私そんな君だから

「『おらこんな村嫌だ』の新作公開されましたよ凪沙!」

「……成程。今回は私がツッコミ役なのね……」

「凪沙?」

「何でもない……はぁ……」


嗚呼、跳ねる鼓動が落ち着かない。今日は何て素晴らしい日なんだろう。こんなにも早く新作が公開されるだなんて。

これはもう行くしかないよねっ。れっつらごー。珍しく自分から進んでウキウキと外へ出かける支度をする俺の姿を、凪沙は眉間にしわを寄せて何故か物凄く複雑そうに見つめている。


「…作品制作スピード早すぎない?狂人なの?スタッフ」

「こんな素晴らしい映画を作れる人達が!狂人な訳!!ないだろう!!!!!」

「…え、はぃ………………………ごめん、なさい……」


何て心無い台詞を吐くのだろう、全く。言っていいことと悪いことがある。

もしまた、そんな馬鹿なこと言ったら明日からこの小説のタイトル『おらこんな高嶺の花嫌だ』だからね。小説って何だ。


「…お、怒られた……。初めて怒られたのがこれって………これってぇ………」


俺に怒鳴られた凪沙は俯いて指をつんつんしながら何やらいじいじしてしまっている。…少し言いすぎてしまったかな。いや、決してそんなことは無いはずだ。だってあのよしい、じゃない幾吉三だぜ?ホラー最高。もうね、ホラーが無いとね?手が震えるんですよ。


「ん゙ん゙、ゔんっごほん」


そして、メンタルが強そうでいて弱い、けれど最近はやっぱり強い方な凪沙は、頬を叩いて己を奮い立たせると、次の瞬間にはかつてのマドンナとしての顔を取り戻す。


「ふう。……で?主人公確か自爆したはずだけど、FINALはどう話を展開していくというの?」

「(FINAL??)」


何故だろう。作品が勝手に終わらされそうになっている。

俺は相棒みたいに年末年始の定番にならないのがおかしいと思っているくらいなのに。

紅白歌合戦とおら村ならどっち見るかって話ですよ。GA◯KTの隣に相応しいのは誰かって話ですよ。想像してください。彼の隣に吉三がいる映像を。最高ですね。一流待ったなし。何で毎日ホラー観れないの?おらこんな世界嫌だ。


「…そうですね…」


凪沙だって今回のタイトルを聞けばあっという間に彼の虜となることだろう。


「今回は『おらこんな村嫌だユニバース』です」

「…………………………………………………………………………………………は?」


何故だろう。俺の言葉を聞いた瞬間、具体的には『ユニバース』の『バー』の辺りから凪沙がそれはそれは呆けた顔になる。冷静キャラをかなぐり捨てて、眉間を押さえて何やらまたまた唸り始めてしまった。


「数多の世界から吉三が集結します。昨今流行りのマルチバースですね」

「待って」

「はい」

「…あれ、何人もいるの?」

「あれじゃなくて吉三ですが、はい」

「ホラーよね?」

「はい」


俺の迷いの無い真っ直ぐな肯定に、凪沙はそれ以上何かを言うこと無く、黙って天井を仰いでしまう。

素人は黙っとれとでも言いたげに。俺は素人じゃないから黙らないけどね。後、二時間は語れるよ。それでも触りだけだけど。


「頭が痛い」

「よしきたっそういう時は映画ですねっ」

「……厄日だわ……誰よこの子こんな風にしたの……説教したい……正座させて…」







そして俺達は映画館へとやってきていた。

どりどりのポスターが貼られているが俺の目には一つしか映らない。マズい早く席取らなきゃガラガラになっちゃうよ。あれ?おかしいなまだガラガラだ。そうか、皆、公開されたその瞬間に観たってことなのか。くっそう俺もまだまだ修行不足だぜ。学校なんて行っている場合じゃなかった。


「あの…私こっちの映画の方がいい、です…」


意気揚々とチケットを買いに行こうとすれば、何故か俺から少し距離をとって、まるで赤の他人を振る舞う様にパンフレットを物珍しそうに眺めていた凪沙が、いつの間にか後ろに立って俺の袖を遠慮した様子で引っ張ってくる。


彼女が指し示す先には、愛らしいキャラクターが彩るキラキラのポスター。


「『妖精ルルと夢の世界』…。可愛らしいデザインですね」

「うん…間違っても、同じ顔の人間が108人出てくることは無さそう…」

「じゃあ、早速観に行きましょうか」

「!」

「『おらこんなむ』」

「ふん!!」

「ら゙ぁっ!?」


ま、ミリ単位も興味無いんで。秒でそう思って踵を返した瞬間、抉りこむ様に繰り出された寸勁が俺の内臓を殺す。

俺の襟元が悲鳴を上げるほどに胸倉をねじり上げる凪沙は、素晴らしく輝く笑顔で。


「お花摘んでくるから、この映画のっチケットをっ買っておくこと。いい?」

「……ぅ゙っす……」


いいもん別に。一人で見るもん。












「素晴らしい映画でしたね」

「………」

「まさか子供達の夢を叶える妖精のルルが実は黒幕で、あえて手に入れさせたと気づかないままその力に見事に溺れて増長した子供達から、最後には全てを奪い絶望させた上で永遠の夢の世界に閉じ込めるだなんて」

「……………」

「無事、子供達は争いの無い平和な世界で一生覚めることの無い夢を見続ける訳で。いやぁよくできたホラーでしたね」


可愛らしい見た目に釣られた愚かな子供達をどん底に叩き落とす、前評価を見事にひっくり返す怪作でございました。私この監督の次回作が非常に楽しみです。


「………………………」

「何故、先程から俺の脚を執拗に蹴るんでしょうか」

「……もう……もう!!!」


最後にもう一発くれてやると、大変お冠の凪沙は肩をいからせながらさっさと一歩先を歩いていってしまう。

子供の様なその背中に、俺は小さく苦笑すると、後ろからそっとその手を握りしめる。途端に借りてきた猫の様に大人しくなったその背中にまたまた苦笑い。


「ああ。それと凪沙」

「…何よ」

「はい、これ」


前へと回り込めばすかさずそっぽを向く凪沙に、俺は映画を観に行く前、彼女がトイレに行っている間に買っておいたそれを細い手に握らせた。


掌サイズの可愛らしいそれは妖精ルル、ではなくその仲間の一人の白猫のココのキーホルダー。


「この子がロロに似てたから、あの映画が気になったんですよね?」

「………」

「あ、違いました?」


だとしたら、とんだ勘違いで大変お恥ずかしいので、年上の優しさで軽く流してほしいのだけど。

しかし俺の掌を見つめ、そして俺の顔を見つめるそのお顔は、もれなく喜怒哀楽から哀を抜いてごちゃ混ぜにした様に複雑そうな顔をしているので当たらずとも遠からずだろう。


「……違わない」

「なら受け取ってくれると嬉しいです」

「………いつから気づいていたの」

「そりゃまあ、最初から」

「…………はぁ……」


『…もう何なのよ私はどう対応するのが正解なのよ……』そんな台詞が聞こえた様な聞こえなかった様な。

え?何?ひょっとして俺が吉三様以外目に入らないくらいのヤバい奴だと思ってた?

そんなまさか。俺はそこまでおかしい奴じゃないって。ねえ?皆もそう思うよね?これだけ長く付き合ってくれてるんだもの俺がやれば出来る子なのはもうご理解いただけているよね?ね?誰だよ皆って。……え?俺もしかしてヤバい子?


「物凄く複雑だけど…ありがとう。蓮」

「………」

「…そんな君だから好きよ」


…まぁ、今は余計なことを考えるのは止めておこう。

これ以上この笑顔を曇らせるのは、無粋というものだ。


「凪沙」

「うん?」


さて、用が済んだなら、後はさっさと帰るだけ。…いつもならば。

一人だったらそうしただろうけど、今は隣に愛しい人がいる訳で。

…もう少し離れたくない、なんて。まさかそんな風に自分が思う様になるだなんて。寧ろこれこそが本当のホラーかもしれない。それこそ、これから言う台詞も相まって。


「せ…せっかくだし、もう少し、デートしましょうか」

「……」


「……ふふ」


たったそれだけで、雲は一瞬で散らばり、晴れやかな太陽が姿を覗かせる。

キーホルダーを握らせる為にとった手が、そのまま俺の指にゆっくりと絡みつく。


「あら。私は最初からそのつもりよ?」

「…左様で」

「うんっ」


そのまま、帰り道とは正反対へと、俺達は仲良く足を踏み出すのだった。

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