チャプター4【三浦兼続】

チャプター4

【三浦兼続】



 ――時は遡る事数分前。真人達が時空間転移された時だった。


 シンは、邪魔な怨霊共が真人達に干渉せぬよう結界を張った後、三浦兼続(みうらかねつぐ)の前に【立つ】。




「ー…ッ!」


 シンの姿にすぐ様気付いた三浦が足早にこちらに駆け寄ってきた。



「この空間転移はアンタがやったのかッ!?」



「…何処の誰に雇われている?」


 三浦の怒鳴り声混じりの問いに答えずシンは単刀直入に聞いた。



「何の事だッ! それより早くここから出せ! さもなくばーー」


 三浦は怒りを露わにして右手をシンに向けて青眼にかざした。手のひらが淡い赤色の光球を発している。



「…『さもなくば』、どうする?」


 その赤い光球を、シンは目を細めて嬉しそうに見やる。それと同時に一歩ずつ三浦の方にゆっくりと近づいていく。



「ー…クッ!」


 シンが足を進めると、三浦は構えを解かず後退りしていく。



「『それ』、どうする? 打つのか?」


 笑顔を三浦に向けつつもシンは歩を止めない。



「…お望み通りにしてやるよッ!」


 三浦は奥歯を噛み締め怒りの如く【赤い光球】をシンに目掛けて放った――光球はシンに近付くにつれ巨大化してシンそのものを包むように飲み込んだ。




 ――ジュウ…ッ!




 シンの姿は、2メートル程に立ち昇る巨大な炎の渦にかき消され、何かが焼け焦げる様な不快な音が三浦の耳に聞こえた。



「…へッ、この俺に刃向かうから火傷する事になるんだぜ?」


 三浦は勝ち誇った様な笑みを浮かべる。




「ーーパイロキネシス(念力発火(ねんりょくはっか))か…。通りで怨霊共から異臭がする訳だ」


 炎の渦が収束し霧散していくその中央――シンは【何事も無かった】様に静かに佇んでいた。



「ー…何ッ?!」驚愕の声を上げる三浦。「アンタッ、『当たった』筈だろうッ?!」



「ああ」

 驚き喚き立てる三浦に、シンは事もなげに頷いた。

「確かに、当たりはしたが『相殺(そうさい)』させてもらった」

 と、シンも三浦と同じ様に右手を青眼に構えている。



「ー…クソッ!」


 恨みがましくシンを睨み腕を下ろす三浦。シンから視線を外さず間合いをとる様に数歩後退した。



「引き際がいいな。流石は『暗殺』を生業にするだけはある」


 シンもまた意外と言った表情で構えを解いた。



「…へ。人を空間に拘束しておいて挙句に『力』を相殺出来るやつに下手に歯向かうなんて真似はしねぇさ」


 三浦は、シンが構えを解いた事で少し安心し警戒を緩めた。だがそれは虚栄で本当は目の前のシンに威圧されて恐怖心が露わになっているのが見て取れた。



「ーー成程。馬鹿ではなさそうだな」


 シンは肩を軽く竦める。



「……早く始末しろ」観念した様に三浦は言う。「アンタが、俺を始末しに来た事はもう分かってる」



「まあーーそう慌てるな」


「ー…ッ」


 シンが軽く言いながら三浦にゆっくりと近づいて行くと三浦は身体を一瞬強張らせシンから遠ざかる様に再度後退をする。



「おっと」

 それに気付いたシンが軽く指を打ち鳴らすと三浦の身体が硬直し動かなくなる。

「逃げるなーー少し、交渉がしたい」



「…ッ、クソッ! 動けねぇ!」


 後退する格好のまま石の様に固まった三浦は、声だけは発する事が出来たので焦燥混じりに叫んだ。


「アンタッ、一体…ッ?!」

 自分の眼前までシンを怯えた瞳で見る三浦。

「『交渉』って……ッ?」




「ああ」シンはひとつ返事で頷いたが眉間に皺を寄せて、「五月蝿いな。少し黙っていてくれ」そう言うと同時に三浦の口を右手で押さえ込む様に塞ぐ。



「―…ッ!?」


 三浦の瞳が驚愕に見開かれる。



「黙るか?」

「……ッ」


 シンがそう聞くと、三浦は口が塞がれたまま目線を少し下に下げた。


「そうか。案外素直だな」


 口角を上げて笑うシンは、三浦の口から塞いでいた手を離した。



「……ッ! ー…ッ?!」


 三浦は目をひん剥いて口を金魚の様にパクパクとしている。上半身は動けるが下半身はその場に張り付いた様に固まっていた。


 足の動きと『声帯』を奪われて自らの首元に両手をあてがい喉を抑える三浦。

 発声練習するかのように唇を開けたり閉じたりしている格好はいかにも間抜けな金魚のようで――シンはそんな彼を顔色ひとつ変えず無表情に見ていた。



「ー…ッ、ーー!!」


 三浦は懇願する視線をシンに向けて片手で喉を抑えもう片手は、『これを解除してくれ』と言わんばかりに手動作でシンに伝えていた。



「こちらの問いに答えるなら解いてやる」

「……ッ」


 シンが端的に言えば、三浦は了解した様に何度も頷いた。




「ー…ッ、ハァッハァッ! …あんた一体何者……ウグッ?!」

「…『問いに答えろ』と言った筈だが?」


 漸く発声できると、三浦が言葉を紡いだ瞬間――シンの手が再び三浦の口を塞いだ。


「ー…ッ」三浦は怯えた表情で小さく頷き、「そうか」と、シンもまた三浦から手を離す。




「お前ーー」

 シンは三浦を品定めする様に見回し最後に三浦の目を見て視線を止める。

「俺の駒にならないか?」

 何とも可笑しそうな笑みを浮かべて三浦に問いかけた。



「……」三浦はシンを探るように見つつ眉を少しだけ動かしおうむ返しで聞きかえす。「…『駒』……?」



「お前の上の者には黙っておこう。その代わり俺の元で動いて欲しい」


 愉しげな笑みを浮かべるシン。


「どうせ始末されるなら俺の駒になった方がいいだろ?」



「何故? アンタ…どこまで知って……ゥグッ!?」


 訝しげに聞く三浦の顔は突如苦しげな表情となる。



「言っただろう。お前は『問いに答えればいい』と」


 少し呆れ混じりに眉を顰めたシンは、


「何度も同じ事を言わせるな」


 静かに。だが明らかに怒りを含んだ声色でそう言った。



「ー…ッ」


 三浦は何度目か分からないくらい首を縦に振って頷いた。


 それを一瞥したシンが、

「『イエス』か『ノー』か、それだけでいい」



「ー…ハァッ!」


 再び【声】を取り戻した三浦は詰まっていた息を吐き出すべく大きく深呼吸をしチラリとシンを見やる。


「…『ノー』だ」



「ーーほう?」


 三浦の返答に、シンは意外そうな表情を見せる。


「なら、『始末』で構わないんだな?」


 再度、三浦に念を押すように聞くシン。



「…構わない。どうせもう戻れまい……」


 半ば諦めたかのように、自身の末路を覚悟したように、三浦は少し自嘲気味に言う。



「そうか。だが」

 シンはひとつ返事で頷き次に口角を上げると、

「『楽に』死ねると思うなよ?」

 三浦の耳元まで顔を近付けると甘く囁くように言った。



「ー…どう言う…事だ…?」


 三浦が怪訝な表情を見せた瞬間――三浦の足元が突然【発火】し出した。



「ーーッ?! …あっつッ!」


 三浦は悲鳴をあげその場から逃れようとしたが、下半身はシンによって動きを封じられている為腕を使い膝まで立ち昇った【火の粉】を払おうとした。



「…『パイロキネシス(念力発火)』で人体発火させた死亡者が約178人余り…おっと、また1人此方に来た…約179……」


 シンはそんな三浦の無様な姿を一瞥し淡々と告げていく。


「『火事に見せかけた』死亡者が57……あの中小企業工場の放火による全焼の件か」


 思い出したような素振りを見せて、さも愉快そうに笑うシン。


「あとは、『火傷』の後遺症で死亡したのが38……まあ数年寿命を延ばした奴等だな」



 シンが語る中、三浦は上半身を激しく動かし纏わり付いた『炎』から逃れようとしている。



「あああ熱いッ熱い熱いぃ…! 痛い! 苦しい! 熱…ッ、グッ、ゲホゴホ……ッ! あつ……ぃ……」


 三浦はその悲鳴を最期に動かなくなり言葉を発しなくなった。彼の身体は皮膚が焼け爛れ異臭を放っている。


 ジュウゥ……



 三浦の【遺体】は嫌な音を立てながら焼け燻(くすぶ)りゴトリと倒れた。炭と化した遺体は言葉に表せない程の焼け焦げた臭いだった。



「…ハァ……」シンは面倒臭そうに溜息を吐いたのち、「お前等は本当に脆いな」眉を顰めつつまた右指を軽く弾いた。




 三浦は、目を【覚ました】。



「……お…俺は一体……?」


 自分の身に何が起きたのか理解出来ず辺りをキョロキョロとしながら三浦は立ち上がる。数歩足を踏み出そうとしたが、足は動かなかった。


 目だけは動かす事ができ、「ー…ッ!」前方にシンの姿を見つけると、

「…クソッ! これもアンタの仕業か?! 始末するんじゃ無いのか?!」


 


「相変わらず五月蝿いな」

 シンは眉を顰め呟く。ゆっくりと三浦の側まで近付き――

「言っただろ? 『楽に死ねると思うな』と」

 またもや愉しげな笑みを見せた。



「先ずは1人目」


「何?! 一体どう言う…ッ? あああ熱いッ!」


 三浦が言い詰めようとした時、再び三浦は炎の渦に巻かれた。


「熱いッ熱いぃッ!」


 炎に身体を纏わり付かせ三浦は必死の形相で叫ぶ。


「アンタ一体ッ? …あつッ、熱いあつい! 燃える! 身体が燃え……ッ!」


 言葉がそこで途絶え、三浦であった人は焦げ臭い焼死体となりまた倒れた――と、同時に三浦はまた目を開ける。


 気付いて立ち上がると案の定身体だけは動かせなかった。



「次に2人目か」


 三浦が立つのを一瞥したシンはつまらなそうに呟いた。



「……アンタ…一体……」


 三浦は訝しげにシンを見やる。


「お前が暗殺をした奴等と『同じ目』に合わせている」

 シンは三浦を見つつ口角を上げて笑う。

「延べ274人…いや、『2人』は済んだな……272人まだ残ってるぞ」



「ー…ッ! …まさか…俺の始末は……ッ? ……あっつ…ッ!?」


 愉快に笑うシンの傍で三浦は驚愕の表情を浮かべたまま焼死する。

 そしてまた【元通り】になった身体を起こしまた【焼かれる】。



「ああああ熱い熱い熱いぃーーッ!!」


 下半身は、有るか無いか分からない地面に固定され上半身だけで炎から逃れようと必死に足掻(あが)くが、炎は意に反してみるみるうちに三浦の身体中に纏わりついて皮膚を焼き、その内側までも爛れさせていく。



 ――ジュウゥ…!



 聞くにも耐えない嫌な音と共に三浦の身体は燻って生焼けの様な異臭を放つ。そしてまた、彼の身体は【再生】する。



「…た…頼む……もう…やめ……ッ、あああ熱い…ッ!」


 赦しを請う三浦の身体は間髪入れずに炎に包まれる。



「お前に『殺された』者達に、少しだけ手を貸してやった。お前に『怨み』を持つ者達ばかりだ」


 シンは焼死体となった三浦に吐き捨てる様に言った。



「ーーさて。後、どれだけ焼かれるかな?」


 再生し、恐怖に慄いて憔悴した三浦の顔を一瞥したシンはそう言い残してその姿を粒子の如く霧散させて消えた。



「…待て……ッ、俺はこんなこと…ッ、……またッ! 熱いぃーー!!」



 ――何も無い空間の中で三浦は焼死と再生を繰り返すだけの【人型玩具】と化した。










「…三浦兼続は『始末した』と上の者には言っておけ」


 とある事務所の一室。


 ソファに座っているシンは静かにそう言った。



「ー…ッ」

 シンの言葉に伊神進(いがみすすむ)の片眉が驚いた様に跳ね上がる。


「…あの方達の事はまだ何も言っていない筈……どうして…?」

 と、狐に包まれた様な表情で小さく呟いた。



「言わなくても分かってしまうみたいね」


 進の疑問に続けて答えたのは、シンの隣に座る御堂筋美琴(みどうすじみこと)。一息吐くように紅茶を一口した。




「…あの…」

 進が座るすぐ後ろに控えていた大川武雄(おおかわたけお)が遠慮がちに口を開けば、そこにいた全員が武雄に視線を寄越した。

「あ、いえ…その……」


 皆の視線を一気に集めた武雄は恐縮し俯いて口籠る。



「タケちゃんどうしたの?」

 天藤真人(てんどうまさと)が武雄を気遣うように聞けば、武雄は気を取り直し、


「…結局、『三浦』はどうなったんでしょうか?」


「そう! 僕もそれ不思議に思ってた!」

 武雄の言葉に真人は気付いたように手を打ち鳴らし、

「あの人、始末しちゃったの?」

 と、身を乗り出すようにしてシンに聞いた。



「……ハァ〜…」


 シンは心底嫌そうに重い溜息を吐く。



「…そんなこれ見よがしに溜息つかないでよ……」真人は苦笑混じりに呟いて、「分かんないから聞いてんのにさ」と、仕舞いには唇を尖らせた。




「……」

 呆れたようにシンは口中で小さく溜息を吐いて、

「…ある交渉をしたが断られたから拷問している」



「…ご…『拷問』って……」


 真人は驚きを隠せず喉を鳴らして唾を飲み込んだ。



「あの『怨霊共』に少し力を貸してやっただけだ」


「ー…ッ」


 シンの『怨霊』と言う言葉を聞いて武雄の顔が一瞬曇る。先程の体感した『怨念』を思い出したのか、そっと口元に手をあて吐き気を抑え込んでいるようだった。



 シンはそんな武雄を一瞥し続けた。



「ーー俺の深層領域(サイコフィールド)に拘束して自らの怨霊共に復讐させている」



「『深層領域(サイコフィールド)』?」


 初めて聞く単語をおうむ返しで首を傾げる真人。



『それ知ってる?』と言わんばかりに隣にいる進に目で聞くが、進もまた無言で首を横に振った。




「……ハァ…」

 シンは再び重苦しい溜息を吐き、

「…お前等は本当に面倒臭い……」


 呆れた様に足を組んだ後――



「まあいい。ゆっくりと教えてやる」


 今までの様子とは打って変わり、シンは優しく微笑んだのだった。

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