魔法少女ナギナギ

「何しているの?蓮」


ある時来る時来たる時。

炬燵でぬくぬくしながら、机の上に幾つも本を広げていた俺の姿を何事かと思ったのか、凪沙が後ろから首に手を回して覆い被さって来る。耳にかかる吐息が何ともこそばゆい。というか、何の気配も無かったから心臓口から飛び出たかと思ったけど、鋼の精神で抑え込んだ。


「…バイト先、というか月城先輩に子供達への読み聞かせとかしてみない?って言われまして」


特に隠すつもりも必要も無いので俺は素直に理由を口にする。何て素直なんでしょう。普段からそれだけ素直になれたらいいのにね。うるせぇ。


「あら、いいじゃない」


俺が積極的に外と交流することが嬉しいのか、凪沙の今の顔は恋人というよりかはお姉さんとしての部分を大きく覗かせており、くすぐったいやら何やらで、思わず俺は本をやや乱暴にめくるフリでその場を咄嗟に誤魔化してしまうのだ。素直さ?ああ、あいつはもう死んだよ。


「手伝ってあげましょうか。お姉さんが」


こう見えて意外と子供好きなのか、そわそわと面白そうに身体を揺らす凪沙。密着してそんなことをするものだから、何がとは言わないけれど背中に押し付けられて。

特に理由は無いけど何も言わず僕は姿勢を正しました。


「………」


けれど、そんな彼女に俺は残酷な答えを返さなくてはならない。

心を鬼にして、ゆっくりと首を振る。


「凪沙は…いいです」

「!?っな、なんで…?」

「何か向いてなさそうなので」

「何か……!?」


男の子向けと女の子向け。先輩がいくつか厳選した絵本を確認してみたが、こう言っては何だが、内容は何と言うか、大分きゃっきゃしてるというか、きゃぴるんしているというか。

正直、この人が子供のレベルに合わせられる絵面が想像出来ないのだ。寧ろ子供達を己のレベルまで無理矢理引きずり上げそうで色々と怖い。


そして、そう言えばの話なのだが、俺は最近になって蓋をしていた記憶を一つ思い出した。

この人、昔文章にすることを憚るくらいのえぐい怖い話してきた。まだ小さい俺に向かって。もし本番でそんな話子供にされたら親御さんからの苦情待ったなしですやん。


「それに凪沙、子供向けの笑顔とか出来なさそうですし」


だから取り敢えずそれっぽい理由をでっち上げてやんわりと。

まぁ、正直俺も人のことは言えないけれど。それでも翠がいる分、幼子の扱いに関してはこちらに一日の長がある。


「…失礼ね。出来るわよ…営業スマイルくらい…」

「営業て」


無垢な子供と触れ合うことを営業と言ってしまうのは如何なものでしょうか。子供は聡い。我々にはもう見えなくなってしまったものが見えているかもしれないのだ。この人の闇の部分とか。俺の陰の部分とか。いや俺は醸し出てるから丸わかりか。


「…子供は可愛いのに君は可愛くない…」

「子供じゃないですからね」


凪沙は未だ納得出来ない様な顔でぷんすこと頬を可愛らしく膨らませてしまっている。

…いや、でも、そうだな。最近はこうやって年相応な部分もよく覗かせるようになったし、こういう部分を押し出していけば案外、子供達にも人気出るのかもしれない。


そんなことを思っていたら、どっかのヒゲの弟みたいにいじけていた凪沙がぽつりと。


「己を偽ることにかけて私の右に出る者はいないのに…」

「悲しくなること言わんといて」


どう返すのが正解なのか分からないよ。もしまた同じことが起きたら勿論助けに行くけど、絶対掬い上げられるのかどうかは自信無いからね?やめてよ本当。


「君をマインドコントロールした実績だってあるのに…」

「台詞が悪役なんだよなぁ」


うんやっぱ駄目だわ。いたいけな子供に近づけていい人間じゃない。


「……蓮」

「そんな目で見ても駄目」

「…………」


…寂しがり屋の彼女は、それ故、人が集まる場を好む。祭り然り大会然り。盛り上がる場であればその熱狂が細かい部分を吹き飛ばしてしまうかもしれないけれど、でも読み聞かせだからなぁ…。子供と対等に接する場だからなぁ。


「…………れん」

「…………」


だからそんな目で見られても…見られても……。


「…分かった分かりました」

「!」


なんと惰弱。それは惚れた弱みかそれとも。流石にこれだけ粘られては、その本気度が分からない俺ではない。それに彼女が優しいことも誰より知っている。ならばそれに期待すると、いや、信じるとしよう。彼女の弟として、…恋人として。


「では凪沙。一つテストしましょう」


そうと決まれば、確かめるべきことがある。


「……テスト?」

「テスト」


先輩が厳選した絵本。その中にはまぁ、女の子向けのキラキラした本もある。

そんな本に描かれた、ちょっと素で読むことは遠慮したい台詞を、本番では何事もなく読み進めなければならないのだ。

果たして彼女にそれが出来るかどうか。羞恥を乗り越えられるかどうか。

…俺?…俺は大丈夫。月城先輩ああ見えて人にもの教える時はスパルタだから。とうに心は作り替えられたよ。


「俺が今から読む台詞。それを子供達に聞かせる様に読み上げてください」

「…試される側になるなんて新鮮ね。…よく分からないけれど、分かったわ。楽勝よ。その程度」

「そうですか。では――」


スイッチオン。モード・御仏。






「――『魔法少女ナギナギっ、星々に代わって貴方のハートにラブずっきゅん♡』」

「『まほっ……ま゙、ほ……ぇ?」






「『魔法少女ナギナギっ、星々に代わって貴方のハートにラブずっきゅん♡』」

「あ、………え…??」

「どうしました?」

「ぇ…?あの…いや…」

「『魔法少女ナギナギっ、星々に代わって貴方のハートにラブずっきゅん♡』」

「逆に君何で?」

「………」


何でも何も。死んだからね。心。


「『魔法少女ナギナギっ、星々に代わって貴方のハートにラブずっきゅん♡』」

「怖い怖い怖い」




「無理なんですか?」

「で、…出来る、し?」

「へーじゃあどうぞ」

「ま、まま、まっま……ほー……」

「…………」

「ほ、ほっほー」

「……大変残念ですが、今回は縁が無かったということで……」

「くっ……!」


読み聞かせにフクロウはいらないからね。仕方ないね。

息吹き返しました心。


「………ふぅー………っ」


その時だった。


「―――っ!?」


部屋の空気が変わった。彼女の中で何かが切れた。覚醒したのだ。そう、それはセ◯ゲームの時の某野菜人の息子さんの様に。

表情がまるで違う。感情に乱れ一つ無い、どこまでも穏やかなその瞳はまさに凪。今までとは確実に何かが違う。そう確信させてくれる微笑みだった。


そして彼女はゆっくりと立ち上がる。どこから取り出したのかロロの毛玉用のコロコロをステッキの様に手に持って、瞳を閉じて深呼吸。


もう一度瞳を開いた時、そこに宿るのは、強い『決意』。


まさか。まさかこれは……!!






「『魔法少女ナギナギっ、星々に代わって貴方のハートにラブずっきゅん♡』!!!」






何ということでしょう。コロコロを掌で華麗に振り回し腰をくいっと、びしっとポーズとウインクまで決めて。幻聴だろうか、いや確かに、すごいきゃぴった効果音が俺の耳に。それどころか何かピカピカした背景まで。


…か、完璧だ。彼女は今、魔法少女となったのだ。超新星魔法少女爆誕。


…………。


……………。


「……………ふふ「殺しなさい」」


引退した。


「いや素晴らしい!こんぐらっちゅ何とか!!よっ!魔法少女ナギナギ!」

「殺して」


これなら月城先輩も文句無いだろう。

でも、その日曜の朝に似つかわしくないとんでもない殺気はお願いだから子供達の前では出さないでね。いたいけな幼心にトラウマ植え付ける訳にいかないから。


「……で、でも、これで私も参加していいのよね……!」

「ろんもち」


本をまとめ上げると俺は意気揚々と立ち上がる。この勇気ある英雄を一刻も早く我らが隊長に紹介しなければならない。

恐らく、いや間違いなく彼女も笑顔で受け入れてくれるだろう。こんなことしなくても受け入れるだろって?うん。だろうね。


「行きましょう凪沙」

「………ぅん……」


しかし応える彼女の声に覇気は無い。やれやれ。練習で全てを出し切ってどうするんだか。本番はこんなものではない。純真ないくつもの瞳に貫かれながら舞台を演じ切らなければならないのだ。

なのに緊張を表に出すことすら許されない。それはまさに孤独な戦い。


そんな大舞台に彼女は足を踏み入れようとする。

きっとそれも、これまでの自分から変わっていこうという、彼女の一つの決意。

なら俺はそれを隣で応援するまで。先程言ったように、彼女の恋人として。


これからも共に頑張りましょうね。凪沙。










 

「まぁ本番でこんな台詞ある訳無いんですが」

「殺すわ」

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