第3話 我慢の神

 彼らが信仰している神は、全能の神が一人、そして、複数の、それぞれ受け持ちを持った神々が存在した。

 この宗教を信仰しているといっても、宗教団体があるわけでもなく、教祖がいるわけでもない。

 一人の万能の神が、世界を作り、そして、その神のまわりには、それぞれ兵隊ともいえるような神が控えていて、彼らが、全能の神の命令で、信仰している人たちに対して、その効力を与えると考えられていた。

 だから、基本的な信仰思想は、神話のような形で、数冊本が残っている。しかし、それらはそれぞれに独立していて、完全なものというわけではない。

 どちらかというと、

「皆が勝手に信仰しているだけだ」

 と言ってもいいくらいで、共通性はあまり感じられない。

 これでは、宗教と果たして言えるのであろうか?

 派遣委員の人たちは、頭を傾げてしまうのだ。

 だが、個人個人ではそれぞれに、確かに信仰心を持っているようだ。別に周りに隠しているわけではないのだが、なぜか表に出てこない。それは彼らの奴隷としての、持って生まれたオーラの低さとでもいえばいいのか、彼らは無意識に、自分の存在を消しているようだ。

 これは、逆に、まわりが気にならないということも引っかかっているに違いない。

 いわゆる、

「路傍の石」

 と同じ発想であるが、

「道端に落ちている石は、目の前にあって、それをキチンと目で捉えているはずなのに、意識としては、ほとんど皆無に近いものだ」

 という考え方である。

 似たようなものとして、

「空に煌めく、星空の中に、まったく光を発しない邪悪の星が存在するという」

 というものも存在しているようだ。

 その話を思い出した時、彼らが、

「オーラを消す能力を有しているのかも知れない」

 と感じた。

 路傍の石であっても、光を発しない邪悪な星であっても、それぞれに、オーラがあるのかも知れない。sのオーラというのは、他のオーラを吸収し、自分たちがまったく目立たないようにできる能力のことである。

 それは、カメレオンの保護色のように、自分に迫ってくる脅威に対しての、防衛本能のようなものではないかと言えるのではないだろうか。

 彼ら奴隷は、そんな能力を、自分で得られたわけではない。おそらくは、遺伝子によって脈々と受けつかれてきたものであり、彼らの祖先は、奴隷だったに違いない。

 実際に調査したことはないが、調査をすれば分かることだろう。

 しかし、それを国連が行うわけにはいかない。差別につながるからだ。

 では一体、差別とはどこまでのことをいうのだろうか?

 そのことは、後述に回すとして、奴隷たちの中で、ほぼ共通して信じられている神は、

「奴隷の神」

 というものである。

 言葉からしても、どんな神なのか、まったく分からないという感じであるが、実際にも、その内容は曖昧だった。

 皆同じ神を信じているはずなのに、その信仰心は皆違っている。

「皆、自分に合わせた形で、奴隷の神を自分の中で作り上げているのかも知れない」

 と、派遣委員は感じた。

「ほぼ、当たっているんだろうが、何かが違う」

 と思ったが、その何かとは、

「自分に合わせた形を作り上げたのは、本人ではない。何か見えない力が働いて、そう感じるようになったのだ。それこそが、皆が信仰している奴隷の神と言われるものなんじゃないのかな?」

 と一人の派遣委員がいうと、

「確かに、それは私も感じます」

 と、もう一人の派遣委員も言った。

 きっと話をしてみれば、近しい発想になるのだろうが、ここの宗教の在り方は、個々に感じている感覚が正しいという発想が、そのまま宗教としての考えに繋がっているのかも知れない。

「ただ、その中で、ほとんど皆共通している神様もいくつはあった。そのうち一番最初に気づいたのは、君は何だったかい?」

 と、派遣団の団長に聞かれて、

「そうですね、気づいたというよりも、あれって感じたのがありました」

 と委員の一人がいうと、

「そうだろうな、違和感のようなものがあったということだろうな。私もそうだったんだよ。確かに、あれって感じだったんだが、一種の矛盾とでもいえばいいのか、正直、ここの奴隷と呼ばれる人たちの気持ちが分からなくなったんだよ」

 と団長は言った。

「ええ、その通りなんです、他で奴隷などという言葉を使うと、差別用語として非難されるはずなんですよね、でも、ここの人たちは自分たちが奴隷であるということを自覚していて、それを悪いことのようには思っていないんですよ」

 というと、

「そうなんだよな。過去にあった奴隷のような、権利も何もなく、生殺与奪の権利さえも、奪われているという状態だったのに、ここは、少なくとも命と、最低限の権利の保障はあるからね。それに我々国連政府が介入しているというのも、彼らにとっては、いい後ろ盾だと思っているのかも知れないな」

 と団長がいうと、

「いや、でも彼らは、我々のことを決して救いの神のようには思っていないようですよ。彼らにとっては、自分たちの土地に入ってくる人たちは、少なからずの敵に見えるんじゃないでしょうかね?」

 というと、

「それはいえるかも知れない。我々が侵略者なんじゃないかって、たまに思うことがあるくらいだよ。なんで、そこまで思われて、我々が統治してやらなきゃいけないんだってね」

 と、やれやれという感じで団長は言った。

「やつらは、自分たちが奴隷であり、奴隷であることに誇りすら覚えているような気もするんですよ。そこに違和感があった私は、少し彼らに聞いてみたんです」

「ほう、それで?」

 と、団長は興味を示した。

「やつらは、救世主が現れるのを待っているような感じでした。それは突然にやってくるもののようで、それを神だと彼らはいうんです。つまり、奴隷の神だとですね。だから、奴隷という言葉に彼らは嫌気を指していないんです。むしろ、自分たちは奴隷であり、奴隷としてのプライドを持っていれば、救世主である奴隷の神が降臨されて、我々の新しい世界を作ってくれるという感じのですね」

 という話を聞くと、

「おいおい、それこそ宗教じゃないか? だけど、それをそのまま明文化して、彼らの世界に浸透させていいのか? これは少し問題だぞ」

 と団長は言った。

「ええ、そのまま使うのは危険です。洗脳することになりますからね。ただ、今は彼らには教祖がいない。教祖になる代表者が生まれると、完全に宗教団体と化してしまうでしょうね。そうなると、いくら国連といえども、抑えるのは難しい。彼らは国と言っても、我々が統治する地域なわけなので、こちらから攻撃することもできない。しかも、相手は奴隷というベールをかぶっているので、攻撃すれば、我々が奴隷弾圧をしたとして、世界から大きな避難を浴びることは間違いないでしょう。そんなことになれば、下手をすれば、それぞれの体制に他の国家が結びついて。大規模あ戦争になってしまう。もう、そんな戦争はコリゴリじゃないですか。下手をすれば、世界の滅亡ということになりかねない。それだけは避けなければいけないと思うんですよ」

 と団員がいうと、

「それは当然のことだ。まさかとは思うが、奴隷の連中は、そこまで計算に入れて、我々を受け入れたんじゃないだろうな?」

 と団長が聞くと、

「それはないと思います。ただ、彼らは冷静で頭がいい。それだけに、したたかな部分があります。そうなると、我々だけでは手に負えなくなるでしょうね。それがやつらの狙いかも知れない。そういう意味では、彼らを怒らせないようにしないといけないと思っていますよ」

 と、団員は言った。

「なるほど、そういうことだな?」

 と言って団長は、少し考え込んでいた。

「とにかく、彼らをなるべく怒らせないようにしながら、それでいて、主導権だけはこっちで握れるようにしておかないといけないと思います」

 と団員がいうと、

「どうしてなんだ?」

 と聞かれた。

「彼らのしたたかさは、思っている以上だと思います。今のところ、こちらが、統治をしている方だから、主導権はこちらにあると思われているが、彼らを怒らせないようにしようと譲歩だけを重ねると、いつの間にか主導権を握られる結果になるのではないかと思うんです。それだけは避けなければなりません」

 と団員は言った。

「そのあたりは、団員にも、それから政府の幹部にも話をしておこう。ところで、向こうの国の、もう一方の政府の方はどうなんだ? やつらは、我々が考えているほど、奴隷たちのことを見ているのだろうか?」

 と、団長は気にしていた。

「そうですね。向こうの政府はそこまで感じていないでしょうね。今のところ奴隷たちにクーデターの様子はないし、武器、弾薬をひそかに集めているという話も聞かないので、いきなり何かが起こるということはないでしょうね」

 と、団員は言った。

「しかし、彼らはしたたかなんだろう? 諦めが悪いのであれば、いずれ時期がくれば、と思っているのかも知れないんじゃないかな?」

 と団長がいうと、

「それはそうかも知れません。確かに彼らは、したたかで、諦めが悪いでしょうね。というか、だから、彼らは自分たち自身で、奴隷という意識を強く持っているんじゃないでしょうか? それが彼らを我慢の道に導く、根幹になっていると思うんです。自分たちは奴隷であるからこそ、我慢強いんだとですね」

「ほうほう、そこに繋がってくるわけだ。それを思うと、さっきの彼らが自分たちのことを奴隷と言われても嫌な顔をしないわけが分かった気がするな」

「ええ、私もそこが不思議だったんですが、彼らがしたたかな性格などだと分かると、何か彼らの行動や考え方には、意味があるように思えたんです、それを考えると、彼らの考えが、よく分かってきました。考え方に無駄がないとでもいえばいいのでしょうか? それを思うと、こちらも、それなりに彼らのことを真剣に見ていかないと、取り残されてしまいそうになるんですよ。それが怖いですね」

 と、団員はいうのだった。

「彼らが崇める神にも、いろいろあるわけだろう? まずは、奴隷の神ということだったが、それはどういうものなんだい?」

 と聞かれた団員は、

「彼らが崇める神の種類としては、ギリシャ神話における、オリンポスの神々に近いものがあります。一人、全能の神がいて、そのまわりに、一つのことに特化する神々がおられるんですよ。ただ、ギリシャ神話のような明文化されたものはありませんから、先ほども話に出たように、彼らは独自の神を創造したりしていますが、ベースとしては、決まった神がいて、そんなに個人個人で差はありません」

「じゃあ、その家に伝わっているという神もいたりするのかな?」

 と団長に聞かれ、

「まあ、そういう考え方もありますね。つまりは、彼らの家々には、仏壇のようなものがあるんですが、偶像崇拝は禁止されているので、神様の名前を札にして、置いているんです。神様の名前は、それぞれ家で伝わっているものなので、他の家の人がもし来たとしても、その名前を見て、それが何の神様に当たるかというのは、分からないでしょうね。他の家の人が聞くことはないし、もちろん、その家の人間が、自分から話すようなこともありませんからね」

 というのだった。

「じゃあ、彼らは彼らで、同じ奴隷として、被くが違えば、仲が悪いのかな?」

 と団長がいうと、

「仲が悪いというところまではいかないと思いますが、絶対的に仲がいいというわけではないようですね。それは、自分たちが、分かっていることであり、あまり仲良くしていると、支配者国の方から、クーデターを怪しまれるということもあるでしょう。でも、実際には、絆のようなものはあって、彼らの元から持っている防衛本能のようなものが、働いていることから、表に出さない状態が続いているんです」

 と団員がいうと、

「本当に奴隷の集団というのは、我慢強いんだな?」

 と団長に言われたので、

「ええ、そうです。だから、彼らのほとんどが信じる神の中に、我慢の神というのがいるんですよ。それは、今まで先祖が迫害を受けてきても、いずれは、自分たちの国を自分たちで作るという信念があるんでしょうね。それこそが彼らの生き残る意義なんだと思います」

 と団員がいうと、

「そうだろうな、そうでもなければ、いくら我慢強いといっても、できることとできないことがあるだろうからな」

 と団長は呟くように言った。

「そうなんですよ。だから彼らは、我慢の神を創造し、崇めている。ある意味、我慢の神に、自分自身を重ねて見ているのかも知れないと、私は思っています」

 という団員に対し、

「というと、どういうことなんだい?」

 と、団長にまたしても、聞かれた。

「我慢することが、自分たちの意識だと考えていると、したたかにもなれるんですよ、彼らは、我慢こそが美徳だと思っていますからね。美徳とは、善行であって、善行は自分たちを最後には勝利に導いてくれるものだというのが、どうやら、奴隷の神の教えなのだといっていたんですよね。そのスローガンを持っているからこそ、彼らは、したたかになれるし、自分たちを押し殺すことができるので、何事も、相手に知られることなく、水面下で動くことができる。まるで忍者のような存在なのではないでしょうか?」

 と団員がいうと、

「そうか、日本国には、昔忍者がいたという。彼らは、自分たちが修行をすることで、しのびを覚え、その特技を生かして、戦国の世を生き抜いたと言われていると聞いたが、奴隷たちは、奴隷を隠れ蓑にして、その忍者の精神を受けついているのかも知れないな」

 と、団長が言った。

「日本の忍者のことを彼らが知っているのかどうかはわかりませんが、彼らの祖先は、結構、時の支配者、特に独裁者から、迫害を受けてきたという歴史を持っています。そういう意味で、彼らには他の人たちにはない忍耐力と、水面下で行動できるしたたかさが身についているんでしょうね」

 というのが、団員の分析であった。

「ところで、その奴隷の神というのだが、どんな感じになるんだ? 性格的なものというのか、そのあたりは分かっているのかい?」

 と、団長から聞かれた団員は、

「ええ、漠然としてですが分かっています。奴隷の神というのは、まずは、全能の神として、神の中の神という位置づけになっています。ギリシャ神話のゼウスのようなものですね」

 と団員がいうと、

「じゃあ、ゼウスのように嫉妬深く、女に甘い神なのかな?」

 と団長が聞くと、

「いえ、そこまではないようです。どちらかというと、慈悲深いという感じでしょうか? もっとも、慈悲深い神だからこそ、信者が我慢を強いられてもついてこれるんです。慈悲と嫉妬では、まったくニュアンスが正反対ですからね」

 と、団員は言った。

「全能の神だから、何でもできるんだろうか?」

「基本的には、そう信じられています。でも、だからと言って、すべてをしてくれるわけではなく、あくまでも、その人間を見て、できることはしてくれると信じられています。そのあたりは、神に対して、人間が敬意を表しているということであり、神も一目置いている関係だというのは、他の宗教よりも、結びつきは深い感じがしますね」

 と団員がいうと、

「まだまだ信者の数が少ないから、人間も、そんなに変なやつも少ないんだろうね。これがどんどん大規模になってくると、人間もいろいろなやつが出てきて、せっかくの信仰を遅らせることになるからね、それこそ、時代の逆行を招く、これが彼らにとって一番恐ろしいと思われているところではないかと思うんだよな」

 と団長も次第に、彼らのことが分かってきたようだ。

「そ、そうなんですよ。団長も次第に彼らのことが分かってきたようですね」

 と、団員は、少々興奮しながら言った。

 これだけ分かってくれるようになると、団員の方も話をしていて、理解してもらえていると思うと、これほど、安心なことはないだろう。

「とにかく、まずは、全能の神である、奴隷の神の正体のようなものを知ることが先決な気がするんだ。それと並行して、他の神々のことも調べる必要があると、思うんだけどな」

 と団長がいうと、

「どうして並行して何ですか? まずは全能の神をすべて知ってからの方がいいのでは?」

 と団員がいうと、

「いや、そうではないんだ。全能の神のことを知るのは大切なことであるが、どこかで知れるかというのも、問題だと思うんだ。知れば知るほど、どんどん解明されていく相手であれば、それも分かるんだけど、もし、知れば知るほど奥が深い相手であれば、すべてを知るのを待っている間に、相手がどんどん深いところに行ってしまって、いつの間にか自分たちも、引き込まれてしまい、下手をすると、信者のようになっているかも知れない。宗教というものは、そこまで考えて対応しないといけないものだと思うんだ。そうしないと、こっちの考えとは裏腹に、入信させられて、抜けられなくなるということになったりすれば、それこそ、ミイラ取りがミイラになるということわざ通りになってしまうからな」

 と、団長は言った。

「団長のおっしゃることは、さすがだと思いますね。正直、私も調査をしていて、時々、我に返って、ハッと思うこともあるんですよ。あれは、引き込まれそうになっているからなんでしょうかね?」

 と、団員がいうと、

「私は、今までにも何度か宗教団体が絡む国家を見てきた。そこで今回のような統治の問題にも何度か携わってきたので、今回のような問題も、何度も経験をしてきているので、分かる気がするんだ」

 というではないか。

「さすが、団長ですね。我々は。まだそこまで統治の経験も、宗教団体と向き合うということもほとんどなかったからですね。でも、そんな私を推薦してくれたのは、団長だと伺いましたけど?」

 と団員が聞くと、

「ああ、君は、素直な中でも、状況判断を冷静にできる人だということを分かっていたからね。それはきっと、自分の中で、状況を理解できるだけの力があるのだと思っているからなんだ。それがないと、一つの国家や無政府の地域を統治するなんてこと、できっこないからね」

 という。

 そんなに褒められるとさすがに照れるのだが、逆に、それだけのプレッシャーでもある。ここまで、いろいろ調査をしてきて、最初は団長が、

「どこまで俺たちのいうことを理解してくれるだろうか?」

 という一抹の不安があったのだが、そんな不安も、すぐに吹っ飛んでしまうような気がした。

 やはり、

「経験というものは、どんな理論にも適うものなんだろうな」

 と、感じたほどだった。

 自分にとって、この国、この宗教団体のことを、いかに知るかということは、大切なことに感じられた。

「ちなみに、この全能の神の奴隷の神様ですが、彼の奥さんが、実は我慢の神なんですよ」

 と、団員がいうと、

「ほう、我慢の神というのは、女神なのかい?」

 と言われたので、

「ええ、そうなんです。私はてっきり男だと思っていて、女神はいるとしても、それらはギリシャ神話のように、美の女神であったり、女性の権利を主張するような神なのかなと思っていたんですが、まさか我慢の神様だったなんて、本当にびっくりです。でも、いろいろと考えていくうちに、我慢の神様が、全能の神の奥さんだというのも、何となく分かった気がするんですよ。全能の神というのは、神々の象徴という意味合いもあるわけで、それだけ、余裕やニュートラルな部分も必要になってくる。そんな旦那の我慢の部分を吸い取る。あるいは、つかさどるという意味で、その立場が奥さんだというのも、実に興味深いところなんですよ」

 と団員がいうと、

「確かにそうだね。内助の功というのが奥さんだから、そういう意味ではうまくできていると思う名」

 と、団長が言った。

「奥さんが我慢の神というのは、私にとって、最初以外だったんですが、考えてみれば、家族の中で一番我慢しているというイメージがあるのが、奥さんなんですよ。やっぱり、この国の宗教における神というのも、人間の創造物ということを著しているのかも知れませんね」

 と、団員がいう。

「その通りだと思うよ。確かに自分の家族の中でも、我慢をしているのは奥さんだろうね。ただ、それらもすべて背負い込んでいるのは、夫であり、家族の長である。私なんだけどね」

 と団長がいうと、

「なるほど、私などは独身なのでよく分かりませんが、子供の目から見ても、父親と母親の関係というのは、そういうものなのだと思えてきますよね」

 という。

 団員はまだ三十歳になって、ちょっとくらいだった。

「派遣委員の一員としては、少し早いかな?」

 と言われてはいたが、それを強く推薦したのが、団長だった。

「これからは、若い人たちの目も大切にしていかないと、世代交代ができなくなってしまう。どこかでしなければいけないのであれば、自分たちから積極的にすることが重要になってくるのではないか?」

 と言って、団長は、押し切ったのだ。

 団員は、世代交代ということでなくとも、

「彼は非常な真面目な性格で、言われたことは必ず、実行する。しかし、実際には、奇抜なことをいきなり言い出すこともあり、予測のつかないところがある。それが彼のいいところでもあるので、その積極性を私は買ったんだ。今はまだ誰も注目していないが、そのうちに、彼がほしいといって、争奪戦になることは必至だ。だから、今のうちに彼をこちらに引き寄せておくことが大切なんじゃないかな?」

 と、いうのだった。

 なるほど、彼の今回の発言も奇抜には見えるが、実際にはしっかりとした調査に基づいたもので、それだけに自分たちがいかに凝り固まった考え方をしているのかを、思い知らされる幹部もいたことだろう。

 しかし、そんなことに気づく人は、ほとんどおらず、そのあたりが団長としても、気が重いところであった。

 大の大人に、

「若い者を見習え」

 というと、

「時代遅れだ」

 と言われるかも知れない、

 そういう意味で、若い連中の気持ちがわかるということは、ベテラン連中をいかに扱えばいいのかということのジレンマに陥ってしまうということになるであろう。

 彼は、

「我慢の神」

 について仕入れてきた情報を話してくれた。

「我慢の神というのは、最初から存在していたわけではないというような話を少し聞きました。元々、奴隷の神様というのは、独身だったそうなんです。でも、奴隷というのも、子孫を残さないといけないということで、急遽、奥さんが必要になったらしいんですよ。そこで、本来ならいなかったはずの奥さんを作るのだから、どんなのがいいかということになった時、望んでもいない嫁を登場させるのだから、当然、いいイメージではない。そして、奥さんというのは、旦那のわがままを我慢するというところは、奴隷の世界にもあるようで、そのために、奥さんは、我慢の神と言われるようになったらしいんです。だから、本来の我慢という意味とは少し違っているのでしょうが、どうせ都合で作る神だということで、全般的な我慢をする神というイメージで作られたんだそうです」

 と言った。

「じゃあ、我慢の神というのは、人間が後から強引に作ったものなんだね? でも、ここでいう我慢というのは、奴隷から見た我慢なのだろうか? それとも奴隷に我慢をさせるという意味からきているのだろうか?」

 と、団長は言った。

「これは、どちらかというと、一般国の方から出た話のようですね。だから、奴隷たちの間では、最初、反対意見があったそうなのですが、なぜかというと、自分たちが我慢をさせているということを奴隷たちに意識させてしまうと、クーデターを起こされる危険性があるからです。それを危険視した支配階級の政府は、すぐには、押し付けるようなことはしませんでした」

「じゃあ、奴隷たちの方から、受け入れる形だったのかな?」

「ええ、その通りのようですよ。奴隷というものをいかにうまく使うかということが、彼らの奴隷を見る目の一番ですから、クーデターなど、本末転倒もいいところ、ロボット開発における。フランケンシュタイン症候群のようなものですよ」

 と、団員は言った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る