想いは静かに交差して

第21話 戻る日常

「ゲーム実況ってあるじゃない?」

「まあ、ありますね」


あの祭りを経て、何かが変わったといえば変わったけれど、普段から大きな変化があるわけでもなく、俺達はただただいつも通りに過ごしていた。

ただ、少し距離感が近くなったような、雰囲気が柔らかくなったような、まぁせいぜいその程度だろうか。


そしてソファーでくつろぐ人の膝の上に頭を乗せたまま、本を読んでいた彼女がいきなり発した言葉がこれである。

実況か。ふむ…まぁ、今となっては、割りとポピュラーなものだろう。良くも悪くも。


「やってみて」

「人の心とか無いんですか?」


だからといってじゃあ、とかとりあえず、でやらせていいものじゃないんですよ。

知らない人の前で喋るのすら億劫なのに、顔の見えない不特定多数相手になんてもっと嫌に決まってる。こちとらメンタル豆腐なんですよ。また殻の中に引きこもってしまう。次話で約束を即、蔑ろにするとかクズってレベルじゃないでしょう。主人公失格。…主人公ってなんだ。


「するから。スパチャ」

「いらない」


再生数1でスパチャって。サクラやん。


「というわけで今回やってもらう作品は、これ。『ぼきめきメモリーズ』」

「聞いてます?」


そう言って例の如くいつもの微笑みでパッケージを手渡された。

しかし、すっごい物騒なタイトル出してくるね。如何にして相手の心を折るかを競うゲームってこと?ドカポンの方がまだ可愛げあると思うよ。やったことないけど。


「安心しなさい。女の子を攻略するゲームだから。普通に」

「なら余計タイトルに疑問を抱くんですけど」


それにそういうジャンルってひたすら文章や台詞が続くタイプじゃん。トークで盛り上げるというか。いよいよ素人が気軽に手を出していいものじゃないよ。


「どうせやるなら『釜井達の夜』とかの方がいいです。知ってます?登場人物全員釜井って名前の」

「ホラーでしょう。意味ないの、それだと」


嗜めるような軽いチョップをくり出されてしまった。

…意味?よく分からない。よく分からないといえば、最近ゲームもそれなりに楽しくなってきたんだよね。今まではただ時間を潰すために惰性でやってた感じだったんだけど、何と言うか、楽しむ、という感情が湧いてきた。……ロボットかな?

勿論、お金を使いすぎないように注意はしないといけないけれど。


「…まぁ、実況は絶対しませんけど、やるだけならいいですよ。やるだけなら」

「良い子」


飼い猫を可愛がる様に、顎を細い手が撫でる。

その微笑みに抗える人間なんてこの世にいるものかと。

色々と観念するかの様に手足を投げ出すと、ゆるりと重たい腰を上げるのだった。







『話しかけないで、このウジ虫』


『誰の許可を得て呼吸しているの?』


『お前を殺す』


「どの子にする?」

「これドM対象のゲームだったりしません?」

「よく分かったわね」

「分かりたくなかった」


ぼきめきってそういうこと?

つまり貴方は俺を真性のドMだと思っていると、そう解釈してよろしいんでしょうか。え、何?俺を調教したいと?


「おすすめは3番目の緋色唯ちゃんかしら。私的には」

「一番分かりやすい殺意ぶつけられたんですが」


何なのこの人。


「…ふむ。ストレートすぎるのは喜ばしくない…と」

「そもそもMじゃないです」

「…そう?…なら、楽しみにしているわ」

「何が?」


何で急に身体震わせて頬赤らめてるの?ちょっとぞくってしたんですけど。

…いやぞくっていうのは嗜虐心とかそういうことじゃなくて寒気が走ったとかそういう類のことなんで決して誤解してほしくはないんですけど誰に対する釈明だこれ。


「ほらほら、攻略しなさい。どりどりよ」

「えー……?」


ポンポポ、ポン。謎のリズムで背中を叩かれながら、苦渋の選択を迫られる。

…まぁ、敢えて選ぶなら、こっちの大人びた先輩キャラかな…。…他二人が癖強すぎるというか。そう思って選択肢を選べば


「ふふふ」

「………」


…あくまで消去法なんだけど。何でそんな嬉しそうにニヤニヤしてるんですかね。







『…これでもう、ワタシだけのモノだね…』


「殺されたんですけど」


ドM向けだと思ってたらヤンデレ要素も含んでいただなんて。着々と仲を深めていたと思ったら急転直下。めっちゃ良くできたサイコホラーだった。何だよこのゲーム神ゲーかよ。


「どう?」

「素晴らしいですね。伏線の張り方が実に巧妙でした。まさか主人公が実は魔じ」

「そうじゃなくて」


画面ではドスを持って主人公に馬乗りになったヒロインが恍惚な顔で笑うCGが映し出されている。血みどろになった周囲とのアンバランスさが実に素晴らしい。

成程、これが…『映え』というものですか…。完全に理解しました。


「…ヤンデレ自体には特に興味無し…と。……ん?…無いのよね?……興味……」

「何か言いました?」

「ううん」







『私も…愛してる……!!』


「………」

「あら、良いエンディングじゃない」


町の子供達を見守っている時の様に、慈愛に満ちた微笑みで彼女は笑う。

…崖の上で想いを伝え合って、今まさに抱き合っている二人が映し出されているんだけど…何かなぁ。新鮮み無いんだよなぁ。

もっとこう、斬新な結末を見たいというか。


「…今から彼女が豹変して主人公突き落としたりしませんかね…」

「…………」


そしたら間違いなく神ゲーなんだけどなぁ。


「…馬鹿馬鹿しくなってきたから、もう聞いてしまうけど、ストレートに」

「はい?」


ご機嫌斜めな声につられて隣を振り向けば、珍しくも可愛らしく拗ねた様子の先輩が。頬杖をついて、溜息セットで首をこてんと傾げると呆れた目でこちらを覗き込んでくる。


「…どういう女の子がタイプなの?君」

「どうって」


…今更?

先輩は何やらこほんと小さく咳払いすると、びしっと指を突きつけ


「……君のことなんて好きじゃないんだから!全然!」

「………」


「何でもないわ」


ぐえ。そのまま突きつけた指を勢いよく開いたと思ったら、突如頬をわし掴まれ、無理やり反対方向を向けさせられた。首から不穏な音がなったけど向こうは気にする様子も無い。


「………」


そのままわし掴まれたまま明後日を見つめ、考える。

どういう女の子がタイプ…?か。まさかというか、そんなことを研究するためにわざわざこれをやらせたとでも言うのだろうか。


…もし俺が仮にヤンデレ大好き、とか言い出したらどうするつもりだったのだろう。見てみたいような恐ろしいような。


まぁ、強いて言うのなら。


さっきの拗ねた顔は、このゲームのどの女の子よりも可愛かった。


なんて言えるわけないので


「翠みたいな子…ですかね」

「……………」


適当に誤魔化した。

…つもりだったんだけど。

それを聞いた先輩は何故か絶望に染まった顔で俯いてしまった。


「そう………やはり……そうなのね……許されない禁断の関係………燃え上がるわよね、それは……」

「あの」

「まさかここに来てすーちゃんが立ちはだかるだなんて……」

「すみません。冗談ですから」


俺の言葉を聞いて、ゆらりと面を上げた先輩の長い前髪から覗く瞳は、暗く、昏い、底知れない深淵。

……あれ?もしかしてヤンデレ要素ある?


「…本当に?」 

「そこ疑われちゃうの?」


…当たり前ではないか。どれだけ可愛くとも愛らしくとも妹君相手に欲情するわけない。みたいなって言ったじゃん。みたいなって。そこ目茶苦茶大事だよ。


「…シスコン」

「ぐ」


ただ結果として大いなる誤解を生み出してしまった訳で。

早急に訂正しなければならないところではあるが、もしそれで、じゃあどういう子がいいの?だなんて言われては、いよいよ逃げ場が無くなってしまう。ここは我慢、守りの一手で


「じゃあどういう子がいいの?」


ねえ知ってる?しなくても逃げ場って無くなるものらしいよ。

突然、あっさりと押し倒されたと思ったら、馬乗りになって先輩が見下ろしてくる。

つい先程見たシチュエーション。けれどそこに込められた思いは、近い様で遠く。

ふざけている訳では、ない。瞳はあくまで真っ直ぐにこちらを見据えている。


「あー…」

「………」

「あの」

「…………」


「……………」



「……いいわ。やっぱり…」

「え」


煮えきらない自分に呆れ果てたのか、先輩は力を抜くとそのままお構いなしにこちらに倒れ込んでくる。

胸元に押し付けられる柔らかな感触に、歓喜の叫びをあげて暴れ回る心さんちの臓君。こちとらそれを必死に抑えこんでいるというのに先輩は呑気に、いや寧ろ分かった上で楽しんでいるのだろう、首筋に顔を埋めて、脇腹の辺りを指でぐるぐると弄ってくる。


「染めればいいだけだものね。私色に」

「………」


………。


「…おっとこ前ー……」

「知らなかったの?強いわよ、この町の女性は」


最近のお気に入りなのか、顔を上げると人差し指をこちらの口に添えて、ご機嫌に彼女が微笑む。

今、俺はこんなにも分かりやすくその笑みに心奪われているというのに、彼女は気づかないのだろうか。


「差し当たり、クーデレ辺りかしらね?次は」


そんな心配することなんて、何一つ無いというのに。


けれど、面白そうだからもう少し黙っていよう。

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