第27話 すーなぎデイズ
「こんなのはどう?すーちゃん」
「す、…、すけすけ、ですね」
「あら?今日のすーちゃんはすけすけノーサンキュー系すーちゃん?」
略してすーちゃん。
「毎日そうです……」
とある休日、ショッピングモールにて。
私は珍しくも、可愛い弟分…の妹に誘われて、いつもと全く異なるウキウキ気分で意気揚々と店内を物色していた。私の装いは首元まで隠したニットにロングスカートと、まさにパーフェクトお姉さんと言うべき落ちついた服装。寒いからでしょ、なんて言わないこと。
因みに前日の夜は、鏡の前に立って何度も何度も服装を確認している私がいたことはここだけの秘密である。
そして私が差し出した、それで本当にお前は与えられた役目を果たせているのかと問いたくなる頼りないすけすけの黒い布を、顔を赤く染めた眼の前の彼女は信じられないものを見る目で見つめている。
「え、姉様……まさかこういうの穿いているのですか…?」
「……………たまに?」
「こ、…………これが……大人………」
真っ直ぐな尊敬(?)の視線に貫かれてそっと目を逸らす。
本当にたまに。あの子の家行くときだけだし。いえ、下着のラインを出さないためとかそういう意味でだから。別に今のところ見せたこととか無いから。まだ。
「いえ、というか、私達は別に下着を買いに来たわけでは……」
「あ、これとかどう?」
「話聞いてください」
私が差し出した、それで本当にお前は役目を果たす気があるのかと張り倒したくなるエグい角度の紐を、顔を青く染めた眼の前の彼女は見てはいけないものを見る目で見つめている。
「えぇ、姉様……まさか本当にこういうの穿いているのですか……?」
「…………………………」
「こ、…………これが……痴女………」
「すーちゃん???????」
今、とんでもなく人を傷つける台詞をサラッと言わなかった?
ふむ、少々ふざけすぎただろうか。別にいくら私といえどこんな下着と言えない下着なんて、一度も穿いたことないというのに。穿いたところでそれを見せる勇気なんてこれっぽっちも湧かないし。勇気?蛮勇。
というか彼女にとって私はこれを穿いても不思議ではないということ?いやいやいくら何でも流石にこれは…。やる気、いやヤる気出しすぎて相手もどん引きだろう。それくらい、分かっているし。…分かっているし。
「…でも、何事も挑戦じゃない?」
とはいえ見たいものは見たい。恥じらい系すーちゃんが羞恥を乗り越えた先に待っている。
欲張りはしないから、取り敢えず真っ赤な顔で恥ずかしがって身体を隠してもじもじしている姿とか見たい。なんてささやかな願いなんだろう。私ったらお清楚。
そんなすーちゃんの身体は……まだ中学生だものね。これからよ。うん。
「と、言う訳でへい、すー、かもん」
「何故そんなテンション高いのですか…?」
「せっかくのすーちゃんとのショッピングだし。アガらなければ失礼というものじゃない?ここでアゲずにいつぶちアゲるというの?」
「突き抜けすぎも、却って失礼では…?」
…そっか。
普通にどん引かれていることに漸く気づいて、ちょいちょい指で招いていた私もぼちぼち己を取り戻し始める。
よくよく考えると、まだ早いものね。私がまだなのにすーちゃんがまさかそんな、…そんなことになったらその人にちょこーっと面貸してもらわなければいけないもの。
「仕方ない。当初の目的に戻りましょう、そこまで言うのなら」
「な、何故私が譲歩されたみたいに……!?」
すっけすけの紐を無念そうに陳列棚に戻した私の手を引っ張って、ぷんすこ可愛らしく頬を膨らませたすーちゃんがずるずると引きずり始める。
後ろ髪を鷲掴んで背負い投げされる思いでランジェリーショップを後にして、右を見て左を見て、踏み出そうとして立ち止まる。
「…ふむ。………ところで何しに来たのだったかしら?私達」
「映画観に来たんですよぉっ!」
そう言えばそうだった。
本当はあの子と観に来るつもりだったのに、あの子がシフトの関係でどうしても、と急なバイトに呼び出されてしまったとのことで、光栄なことに私に白羽の矢が立ったのだ。
「ふむふむ。ところでところで何を観るというのかしら?すーちゃん」
「あ、はい、えっと」
「慌てずにね」
二人仲良く横に並んで併設された映画館へ。
私の言葉に慌てて小さなポーチをごそごそ探り始めるすーちゃんの姿を、私は焦らせる事なくただただ微笑ましく見守る。
ふふ、可愛らしいすーちゃんのことだから淡い恋愛物語といったところかしら。
いい。実にいい。こうして仲の良い子と映画を観て、感想を語り合う。実に年頃の女の子らしいではないか。こういうことをしてみたかったのだ、実は。
惜しむらくは、友達というより姉妹という感覚の方が大きいことだろうけどそんなこと大した問題ではない。寧ろ、親しいという意味ではより上位だろう。
しかし、まさかこんな風に一緒に出掛ける様になるだなんて、昔は想像も出来なかった。
私はどちらかというと、大好きなお兄ちゃんを奪ったいけ好かない女だと思われていると思っていたから。
勿論、だからといって彼女を疎んだつもりなど無いし、私なりに彼女と仲良くしようとしていたけれど、あの頃のすーちゃんはどちらかと言うと部屋で本の世界に浸るのが好きみたいだったから。
…それとも、私がそう思い込んでいただけで、この子はあの頃もそれなりに私に懐いてくれてたりしたのだろうか。
中学3年と高校3年。お互い受験生の身だけど、息抜きは大切なこと。この際、思いっきり羽根を伸ばしてくれたらいいのだけれど。
「…ふふ。兄様がチケットを譲ってくださったんですよ?」
「……………ん?」
おや?何か凄い見覚えのある俳優が目の前にいるわね。
「どうやら、一部の界隈に大人気の作品みたいで」
「……………」
おやおや?急に変な汗が止まらなくなってしまったわ。おかしいわね。
「あ、有りました。…タイトルは『おらこんな「すーちゃん」嫌だ』…どうかしましたか姉様?」
「私これ観たいどうしても観たい是が非でも観たいずっとすーちゃんと観たいと思ってただからお願いお金はお姉さんが出すからポップコーン奢るから」
「え、あ、は、はい…?」
私は目の前にあるポスターと決して目を合わせずにその隣りにある恋愛映画のポスターを指差した。
何やら戸惑った様子のすーちゃんに御構いもせずに、その細い手を引いて早々と歩を進める。
「でもチケット」
「翠」
「え」
この期に及んで粘り始める分からず屋を壁に押し付けて、目と鼻の距離で私は囁く様に声を出す。
人には決して譲れない領分がある。私にとって、それは今なのだ。言ってて泣きそうになるけど。
この子は、この子だけは、私が守護らなければならない。神様どうか。
「あぅ、…ちか、…姉さ……近い…」
「…私の言うことが聞けないの……?」
「は、……はひぃ……」
壁ドン、顎クイ、あすなろ…はしないけど、分かってもらえたらしい。
何故か顔を真っ赤にした彼女の肩を抱き、私達は受付へと揃って歩を進める。
何故か何故か周りも顔を赤くしていたけれど、気にしたら負けだと思った。
■
「大作でしたね…」
「兄妹……」
「え?」
「何でもない」
フードコートでのわくわく仲良し感想会。映画を観ての一言目の感想に思わず冷や汗が流れたけれど、よくよく考えれば何一つおかしなことなど無いではないか。
そう、これ。これがしたかったの。
ほのぼのという表現がよく似合うこの時間。素晴らしいわ。穴という穴から液体を流す変な子なんて必要無いのよ本当に。
「流石姉様オススメの映画ですね」
「ん?」
「え?」
「あ、うん、そう。私一押し。オモシロイワヨネ、アレ、サイコー」
別に嘘は言っていない。面白かったのは確かだし。ただ、ちょっと、身体中むず痒くなったりしたけれど。
しかし甘ったるい映画だった。主人公とヒロインは四六時中あんなに身体をくっつけたりして恥ずかしくならないのだろうか。生まれたときから一緒だった幼馴染ですらあんなに所構わずイチャイチャしないだろうに。少しは恥じらいというものを持ってほしいものね、全く。
「ふふ、兄様と姉様みたいでしたね」
「…………ぇ゙…?」
「え?」
自分でも意外なくらいに声が震えた。え…今、彼女は…なんと?
私と藤堂くんが、あの主人公ヒロインと?似ている?
あんな狭い部屋の中で所構わずくっついてイチャイチャするバカップルと?
膝枕したり、後ろから抱き着いたり、挙げ句の果てには、辛抱ならず押し倒したりする不埒者共と?
いやいや、流石に無いわよ私達は全然そんなことしてたわね。誤魔化しようなくしていたわそう言えば。
…嘘。私達って端から見たらあんなだったの?……ん?…いや、ちょっと待って?映画の中では男女仲良くイチャついていたけど私達の場合、イチャついてるのは寧ろ私だけでは?イチャついて、というより一人で勝手にイチャってるのが私ってこと?
そんなのただただ淫乱なイッちゃってる女ではないか。
あ、恥ずかしい。顔が熱い。駄目、これ我慢出来ない。
「姉様?」
「………コーヒー……」
「え?」
「アイスコーヒー…ブラックで…頂戴、…大量に………」
「は、はあ……」
急に机に突っ伏してしまった私の上から、すーちゃんが戸惑いながら注文をする声が聞こえてくる。
「(私…もしかして…欲求不満なのかしら………?)」
思い返せば返す程に、かつての愚行が沸々と。
結局、その後の私は冒頭のテンションが嘘みたいに静まり返った、借りてきた猫の様な様子で消沈してしまい、何が何やらといった様子のすーちゃんの手に大人しく引かれるままにショッピングを楽しんだのだった。
「いらっしゃいま…、……あれ、先輩」
「蓮。お説教」
「何で?????」
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