第26話 猫とこたつで丸くなる

「うわ、寒…」


まだまだ暑かったあの秋祭りからも暫くが経ち、家を出てコンビニへと向かおうとすれば、まぁ、大丈夫でしょ。とか油断していた間抜けに、待っていましたとばかりに襲い掛かる肌を刺す冷たい風。あっという間に低くなる気温は四季の巡り、季節の移り変わりというものを存分に感じさせ…いや、もうちょっと緩やかに移り変わるべきじゃない?夏と冬にいじめられて秋くん泣いてると思う。


さりとて、上着を取りに戻るのも面倒くさい。

出不精という人種は、一度決めた『出かけるぞい』という決意を少しでも覆されると途端にやる気を無くすものなのだ。そして目的地は一つしか定められない。寄り道無し。終わったら即帰宅。つまり今戻ったら二度と帰ってこられない。帰ってこられないというか帰るというか。


さりとてさりとて、頼まれたならば往かぬ訳には行くまいて。例え、それがポーカーでカモられまくって負けた罰だとしても。

唯一の救いは綺麗に晴れてくれたことくらいだろう。お陰でこうして晴れ晴れとした気持ちで深呼吸できる。


決意新たに一歩を踏み出す。寒空の下、向かうは遥か遠く、徒歩5分。

目的のブツは、『何でもいいから温かいもの』

オペレーション・ほっともっとが今、幕を開ける。











そして、困難極まるミッションをあっさりとこなし、晴れてホット・ボスの称号を得て帰還した本部では











「さささささ寒い、寒い寒い寒い、寒い……寒い寒いわ寒いのよ」

「「…………」」

「ろろろろろろろ、何をしているの、早く、速くっ、疾く来なさい私の懐へっ、私がっ美しい、氷像とっ、化してもいいのっ!?」

「だってさ、ろろろ」

「………な〜……」


嘘みたいだろ。これ学園のマドンナなんだぜ。

人ってこんなにもお手軽に変わり果てることが出来るんですね。


「…九夏三伏…心頭滅却……覇道滅封……焦熱地獄……」

「なんて?」


最近のお気に入りなのか、お祭りの時の様に横で綺麗に纏め上げていた綺麗な髪も一切気にせずに、人様のベッドで真ん丸くなって被った毛布の中から腕だけを出して救助を待つ珍獣は、これまでに築き上げた冷静沈着な完璧お姉さんキャラをかなぐり捨ててガタガタと何とも情けなく震えあがっている。最近遊んだゲームにこんなのいた気がする。何かトイレとかに出没してなかった?紙くれーって。

…ていうか流石にベッドの上で猫と戯れるのは止めてくれないかなぁ。ごろごろされる度コロコロしていては消費がエグい。

そして仕方ない奴。とでも言いたげにか細い声で鳴くと、ロロは彼女、というか塊の元……上に乗っかった。っぱロロさんは分かってるぜ。


「うう…ろろぉ……」

「………」

「と、とと、とぅ、とうどぅ、く、れん、れんっ、早く、温かいものを、温もりをっ、私に!はりー、はりー!」

「はい、ガリガリ君」

「しゃらくさいっ!!」


他者との繋がりに飢えた哀しきモンスターみたいなことを言いだし始めた毛布に、皆大好き愛されガキ大将を差し出す。直後、哀れ国民的(?)キャラクターは天を舞い、床に叩きつけられた。

あれは割れただろうなぁ。別にいいけど。自分起き抜け喉カラっカラだから起きたらまずアイス食わなきゃやってられないんですよね。お陰でぽんぽんヤバいのなんの。


とりあえず、このまま視線だけで殺されてはたまらないので、エコバッグの中をガサゴソして彼女曰く、温もりを取り出した。


「はい、ホットコーヒー」

「あ、ああ、あ、ああぁ〜………」

「………」


まるで天からの授かりもののように缶を掲げ、冷え切った己の手を温めるその姿に、かつての気高さは存在しない。というか、せめて人語話してくれないかなぁ。


「………よきかな………」


今までに見たことの無いくらいまったりした顔で缶に柔らかな頬を押し付ける珍獣先輩。ゲーセンで取れそうなくらいの清々しいぐでっぷりである。

意外…かどうかは人によると思うけど昔からこの人はこうだった。熱さ暑さに目茶苦茶強いが寒さに滅法弱い。多分前世が火属性だったんだと思う。当時の口癖は『滅びなさい、冬。』だったし。もう命令してたもん。

まあ、願いに反して滅びかけているのは本人が一番好きらしい秋だけど。


「寒い時はスクワットで体温を上げればいいって何かのゲームでやってましたよ」

「二の腕露出どころかミニスカヘソ出しタンクトップで吹雪の中を往く人間達を私は人類と認めないわ、絶対に」


さいで。


「…まさか、こたつを未だに用意していないだなんて…。君、本当に人間?貴方、本当に藤堂くん?違ったりしない?実は」

「藤堂くんですけど。真人間の」


自分を藤堂くんだと思いこんでいる赤の他人を見るような、憎しみやら訝しみやらをふんだんに盛り込んだ瞳で射抜かれて思わず肩を竦める。だってこんなに一気に寒くなるとは思わないじゃん。

しかしこたつの有無で存在の有無まで疑われるとは思わなかった。

ていうか何?貴方の中では藤堂くん=こたつなの?悲し。


「電気毛布ならありましたけど」

「ああ…君はやはり藤堂くん……!つけてっ、はりあっ!」

「あ、はい」


やはりも何も、最初から藤堂くん以外の何者にもなった覚えないんですけどね。

とりあえずこたつを引っ張り出すまでの時間稼ぎとして、ついでに肉まんやらのほっとな温もりを置いてみれば、餌に誘われた様にぬるりと這い出るかたつむり。

ほくほく顔で頷く先輩の顔はいつになく幼くて、ついこぼれかけた笑みを慌てて誤魔化す様に、俺は先日の他愛ない暖かな思い出を取り出した。


「おっと、そういえばパピコもありますよ先ぱ」

「食べる訳ないじゃないふざけているの時代はすぐに移り変わるのもうパピコの時代なんて終わっているのよとっくにそもそも何パピコって響きが可愛ければ許されるとでも思っているのパピるとかはぁ頭オッパッピーなこと言っているんじゃないわよこのパンピー」

「急にめっちゃキレるじゃん」


おもひでぽろぽろどころか粉々にされちゃったよ。












「こたつの中で君とパピる。背徳的ね、実に」

「………」

「素晴らしいわ。やはりパピコね。時代は」


そろそろ怒っても許されると思うんだ。


さっきその存在価値を散々に否定したPさんを吸う、面の皮厚々先輩を俺は少し離れた所からただただ白い目で見つめていた。


額に滲んだ汗を拭う。こたつ自体はすぐに出せたけど、結局は力仕事だったので無駄に汗をかいてしまった。

なので、今おこたでまったりしているのは漸く布団から這い出てきた珍獣と白猫の獣二匹だけである。


布団の次はこたつ。結局寄生先が変わっただけで何も成長していない…。

猫はこたつで丸くなる、とは言うけれど。丸くなっているのは寧ろ。

それでも彼女は満足そうである。


「どうしたの藤堂くん。君も早く来なさい。凪沙寂しい」

「暑いんですよ」

「冷えるわよ、すぐ」


こたつからは頑なに出ずに、限界まで伸ばした腕で俺の手を引っ張り聖域へと引きずり込むパイセン。逆らうと面倒くさそうなので俺も大人しく従うことにする。

全く、そんなこたつ一つで何かが変わるわけ……、…、あ〜…ぬっくい。至福。

人生変わるよ。そう、こたつならね。


「ほら藤堂くん。ここ来る前に買ってきたから、みかん。貪りなさい、皮ごと」

「俺真人間って言いましたよね?」


お馴染みの微笑みと共に楽しそうにみかんを差し出してくる彼女。ようやっとまともな真鶴凪沙が帰ってきたらしい。いやまともじゃないか。ん?まともな真鶴凪沙ってどの真鶴凪沙だ?7話くらい?


途端に訪れる、二人揃ってこたつに入り、みかんを堪能する静かな時間。

驚いたな。蟹だけでなくみかんにまでそんな力が。


先輩は何とも楽しそうにみかんの皮を弄っている。あまりに速くて手元が見えないくらいに。


…しかし、あれだな。こうして何気ない時間を無言で過ごしているのって、いや…


「熟年夫婦みたいよね。何だか」

「………」


人が言わずにおいたものをまぁあっさりと。

さっきからみかんの皮で孔雀を作っていたらしい先輩は、その出来栄えに満足したように頷くと、俺の方に向き直してみかんを差し出してくる。


「はい、あなた。あ〜ん」

「自分で食べま」

「あーーーーーーーー」


分かった。分かったから。みかんは止めて。押し付けないで。潰れる。潰れて顔面酸っぱくなっちゃうから。


「美味しい?」

「……悪くはないです」

「ふふ、可愛くない」


む、旦那の頭を撫でるとな。我が家は亭主関白ぞ。


…しかし、よく熟したみかんだこと。だから食べるのに夢中で彼女の方を見ないのも普通なことですね。

ニコニコ笑顔で見つめ続ける視線にとても肩身の狭い思いをしながら、ふと思案する。


冬に近づき、寒くなり始めたということは今年も残り少ないということ。

真に残念なことではあるが、藤堂の家には年末年始は家族皆で団欒しまひょ、という超絶縛りプレイが存在する。つまり否が応にもまたあの人と正面から向かい合わなければいかん訳で。

それを考えるだけでぽんぽんが……。いや、これアイスとみかんのせいだな多分。


そしてもう一つ。


「………」

「…ああ…、ろろ…貴方はまさににゃんこ界の火力発電所……」


このまん丸を抱きしめてまん丸くなってとろけているまん丸さんは、来年卒業するはずだけど、果たして進路はどう考えているのか。

うちはたしか付属校だったはずなので、そのまま大学へと進学するのかそれとも。

彼女からはそういった話を何も聞いたことがない。所謂、将来の話を。




思い返せば、少し不自然なような。…いや、そういうものだろうか、




考えれば考える程に、思考はどんどん泥沼へと。


「………」


だからこそ気づかなかった。

丸い白猫を胸に抱えるその奥で、温度を失った瞳が静かにこちらを射抜いていたことを。

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