THE・突発的嫁姑決戦

「蓮。母よ。構いなさい……あら」


それはとある休日。私がリビングで一人、意外と少なくない彼の好き嫌いを無くすための知恵を絞り出していた時のこと。

何の遠慮もなく、そして脈絡もなくずかずかと二人の愛の巣に入り込んできたのは、子供二人産んだとは思えぬ、未だ若々しい見た目の彼のお母さん。つまりは私の大切な


「こんにちは、お義母様」

「はいこんにちは。…凪沙だけ?蓮は?可愛い我が子は?」

「もう一人の愛しい子と自主勉強ですよ、学校で」


あの日以降、彼とのわだかまりを解消してからというもの、彼女は今までの積もりに積もった鬱憤を晴らすかの様に、時たま親子の絆を深めようとする時があった。今日の様に突然。

ただ、私が彼の膝の上に跨ってイチャイチャちゅっちゅしていた時に突如来襲し、『この子借りるから』とか言って反論する間もなく彼を拉致していった時は一体どうしてくれようかと。お陰で結局その後、私は火照る身体を一人で慰め……おっほん何でもございません。


そう、つまりはその尽くが予測不可能・回避困難な突発的なイベントなだけあって彼も中々に苦労しているようだ。でも決して嫌がってなどいない。私から見ても分かる、それくらい。

因みに『問題児が増えた…』とは疲れた顔をして帰ってきた彼がよく口にする弁であるが、そっちは私にはいまいちよく分からない。皆さんは分かりますか?分かりませんよね?そうですか。ですよね。分かる。


「む……」


とはいえ、理由が正当なものであるのなら、彼女とて我儘を言うはずもなく。…ん?それ即ち、私のイチャイチャは不当ということ?だとしたらイチャもんつけるけど、凪沙。


「なら凪沙でいいわ。可愛い我が未来の娘」

「あらあら」

「仕事お仕事また仕事でいい加減うんざりなの。残った分はあの人に押し付けてきたからこの義母に構いなさいな」

「(お義父様……)」


書類の山に埋もれ、それでも笑顔で『いいよいいよ』とか言っていそうな、家族に弱いあの人の姿がいとも容易く想像できてしまう。気持ちをリフレッシュすることは確かに大切だけれど、流石にそれはどうかと思う。あまりに可哀想ではないか。

例え、憧れ敬愛する方といえど、時には心を鬼にして向き合わねばならない時がある。私は佇まいを正してすぐ隣に座る彼女と向かい合うと、彼の嫁(暫定)として義母(予定)に物申す為に、身体を奮い立たせて口を開く。


「…お義母様。流石に一社会人としてそれは「私に構ってくれないなら、蓮、連れて帰っちゃおうかしら」何でもします遊びまくりましょうお義母様今日の凪沙パリピな気分いえーい」


まあ、父親なんてそんなものよね。うちのお父さんだって図体の割にお母さんに弱いし。嫁と子、時には母との板挟みにあい何時だって苦労するのが父親というものだ。ここは涙をぐっと呑んで堪えてもらいましょうそうしましょう。


「んふ。ゲームしましょうゲーム」

「いえー」


最近ご無沙汰な彼のゲーム機を引っ張り出し、どこかウキウキとした様子で電源を入れるお義母様。意外にも、というのか彼女はゲームが好きである。ジャンルを問わず何でも楽しむ。テンションは低いけれど。

重ねて因みに、以前理由を問うたところ『糞の肥溜めみたいな家で育ったからその反動でしょうね』と、笑っていいのか分からない実に反応に困る答えを返された。以来、これに関して私は余計な事は口にしないことにしている。


「これ買ったの。新作」


得意げな微笑みで彼女が掲げるそれは、成程確かに何処ぞの広告で目にした様な家族で楽しむジャンルの類。きっと家ではすーちゃんも引きずり込ん…混ざって母娘仲良く遊んでいるのだろう。その割にすーちゃんは弱いがそこも可愛い。


「わーい凪沙楽しみ」


そしてこれからはそこに私も入れてくれるのだろう。彼女が家族をどれだけ大切に想っているか、そんなこと嫌という程知っている。その愛を私にも分け与えてもらえると思うと、嬉しいやら恥ずかしいやらの気持ちで胸がいっぱいだ。まあ、元々胸は大きいですけど。なんて。


「あら?そんな悠長にしていていいの?」

「え?」


そんな事を呑気に考えていたら、いつの間にやらこちらを見つめていた彼女から投げかけられる、何やら不穏な言葉。

彼女の唇が大層楽しそうに歪むのは、私が一体何のことかと問いかけるよりも先だった。


「藤堂の嫁として、私の義娘として、ゲーム弱いとか許さないけど」

「………」

「残念ながらうちの子達は腕に恵まれなかったけど」

「……………」

「………凪沙は、義母を、がっかりさせたり、しないわよね?」

「…………………………」

「ね?」


何とも挑発的なその台詞に、温かな気持ちは遥か彼方へと吹っ飛んだ。…いいだろう。常いかなる時も冷静沈着・余裕綽々、兄妹を手玉にとるお姉さんの華麗な妙技、とくと味わってもらおうではないか。

額に一筋流れた冷たい汗を拭うと、私は決戦の場へと赴いた。


負けられない戦いが、ここにある。












「ただいまー」


来たる試験に向けて兄妹仲良く勉学に打ち込み、今日一日中何やら嬉しそうだった何とも愛らしい妹と共に、愛しい彼女の待つ家へと帰還する。

この後は凪沙も加えて、三人で仲良く夕飯と洒落込む予定である。彼女には伝え忘れていたが、相手がすーちゃんとくれば何一つ文句などあろうはずがあるまい。何なら今日のご飯は豪華確定である。俺も好き嫌い気にせず安心して食べられるというもの。…別に残しはしないし、決して下心があって妹を連れてきた訳ではないので誤解無きように。


「あら?…兄様、母様が来ているみたいですよ」

「え?あ、本当だ」


靴を脱いで先に玄関へと足を踏み入れれば、後ろからすーちゃんがそんなことを言ってきた。何とも適当極まりない様子で雑に揃えただけの足元を見れば、確かに彼女のお洒落な靴に寄り添う様に、大人っぽいハイヒールが綺麗に揃えられている。


はてさて、今日は一体全体何の用か。

頼むからこないだの様にいきなり拉致して、値段を聞くのが恐ろしい店をハシゴして人を着せ替え人形にしたり、吐きそうになるほど食べ歩きやらをさせないでほしいものだけど。毎度毎度、心労が絶えないものだがそれでも文句一つ言わないのは、母が本当に嬉しそうに笑うから。


「ふふ。今日は四人で夕飯でしょうか?」

「父さん泣きそう」

「…そこはまぁ…おかず、持って帰りましょうか?」

「はは…」


あの二人だけを残した空間というものにあまり馴染みは無いが、たまに変な所はあるものの常に冷静沈着・息子の自分が言うのもあれだがクールビューティーな母と、たまに変な所はあるものの基本は大人で面倒見の良いお姉さんな凪沙。きっとこの奥では、愛しの母と愛しの彼女が大変仲睦まじい様子で背景に花が舞い散るようなティータイムとでも洒落込んでいるのだろう。

そんな薔薇色空間にすーちゃんだけならともかく、俺が入り込むなど皆々様にとっては解釈違い極まりないだろうが、そこはまぁ家族としてノーカンにしてほしい。


「「ただいま…」」


そして俺とは違い丁寧に靴を揃えて、楚々と上がり込んだ妹と共に二人仲良く部屋の扉を開ければそこには――











「あっ!!ちょっとっ!?お義母様それ卑怯じゃないですか!!??横取りでしょう、今の!わざとでしょう、しかも!!何度目!?これで!!」

「自分がとろいからって人に責任転嫁するの良くないんじゃない?はぁ可愛くない。藤堂家お嫁さんポイントマイナス1」

「は!?はぁー!!そういうこと言うんだ!そういうことするんですね!!じゃあいいですよ!私も選びませんもんっ手段!!捨てますもん!!プライド!!」

「あらまだそんなもの残ってたの??……けどその割には……ぷすすー」

「かっちーん!!!!凪沙キレた!何だぁてめえ!!!!」

「あらあらキャラまでブレちゃって情けない。相変わらずお子ちゃまなんだから凪沙ちゃん」

「むっかぁ!!!絶対泣かす!!」

「闘争心は買うわプラス1。精々足掻きなさい小娘」











「「……………………………………………………」」


ぱたん。


「買い物行こうか。俺達は何も見なかった。いいね?翠」

「勿論です兄様」

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