例えばこんな雨の日に
「『おらこんな村嫌だ』がアニメ化したんですけど凪――」
――部屋の窓から眼下に広がる町並みを眺めれば、閑静な住宅街のあちらこちらに見受けられる白と薄桃に色づいた桜の花。それは四季の彩りを、移り変わりを私に感じさせてくれる。
『あれ?凪沙??』
ついこの間まで冷たい風の吹きすさぶ町角を元気に走り回っていた、私の腰にも満たないのではないかという小さな子供の背中では、色とりどりのランドセルがその存在を大きく主張し、雪の降る町を脚をさらけ出して闊歩していたやんちゃな少年少女達が、真新しい制服に身を包み、また一つ大人びた顔つきで堂々と前を向いて歩く。
春。それは物語の終わりと始まりを同時に告げる、時代の暁光。
もしもーし
もしも時間を巻き戻せるのなら、私は愛しの彼をここまで歪めてくれやがった元凶を、微塵の容赦も無く、一切の慈悲も無く、思いっっっきり顔面を張り倒したい。
凪s
いや、張り倒すだけじゃ全く足りない。フルボッコ。マウントとってボッコボコのボコにしたい。する。真鶴流・零距離寸勁を叩き込んでもまだ足りないだろう。いやほんと。あ、もう駄目。無理。考えるだけでどうにかなっちゃいそう。憤怒で。
あの…
という訳で、今回の話はそう言うの無し。ホラーのホの字も出ない、血生臭さなんて欠片も無い、ゆるふわなお話にしましょう。何か雑音が聞こえるけど気にしない。
ここまでの500文字くらい全部無し。ぜーんぶ無駄。はい決定。
ちょ……
はーい、始まり始まり。
■
「予想外だったわね………」
「…はい…」
春驟雨。学園帰りに義姉妹仲良くショッピングと洒落込んでいた私達の帰り道、天から突如降り注いだそれに散々打たれながらも、私達は何とか自宅、蓮と私の家へと這々の体でたどり着いていた。
玄関をちらりと見渡したけれど、彼の靴は無い。どうやらまだ帰っていないようだ。私達同様、この雨に降られたりせずに何処かで雨宿り出来ていたら良いのだけれど。体調を崩しやすい彼をついつい心配してしまう自分に心の中で苦笑。そんなこと言いながら看病出来たら嬉しいくせに。
「大丈夫?すーちゃん……」
存分に水を吸って重くなった靴をやっとのことで脱ぎ捨て後ろを振り向けば、丁度彼女がブレザーを脱いだところだった。当然、その下の汚れの無い白いシャツもびしょ濡れであり、肌に張り付いたシャツは、子供から大人へと移り変わろうとする彼女のそのあどけない肢体のライン、そして微かにその下の可愛らしい下着までをも存分に……
………。
「ああ…下着まで……姉様は大丈夫ですか?」
「だいじょうぶじゃない」
「え!?……す、直ぐにお風呂沸かしましょうっそして一緒に入ってしまいましょう!」
「そうね。そうしましょう。是 非」
皆々様には誤解しないでいただきたいが別に変な気は無い。天地神明に誓って。
けれど何故だろうか。冷えてしまったはずなのに、心做しか妙に胸の奥が温かい。おかげさまで私は湯を沸かすすーちゃんの華奢な背中を眺めながら、早く沸かないかな沸かないかな、と身体を揺らして謎にそわそわする羽目になってしまうのだった。
■
「「ふぅ〜〜〜……」」
数分後、十分に湯がはるのを待つまでもなく耐えきれずに湯船の中に飛び込んだ私達は、二人向かい合ってお腹辺りまでのお風呂に浸かっていた。立派なお部屋だけあって、彼の家のお風呂は私達が二人入ってもまだ少し余裕がある。くっつき合うのも好きだけど、脚を伸ばせるというのもまた魅力的だ。
「や、やはり同性といえど照れますね………」
「うん」
そう言って照れくさすーちゃん可愛いそうに笑う彼女の姿は、姉の贔屓目かここ数ヶ月の間にぐんと大人っぽくなっすーちゃんが可愛いた様に感じられ、微笑ましいと思うと同時にその成長に一抹の寂し今日も私の義妹が可愛いさが胸の中に去来するのではないかとごめんやっぱ去来しない。きょらない。きゃわいい。
そんな彼女は、いつの間にか一点を見つめて停止していた。
「どうしたの?すーちゃん」
「………浮いてる………」
「え?」
「あう!?何でも!!ございませんですはい!!」
ばしゃんばっしゃん。大きく手を動かしたせいで溜まったお湯があちらこちらに飛び散って、思わず目を閉じ身体を仰け反らせる私達。
「「ふっ」」
再び顔を合わせた時、お互いのあまりのへんてこさについおかしくなって、示し合わせるでもなく揃って吹き出してしまう。
「ふふ、ご、ごめんなさい…」
「………ふふ」
その楽しそうな笑顔に、出会った頃の様な私に対する恐れは無い。年相応に何のてらいも無い。これが藤堂翠なのだ――
――身体の芯まで温まり、ついでに背中を流し合って、その間に何が起きていたかはちょっと全年齢では言えないので割愛しよう。まぁ一つ言えるとしたら、最高でした。まる。という訳で、私達は再び湯船の中にいた。先程までとは違い十分に溜まったお湯が、私達の緊張も疲れも何もかも解してくれる。
「…昔はね」
「はい?」
きっとそのせいだろう。私がそんなことを口走ってしまったのも。
「すーちゃんは私のことが嫌いだと思っていたの」
大好きな兄を横から掠め取った泥棒猫。周囲を見下すかのような子供らしからぬ凍てついた目。誠に可愛くない。我ながら好かれる理由が存在しない。
「そんなこと」
「うん。分かってる。私がそう思い込んでいただけ」
色々と心の中に整理がついた今になって思い出す。兄の背中に隠れていたけれど、彼女は決して私から距離を取ることは無かった。
蓮が勉強していた時、外で走り回る時、いつも傍らにこの子はいた。
けれど兄はやはり男の子。体力的に幼い少女ではどうしてもついていけない領域がある。
そんな時、彼女はどうしていたのか。
『……ぁの、お姉、ちゃん』
『何』
『…、ごほん、……よんで』
『…は?…私が?』
『……………』
『……………』
『ぁう……』
『…………まぁ、いいけど…』
『!』
感情表現があまり豊かではなかったかもしれない。怖がってもいたのかもしれない。けれども確かに、私の横で彼女は笑っていたのだ。嫌われてなんていなかった。
そんなことにすら気付けない己が、ただただ恥ずかしかった。それこそこうして肌を晒すことより。
「……………」
気づけば無意識に、私は彼女の濡れた頭を撫でていた。
頬に張り付いた髪をそっと除ければ、昔と変わらぬ優しい目がこちらをキョトンと見つめている。
私は大仰な動作で顔にお湯をかけると、彼女に背を向け立ち上がった。
「姉様?」
「…ううん。何でもない。…そろそろ上がりましょうか」
きっとこの目の奥の熱さは、お湯のせいではないのだろう。
■
「しまった」
お気に入りの黒い下着を穿いて漸く気づく。温もりを求めるあまり、すーちゃんの分の下着を持ってくるのを忘れてしまった。これは緊急事態。
「あの、私は別に…」
「駄目よ。冷えるでしょう」
「…そうですか……?」
すぐにでも持ってこなくてはならない。私ので良いだろうか。取り敢えず紐かな。えぐい角度の奴とかあったかな。すっけすけの奴とか。
すーちゃんのセクシーダイナマイツで頭を一杯にした私は、下着一枚穿いただけの、タオルを首にかけた状態で素早く部屋に戻ると箪笥を漁る。
白、黒……青……うん、白ね。白で……紐で……えぐくて……透けてて……。
「いやいや」
想像を散らす様に頭をぶんぶん強く振る。駄目でしょ。自重しないと次こそ本当に嫌われてしまう。すーちゃんに嫌われたら必然、蓮にも嫌われる。あの二人に嫌われたら私は生きていけない。
断腸の思いで私は手の中のえぐくて透けた白い紐の下着を元に戻すと、シンプルな白い下着を取り出した。後ろ髪を引かれる思いで何度も後ろを振り返りながら、廊下へと出る。
「へ」
「ん?」
直ぐ横の玄関で、濡れた衣服を脱いでいる蓮がいた。
…あまりに夢中になりすぎて気づかなかったのか。
「「………………………………………」」
蓮が服を引っ掛けた中途半端な姿勢で完全に停止している。
何事かと思い一歩近づいたところで、漸く私は己の姿を思い出す。
首にタオルをかけただけの、パンツ一丁の女。
申し訳程度に隠すところを隠しているだけの、パンツ一丁の、痴女。
「き」
「っ!!」
悲鳴が上がる。上がろうとする。私じゃなくて蓮の。
その気配を瞬時に察知した私は素早く彼との距離を詰めるとその口を塞ぐ。
いや、塞ごうとして。
「「あ」」
不安定なまま固まった蓮では当然、私の身体を受け止めることままならず、私達は大きな音を立ててその場にもつれ合いながら倒れ込んでしまう。その一瞬でも、私を守ろうと下敷きになった蓮の身体は、キュンとする私の胸とは正反対に冷え切っており。
「つっ………ご、ごめんなさい蓮。大丈夫……?」
「…………………………」
「蓮?」
何故か返事もせずに一点を見つめたまま硬直する彼を不思議に思い、まさか頭を強く打ってやいないかと、蓮の頬に手を添え、顔を近づける。
と。
「ん?」
すぐ横に落ちた見覚えのある白いタオルが目についた。
「……………」
「……………」
「……………………」
「……………………」
油の切れた機械の様に覚束ない速さで、ゆっくりと下を見る。
私は彼のお腹の上に乗ったまま、前のめりになって顔を近づけていた。
つまり、その、私の、何一つ隠れてない、その、……ね?眼前に、ね。
こ、これはお見苦しいものを、…な、なんて?
「姉様、一体何ご………」
外から聞こえた騒音を何事かと思ったのだろう。
風呂場の扉から顔だけを覗かせたすーちゃんが、私達二人を見る。見てしまう。
「…………………………Oh……」
「……………」
「……………」
下一枚・上素っ裸で蓮の腰の上に跨る私の姿を。
「………ふ」
「「ふ?」」
「ふじゅんいせいこうゆうウゔぅぅ!!!」
そう力の限り叫ぶと、すーちゃんはけたたましい音を立ててまた風呂場へと引っ込んでしまった。私達が言い訳する間もなく。
ただ頼りなくその場にぽつんと残されたのは、愛妹にあれなところを見られたショックで放心した蓮と
「「……………」」
いたいけな少女の性癖を歪めてしまった九分九厘全裸のお姉さん。
「………」
「………」
「…不純、なの?」
「いいから早くどいて…………」
「…見てるのに、散々」
「………心の準備が出来てるか出来てないかで天と地の差があるんです……」
「……もしかして割といっぱいいっぱいだったりする?今まで」
「……………………………どいて………………………………」
「………か」
可愛い。好き。
耳まで真っ赤に染まった顔を両掌を使って必死に隠す彼を見下ろしながら、私は肩を震わせると、この愛しい兄妹に乾いた笑いを漏らすのだった。
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