第19話 喧騒の中で

我が学園のマドンナ・真鶴凪沙は処世術、というべきか他者との距離感を計ることが実に上手い。相手が不愉快と感じるかどうかのラインを絶妙に見分け、それでいて嫌われることなくその場を収める。


なんて羨ましい能力なんだろう。そう思うと同時にそうしなければならなかった彼女の胸中を思えば何ともやるせなく。


そしてその反面、一度心を許した人に対しては大変、情が深いのだが。


…俺が言うと説得力あるでしょ?







「─たこ焼き、わたあめ、ふぁみちき、りんご飴、キャンドルボーイ。今年もどりどりね」


空もぼちぼち色を失い、提灯の光が鮮やかに町を彩る時間帯。二人でただ目的もなく歩くだけの穏やかな時間。手渡されたわたあめをはむはむと口にする。

何とも浮足立って辺りを眺める彼女は、意外というかまだ何も口にしていない。

それでも合流してから今に至るまで、何故か楽しそうに微笑んでいるが。


「…きゃん?どりどり?」

「色とりどりの選り取り見取り」


今、絶対幾つか変なものあったよね。キャンなんちゃらって何だろう。


「あら藤堂くん。まぐろやきもあるわよ」

「…まぐろ?たいやきではなく?」


「そう。金物屋の金重さんが孫の願いを叶えるべく、原寸大で作り上げた特注品の型で作るまぐろサイズのたいやき、否まぐろやき。欠点は作るのがとにかくしんどすぎること。終わりね。少しでも何かが遅れたら」

「…それ食べ切れるんですか?」

「大丈夫よ。するから、カット」

「むしろ、レベル下がってません?」  


腹の部分とか頂いたところで、もはやたいでもまぐろでもないと思うんですけど。


「駄目よ。細かいこと気にしちゃ。はい、あ〜ん」

「え」


まぐろやきとやらを買ってきた先輩が一切れ差し出してくる。

……はてさて、これは一体どこの部位なんだろうか。…丸い……。あ、…目玉?…え…グロ…。


「あ〜ん」

「な〜ん」

「…ロロは駄目」


頭上から伸びてきた柔らかな肉球を華麗に避けて、体壊したらどうするの、なんてじゃれ合い始めた二人を横目に屋台を眺める。

成る程、どりどり。言い得て妙だ。カルメ、オランダ焼き、じゃがバター、サーターアンダギー。欲張りにも程がある。いや、本当に。


もっとこう、…シンプルでいいんだけど。あ。


「先輩、あそこにかき氷ありますけど」

「あら、いいわねかきごお……いえ、駄目かも。やっぱり」

「え、そう、ですか…」

「…うん」


白猫との一進一退の攻防に見事勝利した先輩は顔を輝かせて、と思ったらすぐ思い直した様に。

何だろう。メロンとかイチゴとか美味しそうなのに。

…まあ、お腹冷えたら確かに面倒かもね。じゃあ…何か別の…。


「あ、先輩、向こうに射的ありますよ」

「あら、いい…いえ、駄目だわ、射的は」

「…何でですか?」

「出禁なの」

「何やらかしたんですか?」

「色々」


「「…………」」


そして訪れる微妙な沈黙。流石に彼女も気まずそうに。


「あの…藤堂くん」

「…はい」

「誤解してほしくないのだけど、決してつまらないとかそう思ってる訳ではなくて、あの…」 


「…だから…」

「………」




「よ〜よ〜。そこな仲良しさん」


始まりかけた気まずい沈黙を打ち破ったのは、何とものんびりした声だった。

何気なく歩いている内に、随分半ばまで来ていたらしい、俺達の横にはいつの間にかシンプルイズベストな焼きそば屋台。


そしてその下には。


「いぃいいンぁしゃーせ〜…」


へんてこなお面をつけた、声からして多分男の人。


その横にいるニコニコ笑顔の月城先輩はどうやら焼きそばを売っているらしかった。

手元が霞んで見えない程に、素晴らしい腕前。出来上がったそばから隣りにいる…男性?が息のあった連携で受け取ってみるみる容器が積み上がっていく。

…それはいいんだけど、何者だろう隣のあのひょっとこ。口元が目茶苦茶リアルで気持ち悪い。何か奇妙な冒険とかに出てきそうな歪み具合。客足むしろ遠のいてるんだけどいいんですかね。


「んんゆぅあきそあいあぁっすああぁ〜…」

「なんて?」


そして目茶苦茶テンションの低い声でひょっとこがもごもご籠もった声で話し出す。

分かるわけないでしょうよ。


「『焼きそばいかがですか』、だそうよ」

「当たりー」

「分かるの!?」 


これだけ珍妙なひょっとこなのに、しかし子供人気は高いらしい。ちびっ子共にせがまれて、親切にお菓子をほいほいと分け与えているひょっとこ。これが俗に言うきもかわ、というやつなのだろうか。

…その背中をよく見ると、『私は出禁にも関わらず素性を偽りまた射的屋を荒らしました』という張り紙がぺたりと貼られている。いよいよやばい人だと思う。


「…ああ、だから低いのね。テンション」

「…あの、あの変な人知り合いなんですか…?」

「うん。というか知ってると思うわよ、君も」


今明かされる衝撃の事実。えぇ…変態に知り合いなんていないはずなんだけどな…。

最近はあまりお祭りに来たこと無かったけど、よく見たらちらほらあの人と同じ珍妙なひょっとこお面着けてる子供いるし。どうしちゃったのこの町。


「焼きそば……」

「はいはーい。食べる?」

「ああぁりあとぉ゙じゃあっさ〜〜…」

「なんて?」

「『ありがとうございました』、だそうよ」

「へー…」


まだ買ってませんけど。

真鶴凪沙は宇宙語翻訳機能も搭載している。初めて知った新情報である。

差し出された青のりで彩られた濃厚そうな焼きそばを、けれど先輩は神妙に見つめるだけで受け取ろうとしない。


「凪沙?」

「…ごめんなさい志乃さん。遠慮しておきます、やはり」

「え。どうして……って、……、あー……うん、そだね…」

「「?」」


何やら訳知り顔で頷く女性陣。俺達男二人は互いに顔を見合わせ…たくないや。そっと距離を置く。


「んんぉおえおんあんぬぇえんええう……」

「『とても残念です』、だそ」

「もういいです」







「へい、そこの少年」

「え?……え゙」


月城先輩に呼び止められ、何やら話し込んでしまった真鶴先輩を待つ手持ち無沙汰な時間。何の意味もない、よく分からない、人見知り特有の誤魔化しとして手足をなんとなーくふらふらといじっていると、後ろから突然声が。

振り向いてみれば…うわ、さっきの変態ひょっとこ仮面。というか普通に喋るんかい。


「花火、見たくないかい」

「……え、ええ、まぁ」


ひょっとこがずいっと顔を寄せてくる。下手なホラー映画より怖い。

恐らくはこの後催される打ち上げ花火をさしているのだろうけど。


「…実は良い穴場があるんだけど」

「あ、結構です」


丁寧に、丁重にお断りさせていただく。

変態の変態による変態のための変態ひしめく変態スポットとかに案内されたらたまったものではない。無いです。そういう趣味。


「あ、待ってうぇいとお待ちなすって、真面目な話」

「真面目な人がするお面じゃないんですけど」

「いやまじで待ってじゃないと俺が志乃に怒られいや何でもない」 

「……志乃?」


……志乃……その反応を見て思い当たる。…え、もしかしてこの人先輩の恋人とか?

今、こんなとち狂った格好してるこの人が?

けれどそれならあの息の合い方も納得出来るわけで。


月城先輩の婚約者。即ち彼女の幼馴染。つまり、一応、まともな人。…一応。


「……穴場って?」

「…君は本当に良い子だねぇ」


溜息だけついて何も聞かずにいてくれた俺に、心打たれたかの様に身を震わせるひょっとこ。そういうのいいんで。


「…普段、俺と志乃が毎年お世話になってる秘密の場所なんだけど、今回はお前達に使ってほしいってさ」

「それはまた、どうして」

「さあ?あいつご機嫌だったし、俺も深く聞いてない」

「………」


まぁ、恐らくは100%善意のお節介なんだろうけど。


彼に教えられた場所と、時間を確認する。…ぼちぼちちょうどいい時間かもしれない。

残された問題としては、どう誘うべきか、だけれど。


「藤堂くん」

「…はい?」


「行きましょうか」

「………」


その必要も無かったらしい。後ろからやってきた彼女に背中を優しく押され、ゆっくりと前へと。

彼女から受け取ったロロを頭に乗せて、何ともだらしない笑顔で手を振る彼女に見送られ、少し道を外れた山道へ。

…飲食を扱う身として大いに気をつけてもらいたい、などと思っていたら、ひょっとこも同じ気持ちだったらしい。頭から取り上げて早々、眼の前に現れた化け物にびびったロロに顔面を叩かれていた。


懐に手を伸ばす。そこに忍ぶ固い箱の感触が緊張を解して、…くれない。

果たして本当に渡すことなど出来るのだろうかと。ひどく心細い心地で、頼りなく彼女の後に続くのだった。

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