第23話 ホラーナイトアゲイン

「『おらこんな村嫌だ』シリーズの新作出たんですけど先ぱ」

「『たまにはこんな日もいいかも。そう心から思える一時だった』。はい、この話おしまい。進みなさい、次のページへ」

「どうして…」


例に漏れず何でもない日。ウキウキと、取り出したるは義務教育教材。

100人が観れば99人が傑作と認めるであろうこの神作を、唯一の例外たる一人は心の底からうんざりした顔で見つめている。一体、何が気に入らないと言うんでしょうね。皆は分かる?


「まさか、観ないというのですか?」

「私そんな映画嫌だ」


信じられない。まさかこの心躍るパッケージを見せられて拒否する人間がこの世に存在するだなんて。


ころん。ベッドで寝転がっていた彼女は不貞腐れる様に寝返りを打つと壁を向いてしまう。短いスカートが乱れようとお構い無し。てめえ一人で勝手にやってやがれというお達しらしい。


「じゃあ翠と観ます」

「やめなさい」


ころころん。戻ってきた。

パッケージ片手に意気揚々と立ち上がろうとした自分の裾を掴むそのお顔は心の底の底からげんなりした顔で。一体、何が気にくわないと仰るんでしょうね。皆は以下略


「どうしろというんですか」

「こっちの台詞よ」


わがままだなぁ。もう少し落ち着いた年上としての威厳見せてほしいよね。ところでいい方法あるよ。この映画なんだけど。


「どうして君はこう……もう。で、前作は何だったかしら。『惨劇の寒村』?」

「そして今作は『おらこんな村嫌だ4〜進撃のジョンソン〜』です」

「誰よジョンソン」


13日の日曜日だけに出没するという、能面をつけた狂気の殺人鬼。今作における重要なファクターである。因みに作中の時間帯は14日の月曜日です。


「なんと、今作から幽霊と宇宙人も参戦するんですよ!」

「知ってる?水と油って。どうして相反する光と闇を融合させようとするのよ」

「王道じゃないですか」

「ファンタジーならね」


目茶苦茶面倒くさそうな顔とは裏腹な素早い動きでパッケージを奪われる。それを裏返した先輩の顔はうへぇあ、とでも言いたげにそれはそれは大きく歪む。


「『溶鉱炉に飛び込み、死したはずのゴーストバスター・吉三。目が覚めた時、彼は霧の立ち込める静岡の森の中にいた。遅い来る謎の巨大な顔、かつて打ち破った者達の亡霊。そして、モフネクロ人。武器はいつの間にか持っていた謎のカメラと釘打ち機のみ。果たして吉三はこの恐怖の森から無事生還出来ることが出来るのか』。何なのかしらね、この…………何なのかしらね」

「ワクワクしますね」

「よく話し合いましょうね。真摯に」


変かなぁ。







「大作でしたね…」

「出来だけはいい。本当に…。無駄に…」


吉三がおらこんな世界嫌だという台詞と共に世界の怨念を一身に引き受けて自爆するラストシーンは嗚咽無しには見れなかった。もう、文化遺産だよこんなの。


溢れ出る涙を拭っていれば、先輩は限りなくやばいものを見る目でこちらを見つめていた。目がさっき出てきた亡霊達より死んでいる。何かおかしなことでもあっただろうか。

やっぱりティッシュ欲しいよね、素直になれよ。そう思って箱を差し出したらハイキックで蹴り飛ばされた。そしてティッシュはベッドの上へ。お見事。


「何でしょうか」

「君は何故この時だけ著しくIQ下がるの?」

「何がでしょうか」


無言でチョップされた。眉根を抑える先輩は何とも苛立たしげで。

足りないんじゃないの?カルシウム。もっとホラー観ようよホラー。人の根源にある恐怖という感情からしか取れない栄養がある。そんなことを考えながら外を見れば、いつの間にか空はとっくに闇に染まっていた。


「ホラー描写だけはしっかり正統派なのが本当に腹立つわ………どこよ。ジョンソン」

「14日なんだから出てくる訳ないじゃないですかあはは」

「そろそろ出るわよ。拳は」


こんなの私のキャラじゃない、絶対…。そんなよく分からないことをぼそぼそ言いながら人の頭をぐりぐりくしゃくしゃと乱暴に撫でると、先輩は帰ると一言告げて帰り支度を始める。俺もその不機嫌そうな背中に黙ってついていく。


玄関の扉を開ければ、例の如くそこには全てを飲み込む暗闇が広がっている。一瞬、ほんの一瞬ではあるが上げかけた先輩の足が止まる。



その横を何ともなしに俺は通り過ぎて、そして振り返った。



「…行かないんですか?」


帰ると言い出したのはそっちだろうに。

けれども何故か先輩は目をぱちくりと丸くしながらこちらを見つめていて。


「…そうね。送ってくれるの?」

「そりゃ、まあ」 

「ふーん…」


さっきとは違う、優しい感触が頭を。

無言で人を撫でくり回した失礼な当人はさっさとエレベーターへと歩を進めている。何とも自由なことだと呆れながらも、俺も特に反抗することなくついていく。

眼の前の小さな背中、その足取りは心なしか軽く見えた。







エレベーターを待つ時間。乗ってから降りるまでの時間。降りてから、暫く歩いてそして今。

その間、会話は一切無かった。

横並びで、歩く速度はのんびりと。俺にとっては流石に遅い速度だけど、不思議と心地悪くはなく。


「ね、蓮」

「はい?」


なんてことの無い静寂に響く、なんてことの無い声。

少し小走りで前に出た先輩が腰を曲げて下から覗き込んでくる。


「家くる?」

「?流石にこんな時間に迷惑でしょう」

「ふぅん…?」


面白そうにニヤニヤと頷く先輩。

何でニヤついてるんだろうかね。よく分からない。


「…ま、お宅の娘さんをお世話している訳だし、おばさん達に謝礼の一つや二つ貰いに行くのも吝かではないかもしれませんね」


散々人んちでフリーダムしちゃってくれてる意趣返しでもないけれど、ほんの意地悪を込めてそんなことを言ったところで


「なら、お世話してくれる優しい君に、手のかかるお姉さんが奢ってあげましょう。アイスでも」


返ってくるのは余裕綽々の笑顔だけ。最初から分かりきっていたことですけどね。


「わーありがとうございます。じゃあ俺ハーゲ」

「半分こしまょうね。パピコ」


金銭的には余裕は無かったらしい。


「器が小さいくせにお高くとまった高飛車より、時代はパピコよ。見なさい蓋の中まで気持ちたっぷりな上、一つで二度美味しいのよ」

「ハーゲンに家族でも殺されたんですか?」


真鶴家冷凍アイス殺人事件。扉が閉まるアイキャッチが挟まったところで、先輩が買ってきたパピコをありがたくいただく。


「パピりなさい。景気よく」


パリピみたいに言わないでよ。

オレ、アイツラ、キライ。存在していい次元が異なるというか。光と闇を混ぜていいのはやっぱホラーだけだよね。ホラー最高。…パリピの生態もホラーと言えばホラーか。


町を少し上がった階段の上で、二人仲良くパピる。……パピコを食べる。

無論あっという間に無くなったけれど、俺も先輩もすぐに立ち去ろうとはしなかった。

いつの間にか互いの距離は肩と肩が触れ合う程に近く。いつの間にかというか先輩の方からだろうけど。

そこはかとなくもぞもぞする心を誤魔化していれば、先輩から声をかけてきた。


「…そう言えば、クラスのつばちゃんに聞かれたのよね。『お祭りの日、一緒にいたあの人はだぁれ?』って」

「青島とでも答えておけばいいんじゃないですか」

「ぎばちゃんじゃなくて」


君何歳よ。そう言ってまたチョップ。今日はチョップ最多の日。別に何にも悪いことしてないのに。

来た、とも思った。狭い町なのだ。当然、分かっていたこと。そしてそれはこれからどんどん増えてくる。彼女と過ごすとはそういうことだ。


「こほん。皆が集まってちょっとした騒ぎになってしまってね。あれよこれよと」

「いいことじゃないですか」

「…?」


空になった容器を吸いながら頷く。

そう。いいことだ。そうやって皆が集まって、この人が何の変哲もない、一人の女の子だと知ってもらえれば


「いつか友達として、気兼ねなく祭りに行ける様になるんじゃないですか?」

「…そういうもの?」

「そういうものです」


そのために、俺はもっと彼女の隣に当然の様に並び立てる様にならなければいけないのだろう。

真鶴凪沙は高嶺の花なんかじゃないんだと、皆に広く知ってもらうために。


「…してない?後悔」

「してません」


そうじゃなければ、最初から誘ったりなんてするものか。

間髪入れず言い切った俺を、先輩はまじまじと見つめ


「蓮」

「はい」

「…格好よくなった?ちょっと」

「男の子ですからね」


言ってて恥ずかしくなったけれど、黙って格好つけておこう。男の子ですからね。


「子供じゃないんですから」

「…そうね」


そう言った彼女の顔に一瞬、影が差した気がして思わず二度見したけれど、既にその顔はいつも通り。気の所為だろうか。この時の自分は深く考えることもなかった。


今度こそ先輩が身体を離す。ぽんぽんと誤魔化す様に俺の体をはたいて、最後にまた頭を撫でるといつもの様に微笑んだ。


「帰るわね。ありがとう、送ってくれて。お休みなさい。蓮」

「…はい。お休みなさい、凪沙、先輩」

「うん」


いつも通りの笑顔、いつもと違う弾む足取りで彼女が去っていく。

…やはり、気の所為だろうか。そのいつもの裏に、微かに寂しさが見え隠れしたような気がするのは。


「…ままならないなぁ」


焦る必要なんて無いはずなのに。

深い溜息をつく俺を、月明かりだけが朧に照らし続けていた。

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