第31話 懊悩・煩悩・本能寺
冬が来る。冬が来ればクリスマスが来る。皆大好きジングルベルなクリスマス。
学生の皆はどんなクリスマスを過ごすのかな?
俺はね?超絶美人の先輩と熱い夜を過ごす
訳ないだろ、頭ピンクなこと考えてないで学生はさっさとテスト勉強しろ甘えんな。
■
「『はぁ〜。のぶたすまじむかつくんだけど。人のこときんかんきんかんってさ。まじ卍』」
「…………」
「『これもう謀反じゃね?謀反でしょ。やっちゃう?謀反?やっちゃえ、日産。てなわけで敵は本能寺に有りじゃねっていうか?あ、逆らうやつはオール根切りでしくよろー』『『『『りょ』』』』」
「……………」
「『明智のみっちゃんがリベリオンってま?まじ人生LIKE A DREAMS AND PHANTASMS〜。であるかであるか』」
「…………………………」
「『ギャルでも分かる戦国時代』105P、炎上☆本能寺より抜粋」
「やかましい」
直に迫りくるテストに向けて人が懊悩しながら必死こいて勉強している隣で、何か理解に苦しむ言語を話す先輩に対してとりまお叱り。随分と寛いでくれちゃってまぁ。
本当に何?どこで買ったのそれ。しかもちょっと古くない?中古でしょそれ。ギャルっていう存在は日々日進月歩だからね。
「目茶苦茶気が散ります」
「そんな……私は君のためを思って日本史の勉強を……」
「俺、ギャルじゃないんですよ」
「ギャルみたいなものじゃない」
「どこが!!??」
心底傷ついている様に見せてすかさずこれである。彼女が何故成績優秀なのか最近ちょっと理解出来なくなってきた。
真っ直ぐな眼差しでこちらを見つめる貴方の目には一体何が映っているというの?藤堂蓮のどこをどう見ても、どう掻っ捌いてもギャルのギャの字も出ないよ?
辛気臭くて陰気くさい後ろめたさの塊なんだから。陰キャにも陽キャにもなれない中途半端の体現者。
「…どうせなら、もっとためになる知識教えてくださいよ」
「織田信長って男よ」
「分かっとるわ」
別に彼がどれだけ時代のおもちゃとして魔改造されようとそれが史実だと思うほどお馬鹿じゃないよ。
またいつかみたいに、やけに胸元開けたスーツ姿の彼女に一喝。どうやら勉強を教える時はこの姿にならなければいけない縛りでもあるらしい。
「ふぅ、やれやれ。すーちゃんを見習いなさい?少しは」
「む」
「……………」
俺達、年上が馬鹿やってる反対側で黙々と勉学に励む年下文学少女。彼女は何も耳に入らぬ様子でひたすらにペンを走らせている。驚くべきはその集中力。見てください、この子ね、僕の妹なんですよ。妹より優秀な兄なんていない。
「何ならすーちゃんに教えてもらったらどう?お勉強」
「…あのですね。俺高校生、すーちゃん中学生。分かりますか?その違い」
とはいえ、いくら優秀といえど中学生と高校生の間には見えにくいけれどもとてつもなく高い壁というものがあるのだ。高校生は一人暮らしできるからね。悠々自適に引き込もれるから。果たしてそんなこと中学生に出来ると思いますか?…出来るか。
「はいこれ。君がこないだ解いた問題集」
「はぁ」
「こっちはすーちゃんが解いた同じもの」
「へぇ」
やれやれと呆れ顔の俺に対して、実に面倒くさそうに、そしてどこか嫌らしい薄い笑みで彼女が手渡してきたそれを受け取って見比べる。
「………」
…結果は満・点。流石俺。出来る子凄い子賢い子。
「現実を見なさい」
「はい」
嘘です。満点はすーちゃんです。俺は……悪くはない、けど、兄としては少々情けない結果。
「どうする?このまま私が教えてあげてもいいけど」
そう言って、誰もが見惚れるであろう優しい微笑みで待ち受ける彼女が掲げるは、理解に苦しむ言語で書かれた参考書。つまりあれは罠。極上の天国の様に錯覚するが得られるものなど何も無い。
「すーちゃん」
「はい?」
つまりつまり、正解はこっちしかないのだ。一人で頑張る選択肢?無いよ。
さっきまで我関せずを貫いていたけれど、こうして名前を呼ばれると直ぐに素直に顔を上げる。そんなところが我が妹ながら何とも愛い奴だと思う。
少しはその可愛げを分けてもらいたいね。俺にも隣のギャルナギ先生にも。
「…勉強を教えてください」
「………私が、ですか?」
君が、俺に、です。年下の君が、年上の俺に、です。情けねえ〜。
「えっと、私で良ければ……?」
「面目ねえ」
「待ちなさいギン」
「レンです」
妹の傍に寄ろうとしたところにすかさず割り込んでくる似非先公。もう貴方から学ぶことなどありません。これ以上僕の勉強の邪魔をしないでください。
「すーちゃんが正装に着替えていないわ。まだ」
「「………………???」」
「はい。すーちゃん、カモン」
「え。え?え???」
どうやらこの場において謎ルールは全員に適用されるらしい。
首を傾げ、絶賛困惑中の中学生を拉致し、奥へと消えていく高校生。
嗚呼、今日も今日とて勉強が捗らない。
■
「えっと、関羽って男なんですよ」
「分かっとるわ」
誰かー。助けてー。この子ぽんこつだよー。教える側に回ると途端にぽんこつだよー。相手が分かってないのが分かってないタイプのぽんこつだよー。
この狭い部屋に似たタイプのぽんこつが二人。何か特殊な反応によって対消滅とかしやしないだろうかと毎秒冷や冷やものである。
そして確実かつ着実に悪い影響が濃くなっている。
「……ぁ………」
そんな清楚なスーツに身を包んだ翠は、あまり馴染みがないのか膝よりも上の丈のスカートを今も何度も引っ張って顔を赤く染めている。
「……あの、やっぱりこれ……」
「すごくいい」
「あ、ちょ……」
はいはい。机に突っ伏す俺の視界の外では、きゃっきゃうふふな桃色の気配が。
どうせ胸元開け先生がミニスカ先生の太腿でも撫で回しているのだろう。俺は紳士だから見ないけど。妹のそんな姿見せられてどうしろっちゅうねん。
「とてもいい」
「や、姉様、そんな……」
「いい…」
言語中枢バグってますよ。
程々にね。頼むから妹の性癖は歪めないでほしいな。
全てを諦めた俺は、魅惑で蠱惑な花園を背に、死んだ目でひたすらにペンを走らせることを決めたのだった。
「…そう言えば兄様。父様から話はもう聞いていますか?」
「………ん?」
成す術もなく可愛がられるがまま、頬擦りされるがままの状態で、翠が俺に話しかけてくる。見るも愉快な状態なれど、その口から出た名前は少々聴き逃がせない。父さんから俺なんかに何か申し付けなどあっただろうかと。
「クリスマスですよ」
「クリスマス?」
「………」
「今年は姉様とうちの家族で久々に集まるから兄様も顔を出す様にと」
「………えー……」
思わず何とも言えない声が出てしまった。
初耳だ。初じゃなくても多分えーって言っただろうけど。
成程。こないだおばさんがすぐ会えると言っていたのはそういうことか。
彼女と直接顔を合わせるのはいつ以来だろうか。そして父とは家を出てからろくに顔を合わせてはいないし、一足早いがまぁいい機会と言えなくもない。
とはいえ、とはいえ。
「…とはいえなんだよなぁ……」
「………」
ついこないだ顔を合わせたけれど、やはりあの人と面と向かい合うのは億劫といえば億劫で。本能が叫んでいるのだ。やめとけやめとけって。のぶたすも叫んでいる。本能寺で。
何とか上手いことやり過ごす方法は無いだろうかと。まずそんな風に悩んでしまう自分にもうんざりしてしまう。
懊悩と煩悩。家族のことに関して、それは藤堂蓮から切っても切れない、切り離せないもの。
「兄様…」
「う」
不安そうな潤んだ目でこちらを見つめる翠。…その目はやめてほしい。それはずるい。そんな目で見られて断れる兄なんてこの世に存在しちゃいないんだから。
「ん?」
そして、ふと気づく。本来この話に関わりがあるもう一人がやけに静かであることに。
「………」
先輩は翠の胸に顔を埋めたまま、感情の読み取れない瞳でじっとどこかを見つめていた。さっきまでバグっていた人と同一人物とは思えないくらいに静かに。
「…先輩は知っていたんですか?」
「うん?」
それでも、声をかければあっという間にいつも通りの彼女が帰ってくる。
「いいえ。初耳だったかも」
「………」
…いや、違うな。いつも通りだけど、これは『真鶴凪沙』だ。先輩ではない。
とても綺麗な微笑み。綺麗すぎて貼り付けているのではないかというくらいに。
「でも、いい機会じゃない?」
「え?」
「今の君なら、大丈夫よ。きっと」
「………?」
つまりは何かを我慢している?隠している?…のか?
よく分からない。彼女が何を指して大丈夫などと言っているのかも。
けれど。
「……分かった」
「!」
「行くよ」
この人がそう言うのなら。
かわいい妹の笑顔の為に人肌脱いでみるのも一興だろう。こんなたった一言で、これだけ嬉しそうにしてくれるのだから。
「っありがとうございます!兄様!」
「でもまずはテストだよ。話はそれを乗り越えてから」
「はい!!」
そしてまた机と向かい合う。嬉しそうな翠は感情によってバフがかかるのか、明らかに先程よりもペンが速く、そして俺も……俺は普通。
そして先輩は、今度は何を言うでもなく、けれど深い慈しみの目で見守って……
「坂本竜馬って斎藤一よ」
「違うわ」
やっぱり何かは言ってきた。
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