第28話 突然のお泊り
「それでその時お爺さんが言ったのよ。『今日勝てるなら明日はいらな……あ」
「ん?」
最早何度目かも分からなくなりましたね、何でもない日。
タイミングの悪いことに、突然の強い雨雲が急接近しているらしく、先程から一段と外がうるさい。窓を叩く音が先程から鳴り止まず、部屋の中で大人しくする他ない有様である。
そして、二人仲良くこたつでまったりしていたところに、ついに訪れる暗闇。
「ま。停電?」
「ですかね」
持っていた携帯のライトを照らし、慎重に歩きながら窓に近づき外を眺める。こういう時、物が無いというのはありがたい。いや、言っててちょっと情けなくなるからやめよう。
見てみればどこもかしこも真っ暗闇。どうやらここらへん一帯がそうらしい。
つまり電化製品は全滅ということになる。
つまりつまり。
『くーん………とーどーく〜ん……』
「………」
何やら情けない声に呼ばれた気がして、何とも乗らない気分で部屋に戻る。
部屋の中心に置かれたこたつでは、何やら丸い物体がぷるぷると震えながら青い顔でこちらを縋る様に見つめていた。
「こたつが、こたつがぁ、…点かないの……!」
「停電ですからね」
「あ、あああ…さ、さむ、寒い……凪沙寒いっ……!」
「冬ですからね」
まあこうなる訳ですね。
「寒い寒いわ寒いのよ、……はっ………!」
「…蓮。脱いで」
「…なして?」
「温め合うのよ!人肌で!」
「取り敢えず構えたカメラ置いて布団でも被っていればいいのでは?」
暗闇に乗じて何してくれようとしてるんですかねこのお方。
ぶーたれるマドンナ(仮)を抱き上げて、何故か途端に大人しくなった彼女をベッドに押し込めば取り敢えずは安心安全。
そして目下問題といえば
「先輩、帰れるんですか?」
「先輩、帰れない」
「………」
「なるほど。お泊り回ね、今回」
………。
「ああ、大丈夫よ。着替えならそこのタンスに入れてあるから。お構いなく」
「いつの間に!?」
■
「とはいえ、停電ではやれることも無いのよね」
「………」
毛布を被り、ベッドで横になりながら、枕を抱きしめた先輩が退屈そうにぼやく。
…何か改めて考えると、自分のベッドに異性が寝てるってとんでもない状況なのでは?当たり前すぎる光景にいつの間にか感覚が麻痺していたのか。
「寒い…さーむーいー………、蓮、れーん」
「なんすか」
ベッドサイドに座り込む自分の背中をぺちぺちと叩く不躾な手に誘われて、いやいや振り返る。
「ん」
「ん?」
するとそこには、何故か先輩がベッドの奥に寄って毛布を広げて待ち構えていた。
そして空いた隙間をぽんぽんと。
「来なさい、君も。冷えるでしょう?」
「ええ……」
暗くて見えづらいけど、多分何かセクシーなポーズをとっているっぽいことは分かる。何か、こう、手招きが凄いぬるりとしているというか。
いや、お誘いは嬉しいんですけど。流石に……流石にだろう、それは。
「脱がなくていいから」
「いやいやいやいやいや…」
脱ぐ脱がないの問題でもないでしょうに。…いやいや、脱がないよ。
年頃のぉ、男女がぁ、同じベッドでぇ、同衾だなんてぇ、爛れた展開待ったなし。
罠だぞ蓮。その中に踏み込んだら二度と戻れなくなる。そこに愛はあるんか。
「………………駄目です」
「…無理ではないのね」
「は?」
「何でも。なら、はい」
…よく思うけど、この人って無茶振りはするけど粘りはしないんだよな。本当に嫌だと感じたら即座に引き下がる。意外にも。ある意味、それは何かを怖がっているようにも…なんて。
そしてのけのけぃ、といわんばかりに先輩が俺を前へと押しのける。
そうして作り出した隙間に、にゅるっと器用に身体を滑り込ませて俺の背後に収まると
「はい、ぎゅー」
「……………」
「これなら二人でぬくぬくできるでしょう?仲良く」
後ろから抱きしめる形で先輩に包まれた。
………。
粘らないっていうか、切り替えが凄まじいだけかな?……二人でベッドに入るのと一体何が違うんですか……。
俺は男で、お前は女。そこに何の違いもありゃしねぇだろうが!ブロッケンだってキレるよそりゃ。
鼻をくすぐる甘い香り。己とはまるで違う柔らかい身体。何でこの人はこう……もう、さ、私をロロか何かだと思ってらっしゃる?
「私は温い。君は気持ちいい。ウィンウィンじゃない?これ」
「べ…、つに、気持ちいくないですけど?」
「あらそうなの」
情けない反論を聞くやいなや腕の力が増した。苦し紛れだって絶対に分かっているくせに。そしてそれ即ち身体が押し付けられるわけで。
しかも今度は何故か執拗に体制を変えるおまけ付きときたもんだ。お陰様でむぎゅむぎゅと。
Dの意思を継ぐ者を確実に殺しにきてますね、これは。
「ん…ちょっとポジションが良くないかしらね……よっと……」
「………………」
「ああ、ごめんなさいね。気持ち良くないもの押しつけて、…と」
後ろから俺の首に手を回し、頭に頭を乗っけて一息つく先輩。二人羽織の様に、すっぽりと埋まる二人分の身体。そしてついには0となる二人の距離。
首元が謎に心地よい。謎にね。
「うん。まんまん満足」
「さいで」
「さいよ」
会話はそこで終わった。聞こえるのは外の激しい雨音と、揺れる窓の音のみ。
時計の針は2つの音にかき消され、その存在感を希薄としている。
「………」
どれ程時間が経っただろう。既に時刻は夜に入っている。そして少し前から真横にある先輩の顔はあれからピクリとも動いていない。まさかとは思うがこの体勢で寝たというのだろうか。
暗闇に目が慣れたのか、薄っすらと彼女の輪郭が見えてくる。整った、いや整いすぎた横顔はニキビ一つ無くまっさらで、そして無防備で。
「………」
「………」
「…、なぎ」
頬に顔を近づけようとしたその時、明かりが付いた。
どうやら漸く電気が復旧したらしい。視界が明るくなると同時に、自分が今何をしようとしていたのかに気づき、慌てて距離を離そうとして
したくても離れられないことを思い出して、大人しくその場に残る。
孤独と沈黙。気まずいオブ気まずい。誰でもいいから助けに来てくれないだろうか、と声も出さずに願っていたその時。
「お」
目の前に置いてあった携帯電話が着信を知らせた。
俺のではない。先輩のである。恐らくは、家族が安否の確認の為に電話したのだろうけど。
彼女に動く様子は無い。
「先輩、電話」
「んー…」
「先ぱーい」
だからといって、まさか勝手に出る訳にも行くまいて。
声を掛ければ少しの間をおいてもぞもぞと。恐らく意識は未だ半覚醒状態のまま、先輩が漸く身体を動かした。
「とって…」
「はいはい…」
幸い着信は切れていない。表示された名は…やはり。先輩のお母さん。ご丁寧にフルネームで登録してあるところが真面目というか。
そうして先輩は後ろから手を回したまま、俺の前で携帯を持ち
「はい」
「は?」
そのままテレビ通話の画面を開いた。
「なに?おかあさん」
『ああ、凪沙?貴方今どこに………』
「…………」
『…………』
のほほんとした美人が画面に移り、そして目を丸くした。
そりゃそうだろう。信じて送り出した娘がなんか見慣れない男とくっついている。彼女の心中は押して知るべしだろう。
ついでに俺の心中も察してほしいかな。昔から家族ぐるみの付き合いで初対面ではないとはいえ、数年ぶりの再会がこれって。これって…。
『…あらあら。少し見ない間に娘が随分とイケメンに』
「あら、ありがとう」
「別人です」
いくら世が世でも娘が突如性転換しても動じないのは無理が有りますって。
『ん?……んー?……ん〜…もしかして……、っ蓮ちゃん?』
「「れんちゃん………」」
先輩のお母さんが画面にずいっと顔を近づける。最早、こちらからは何が映っているのか分からないくらいに。
そして耳に届いた懐かしい呼び名。…この年でちゃん付けは中々キツいものがある。
恐らく彼女の画面には何とも言えない苦い顔をした仲良しさんが写っているのだろうけど。
「ご、ご無沙汰…しています……おばさん…」
「ふふ。蓮ちゃんですって」
「………」
「ぷぷぷー」
違った。片方はそれはそれは楽しそうな笑顔でした。誠に遺憾でございます。
『あらあら。こんなに大きくなって。しかも中々にイケメンじゃない』
「き、恐縮です…」
『あら〜。…成程ー……そうなの〜……ふーん…?』
「………」
頬に手を当てて、何故かニヤニヤと笑う先輩のお母さん。ほわほわした雰囲気は先輩とはまるで逆である。しかも数年ぶりに会ったというのに、その美しいお顔は何一つ変わっていない。…この人一体何歳なんだろう。
「お母さん。私は大丈夫」
『はい了解』
「あ、帰らないから。今日」
『はいはい了解』
「え」
いや、そこ二つ返事で済ませていいんですか?
『それじゃ蓮ちゃん、悪いけどその子の子守お願いね』
「え、え」
「よろしく蓮ちゃん」
「いやいや。待ってください。おばさん的にそれはいいんですか?」
『おばさん的にそれは別にいいけど』
「お姉さん的にそれは寧ろ良いけど」
雑音が混じってますね。
『大丈夫。蓮ちゃんなら寧ろ安心だもの。昔から君はこの子のブレーキだったから』
「………はあ……?」
あいも変わらずというか、独特な感性を持った人だ。俺が一体いつこの人を留めたというのか。寧ろ留められた側だというのに。
『凪沙。蓮ちゃんに迷惑かけないようにね?』
「あらお母さん。もっと蓮ちゃんと話さなくていいの?」
『大丈夫よ。どうせ直ぐに会えるから』
「…?」
『じゃあね蓮ちゃん。また今度、楽しみにしてるわね』
「…え?」
最後に気になる言葉を残し、ウインクと共にあっさりと通話は切られてしまった。
思わず二人で顔を見合わせて、あまりの至近距離に慌てて背ける。
「…じゃあ、とりあえずご飯かしらね」
「………は、はい」
「今日はお姉さんが腕によりをかけましょうか。お利口さんで待っててね、蓮ちゃん」
「ぐっ……!」
むんっ、と腕を掲げて先輩が台所へと歩いていく。
別に俺はついていかない。家のキッチンの何処に何があるのか、大変不思議なことに彼女はよくご存知だから。
「………」
外は相変わらずの雨模様。
この空の下に女性を放り込むのは男として以前に人として、だろう。
……長い夜になりそうだ。
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