すーなぎデイズ・ワンモア

「こんなのはどう?すーちゃん」

「あの、も、最早隠れていないというか、肝心なところが丸見えなんですが…」

「あら?今日のすーちゃんはすかすかご勘弁系すーちゃん?」


略してすーちゃん。


「まず見せません……!」 


勿体ない。


とある休日。ショッピングモールにて。

この度、晴れて高校に受かった愛する義妹と共に、私は大変仲良くショッピングと洒落込んでいた。今日の私のご機嫌たるや。おめかし度は蓮とのデートに負けず劣らずかもしれない。


そして私が差し出した、下着としての役目はあまり果たせていないが、別の意味ではとても役目を果たしているすっかすかの小さい布を、顔を赤く染めた彼女はやばいものを見る目で見つめている。


「知らない?オープンブラっていうのよ、これ」

「こ、………これが……変態……!!」

「色んなところに喧嘩売るのは止めましょうね。良い子だから」


…すーちゃんはともかくとして、私に関して言えば別にふざけている訳ではない。

何がとは言わないけれど、初めては彼が望んだ白のTだったし、ここらで一つ度肝を抜くようなサプライズをかましてみるのも良いのではないだろうか。

マンネリを回避するために努力を欠かさない。私ってば良妻(予定)。


「すーちゃんもこの春から晴れて高校生。大好きなお兄ちゃんの後輩ね」

「あう…、はい。姉様も勉強を教えていただいてありがとうございました」


丁寧に丁寧に彼女が頭を下げる。

…本当に、これでまだ中学生とは思えない程に出来た子だ。いつか、藤堂家の躾についてお義母さんにご享受しに伺う日も近いのかもしれない。


「いいのよ、全然」


…高校生。高校生かぁ、良いなぁ。私もすーちゃんと一緒に高校に通いたかった。一緒に登校して、一緒にご飯食べて、一緒に放課後デートしたかった。

まぁ、家族デートは出来るけれど。いつでも。


…因みにだけど。私も先輩になりたかったなぁ。留年しようかなぁしたいなぁ出来ないかなぁ。そんなことをこないだごろごろしながらぼやき続けていたら、蓮に氷点下のジト目で睨まれた。興奮した。


…こほん。少々脱線してしまった。


「と、いうわけで選びましょうか。下着」

「どういうわけで???」

「高校生、ましてやすーちゃんともなれば周りの男子が放っとく訳ないし、もしかしたらその中からすーちゃんが心からこの人だって想える人が現れるかもしれないでしょう?」

「そういう、ものでしょうか」

「そういうものよ」


私にとって彼がそうだった様に。

この娘の未来にも、色んな可能性が広がっているのだから。

願わくば、それが彼女にとって光あるものでありますように。


そのための第一歩として、私に出来ることは


「…ふふ。もし、すーちゃんにそういう人が出来たら、直ぐにお姉ちゃんに教えてね?」

「姉様……」

「埋めるから」

「会話の前後繋がってますか???」


?何故、顔を引き攣らせているのだろうか。別に何もおかしいことなんて無いと思う。ぴかぴかの高校一年生女子に手を出す様な爛れた男なんて碌なものじゃないに決まっているし。

そんな奴どうせあれよ。一度なし崩し的に関係を持ってしまえばそれにつけこんでずるずるずるずる縋り付いて来たりするんだから、情けなく。


そして気づいた時にはもう遅い。外堀を埋められ、知らない内に既成事実がそこに作られているのだ。ソースは私。


「い、いりません。いりませんから、下着も、彼氏も…」

「そうね。すーちゃんには私がいるものね」

「それも違う様な……!?」


お義姉さんだものね。義姉妹仲良くずっと一緒にいましょうね。ああ、『義』って一文字がつくだけで何でこんなにも魅惑的なのかしらね。義理チョコとかは全くそうでもないのに。


「…翠?」

「え」

「ん?」


そんな私達の耳に後ろからふと届いた、落ち着いた大人らしい声。

思わず二人揃って振り向いたその先には


「…お母様?」

「貴方も来てたのね」


すーちゃんのお母様、蓮のお母様、そして私の


「こんにちは、お義母さん」

「あら、我が未来の義娘こと凪沙もいたの」

「はい、います。貴方の未来の義娘こと凪沙も」

「(変な会話……)」


感情の薄い顔で微笑むお義母さん。けれど、声色は何処か楽しそうだったから決して機嫌を損ねている訳ではない。それくらい分かるから、私も気兼ねなく。


「…ふふ。本当の姉妹みたいね。結構なことだわ」


距離の近い私達を見て、彼女の微笑みが深くなる。


あの日から。

彼女もどこか雰囲気が明るくなった。全てを打ち明け、後ろめたさも隠し事も無くなった今、晴れて真正面から愛する息子と仲良く接することが出来る様になったからだろう。…後ろめたさを感じていたのは、どちらかというと彼と私の方だけど。

それは一旦置いておいて、最近では、共に食事を取ることも増えてきたらしい。ご迷惑をおかけした張本人としては、誠に申し訳ない事だが、同時に涙が出る程嬉しい事だ。


それはそれとして私としては、仲良しになりすぎて彼が実家に帰るとか言い出しやしないかと若干冷や汗ものなのだが。私の野望的な意味で。


「お義母さんもお買い物ですか?」

「ええ。まあね」

「因みに、何を買ったか聞いても?」

「構わないわよ。はいこれ」


なんてことの無い声で即答。そして彼女がするりと取り出したのは。


「「……………」」


「…あの」

「何?」

「…さっき見た物が、ここにあるんですが」

「?」


顔を真っ赤にしたすーちゃんの反応に、何も分かっていない様子で首を傾げるお義母さん。

…正直、私もちょっと反応に困っている。だって彼女が取り出したそれは紛れもなく


「オープンブラとショーツ。知らない?」

「…私は、知ってますけど」

「おか、お母様…まさか、まさか……?」

「夫婦円満の秘訣よ」

「…ろ、露しゅ」

「すーちゃん止めましょうね」


曲がりなりにも貴方の実のお母様だからね。

確かに母親のそんな話聞かされてまともじゃいられないのは分かるけど、ね?

れっきとした下着だから。一応。


「翠」

「ふぁい…」

「高校生になることだし、貴方にも買ってあげましょうか」

「ふぁっ!!!???」


その言葉を聞いて、私とすーちゃんは同時に目をかっと見開いた。

すーちゃんは単純に驚愕で。私は思いもよらぬ天からのチャンスに。


見れる。顔真っ赤っ赤の恥じらい系すーちゃん。あの日夢見て叶わなかった、遥か彼方のあの夢が。他ならぬ母親公認で。


私の瞳が妖しく光る。己がひん剥かれる未来を察したすーちゃんがすかさず回れ右する。けれど残念かな。すーちゃん程度の動きでは私には到底叶わない。


「どこへ行こうと言うの?」

「!?」


回れ右したそこには既に私がいる。大魔王からは逃げられないのだ。


「すーちゃん」

「あ、あぁあ」

「翠」

「ぁあぁ゙あ゙…」

「「さ、来なさい」」

「いやあああぁぁあ゙ぁ゙……!!」


桃色の空間に、すーちゃんの絶望に染まった声だけがひたすらに木霊していた。店内ではお静かにね。







「うっ、…ぐす。…もうお嫁にいけない…」

「大丈夫。その時は私が貰うわ」

「いらない……」

「すーちゃん???????」


今さらりと本音出さなかった?お姉ちゃん泣いていい?


「ふふふ…」


さりとて、本日は私のすーちゃんフォルダが一層充実した。凪沙は大変満足でございます。

自分でも分かるくらいに気持ち悪くニヤニヤしながら携帯を眺める私。そんな私の肩に、お義母さんが優しく手を置いた。


「凪沙」

「はい?」





「次、貴方ね」






「…………………………はい?」






一瞬、何を言われたのか理解出来なかった。脳が理解することを拒否した。

だが、一度理解すればそこからは。


長年、兄妹を推してきたこの私の経験値を舐めてもらっては困る。素早く私は身体を翻し


…翻そうとして


「どこへ行こうと言うの?」

「!?う、…動かない…!!」


肩に手を置かれているだけのはずなのに。身体がピクリとも動かない。

そんなばかな。私はそれなり以上の身体能力を備えているはずなのに。


「あ、あぁあ……」


絶望が脳を塗り固めていく。事ここに至って、漸く私は理解した。

私は大魔王などではなかった。真の大魔王の掌で踊らされているだけの、幹部ですらない滑稽な小物でしかなかったのだ。


「さ、来なさい」

「い、いやぁぁぁあ……」


桃色の空間に、私の絶望に染まった声だけがひたすらに木霊する。いつもの店員さんちょっとキレてそう。…あれ?笑ってない??

そして私は、絶対に蓮には見せられないであろう…、いや、寧ろ見せてもいいかもなあーんな姿やそーんな姿を純真な義妹の前で披露することになるのだった。


とりあえず、今後すーちゃんの性癖が歪みません様に。










「蓮」

「兄様」

「いらっしゃいま………あれ、二人?」

「「お説教」」

「まじで何で??????」

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