ)とは別の空間にお前達はいる」
「……」
真人は眉を顰めて黙っていた。それは進や武雄も同じ心境なのだろう。
シンはごく当たり前のように言ってはいるが、真人達には到底理解し得ない現象を目の当たりにしているので、いまいち何を言っているのか分からなかった。
「――彼奴(あいつ)、三浦と言ったか?」
「ああ」
シンに聞かれ進はひとつ返事で頷く。
「どう始末するんだ?」
「…ど、どうって……」
――先程も同じ様な事を聞かれたっけ。
真人は少し戸惑いながら、進に助けを求める様に上目遣いで彼を見る。
「……」
進はしばし考え込んだ。
「―…ッ、うぅぅ……ッ」
進がどうしようかと考えあぐねいていると、突然武雄が低く呻いて口元を抑え気持ち悪そうにしゃがみ込んだ。
「…タケちゃん?! どうしたのッ?!」
すぐさま真人が武雄の側に駆け寄る。
「…す…すみません……物凄い数の怨霊が……ッ」
「…『怨霊』?」
おうむ返しに言う進は辺りを見回した。
――確かに。この空間は『淀んでいる』。何がどうかは形容出来ないが、進の感じ取れる『第六感』がそう告げていた。
「…ふふ。隙あらばってやつか」
シンが面白おかしそうに笑い、
「あの三浦ってやつは相当怨みを買っているな」
「…そうね。妬み、憎しみ、恨み――ありとあらゆる負の思念が取り巻いているわ」
シンと美琴は平気なのだろうか平然としている。
「―…ッ、すごい…、恨みの……ッ!」
武雄は『霊感知』の能力があるため、この空間に取り巻く怨霊等を全身で感じ取ってしまい、息絶え絶えに呻き、気持ち悪さも相まって胃液の逆流を何とか抑え込んでいる。
「…ハァ……」
シンは呆れたように溜息を吐いて、
「…本当に…面倒な奴等だな……」
小さく呟くと――
――シンや美琴、真人達がいる一部の『空間だけ』が浄化されたように空気が爽やかなほど澄み切った。
「…この『空間だけ』、霊どもが感知出来ないようにした」
事もなげに言うシンだが、真人達は殆ど理解出来ずにいたが『体感』はした。
「―…ん、あれ? 身体が軽く、なった…?」
武雄が跪いていた身体を起こして立ち上がり、自身の両手を見て静かに呟く。
「…ホントだ。さっきの重苦しい空気がなくなった」
真人も不思議そうに辺りを見やる。
「ーーさて。少し交渉をしようか」
シンはそう言うと徐に指をパチンと弾き鳴らした瞬間――
――またもや空間が移り変わり、真人達は元の事務所に戻ってきた。
「ー…ッ?!」
真人や進、武雄の三人は驚愕の表情を見せる。
戻って来たのは理解出来たがそれよりも三人を驚かせたのが、それぞれの状態が『シンと美琴が事務所に来た時』と変わっていない事だった。
真人と進は、シンと美琴の向かいのソファに座っており、武雄は二人の補佐をするべく傍に立っている。
美琴はシンの隣に座っており、シンは顎に手を添えテーブルに置かれたパソコンの画面を見ている。
「…も、元の場所に戻った……?」
武雄が辺りをキョロキョロしながら小さく呟いた。
「…そう…みたいだね…」
「あの…三浦はどうなりました?」
武雄の言葉に頷く真人とすぐさま状況を確認する進。
「…ハァ……」
シンは心底面倒臭げに深い溜息を吐き、
「交渉は決裂だ」
眉間に皺を寄せて憮然とした面持ちでパソコンの画面を忌々しげに見つめている。
「ーー『交渉』って、この人と?」
「ああ」
真人が目を瞬かせながらパソコンに映る三浦兼続を指すとシンは短く頷いた。
「…どゆこと?」
真人はシンの言っている事が理解出来ないのか、眉を顰めて上目遣いでシンを見やると、
「…全く面倒臭い……」
再び深い溜息と共にシンは呆れたように呟いたのだった――
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