チャプター2【御堂筋美琴2】

チャプター2

【御堂筋美琴2】



 ――美琴(みこと)は一人暮らしだった。少し小綺麗なマンションの最上階に彼女の自宅はある。


 鉄製の扉を乱暴に開け、靴を脱ぐのももどかしく急ぎ自室に向かう。【死ぬ】予定だった為あらかたの荷物は整理してしまっていたが、彼女は【ひとつだけ】大事にしまっていたものがある。それは簡素な勉強机の一番下の引き出しに鍵付きのケースに入っておりケースの鍵を外し中身を取る。


 紙製のブックケースに、付箋が大量に貼られた本と数十枚のカード。


 カードを幾つか手に取り一枚ずつ確認する様に順に見ていく。



「ー…ッ!」

 美琴は『ある一枚のカード』が無い事に気が付き脱力した様にその場に膝から崩れ落ちた。


「…これ……やっぱり私の……」


 シンから手渡されたカードをスーツジャケットのポケットから取り出してカードを改めて確認した。





「ーーまあ、それに近いと言えばいいか」

「ー…ッ?!」



 また突然背後から声が聞こえ、美琴はビクリと肩を震わせ振り返った。



 美琴の自室の扉の前にシンが立っていた。



「ー…あなたッ、本当に一体何者なのッ……?!」


 美琴は立ち上がりシンに詰め寄る。



「…何度も言わせるな」

「……ッ」

 

 シンに低く端的に言い放たれて美琴は反射的に身体を怯ませて数歩後ろに下がった。




 自分を落ち着かせる様に胸に手を当てゆっくりと深呼吸をする美琴。



「ー…ハァ〜…」


 美琴は思いっきり深い溜息を吐いて、


「…分かった…うん。ちょっと待って…分かったから…」


 今の状況を整理しようとしているのか小さく呟きつつ悩む様に顎に手を添えた。





「…えっと……」


 気が動転しているのか頭が混乱しているのか、俯いてもう一度深呼吸をひとつ。

 

 ある程度の気を落ち着かせたのか顔を上げてシンを上目遣いで見て、次には持っているカードに目をやる。

 そのカードは、紛れも無く美琴が所持しているカードの一枚だった。




 ――美琴は【人の少し先の未来が見える】と言う予知能力、つまり超能力がある。未来視または未来予知とも言われる。

 この能力を活かし、タロット占いという記事を定期的に出している。しかしそれももう【終わり】にしようとしていた。



 【生きていく】自信が無くなってしまい自我を殺そうとしたその矢先――向かいに立つシンによってその行為をかき消されてしまった。


 本心では【自殺】など愚かな終わり方をしたくなかった、それをシンに暴かれてしまい、その事を振り返り認識したら急に馬鹿馬鹿しくなった。





 ――色々考えていたら少し冷静になったようだ。




「ふふふ」


「何が可笑しい」


 美琴が小さく自嘲し微かな笑い声を漏らすと、シンの眉が密かに顰められた。



「ううん、違うの」美琴は首を横に振って、「ーーありがとう。もう大丈夫よ」と、お礼混じりにシンに笑顔を返した。



「…そうだな」シンは静かに頷き、「お前はまだ生きていられる」



「ーーそう」


 シンの断定的な言葉に美琴もまた確信した様に頷いた。



 再びカードに目を向ける。


 一般的に使われる代表的なタロットカードの一枚。大アルカナ、二十二枚の内に入るそれは英数字では13、【死神】のカードにあたる。

 

 死神の正位置は、【すべてを捨てる】・【無にかえす】。逆位置は、【意識の変革】・【再生、創造】である。





「…ねぇ、シンさんはー…ッ?!」


 美琴が言いかけた途端、彼女の脳内に鈍い衝撃が走り頭痛の様な感覚に眉間に皺を寄せてこめかみに指をあてた。



(…え、何この感覚……?)



 脳裏にチカチカと眩い光が【視えて】堪らず目をきつく閉じた。





 ――映像が、自分のすぐ真下でぼんやりと視える事から俯瞰的に見ているのが分かった。


 自分と隣に立つのはシン。相も変わらず無表情なシンの隣で幸せそうな笑顔を浮かべている自分自身――すぐ先の未来視。




「…え……」


 美琴は目を開けすぐさまシンを見る。彼は変わらずそこに立っていた。



「…これって……どういう事……?」


 微かに震える声でシンに問いかける様に聞いた。



「…『視た』通りだろうな」


 シンは静かに言う。



「…もしかして…シンさんは『分かって』いたの…?」


「ある程度は」


 美琴に言われ、シンは端的に答える。



「……」


 美琴は口の中で小さな溜息を吐いた。


 彼は出会った時と変わらない口調ではあるが、【ひとつ】だけ美琴には気にかかる事があった。



「ねぇ、シンさん」


 美琴はゆっくりと彼に近付き目の前に立つと真っ直ぐな視線をシンでシンを見つめた。



「何だ」


 短く答えるシン。表情は無表情のままで人としての喜怒哀楽の感情自体、彼の中では皆無なのだろう。



「ーーどうして私を『助けた』の?」


「……」


 美琴がそう聞けば、シンは視線を少しずらして微かに眉を顰めて考える様な表情をする。



「…興味深かった、とでも言えばいいか?」


「『興味』?」


「ああ」


 美琴がおうむ返しで聞けば小さく頷くシン。



「ーーお前達は意外にも『念』と言う力が、ある程度左右しているらしいな」


 目だけは虚な光を宿しつつ口角を上げ静かに微笑むシン。



「……」

 自分が思っていたよりも【まとも】な返答だった為、美琴は少し面食らった様に目を瞬かせた。

「…そう、ね…。人の『想い』は、人では計り知れないものがあるわね」



「そうだな。だからこそ興味が惹かれた。その『想い』や『念』はどこまで通用するのかーー」


 楽しそうに笑うシンの瞳が微かに輝いた。



「あとはーー」


 シンはそこで言葉を切り部屋の天井を仰ぐ。視線はどこを見ているのか分からないが『何か』に問いかける様に再び言葉を紡いだ。


「ーー単なる好奇心からくる『慈善事業』だな」


「……ッ」


 皮肉にも似たシンの口調はどこか怒りを含んでいる様にも聞こえ、美琴は心無しか背筋に冷たいものが走りビクリと身体を小さく震わした。


 

 そんな美琴の姿を一瞥して、シンは静かに、だが愉快そうに笑ったのだった――

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