第18話 待ち合わせはお早めに

我が学園が誇るマドンナ……あの、別にもう書くこと思い浮かばないんですよねどうしようかな。


…えっと…、あ、そうそうあの人激辛ラーメンとか好きだよ。汗一つかくことなく笑顔でずるずる食べる。真鶴だけに。やばいよね。


あ、石投げないで。







「翠。俺達兄妹だよね」

「兄様がまた遠ざけたりしない限りは」


俺が発した言葉に振り向きもせず、ちょっと突き刺さる台詞を言うと楚々として茶を啜りながら翠がそんなことを言う。

妹の可愛らしいお顔は既におざなりと化している。それもそのはず、このやり取りを既に片手では足りない程に繰り返しているのだから。


「だから」

「はい」

「…その」

「はい」

「…俺達兄だ」

「帰ります」

「あ、ごめんなさい待ってお願い」


ここで君に見捨てられたら私は本当に困ってしまうのです。細い脚にしがみついてでも逃がしはしない。セクハラじゃないよ兄妹だから。いやしがみつかないけど。


「…これ、どう思う?」

「…腕時計、ですか?」


俺が差し出したのは、小さな箱に入った腕時計。シンプルではあるがそれなりに小洒落たデザインは、我ながらセンスの良いものを選んだと自負している。

…そして何故だろうか。翠は顔を赤くして俺と腕時計を何度も見比べている。


「え、兄様、あの、もしかしてこれを私に……?」

「いや違うけど」

「……………」


彼女を誘うと決めてから色々と考えたのだ。果たしてただ出かけて終わり、というのもいかがなものかと。長い間離れ離れになっていた罪滅ぼしというつもりはないが、それでも何か形のあるものをあの人に何か贈りたい。そう思った。

これまでも何だかんだ一緒に出かける、ということは今まで無かったのだ。過ごすのはいつも部屋の中。外では彼女は仮面を被っているし、自分は情けなくも隅っこで本の虫と化している。それでも彼女は嫌な顔一つせずに。


色々と、本当に色々と考えたのだ。そして、都合のいいことだとは思うが、もしこれからも彼女の隣で過ごすと考えた場合、一番しっくりくるのが時計だった。理由は分からない。けれど、すとんと胸に落ちた。

もしかしたら、彼女には私に贈るよりもまず自分の私生活を充実させなさい、とか怒られそうだけど。

…ただ、少しデザインが男性よりだっただろうか。それも含めて、意を決して落ち着いた清楚な装いを悠々と着こなしてみせる、あの人曰くなう?なやんぐであげあげな我が妹に意見を求めてみたのだけど。


「いーんじゃないですかー」

「翠?」

「ねーさまによくにあうとおもいますよー」

「すーちゃんさん?」


な、何かご機嫌斜め?

机に突っ伏してそっぽを向きながら頬を膨らませる姿は素晴らしく可愛らしいとは思うけれど、ことここにおいてはあまりよろしくない。こちらも割りと必死なのだ。求む女子力。


「翠、俺は真面目に」

「私も真面目ですよ」

「……」

「はい、良いと思います。偽りなく」


成る程、ぶすくれてはいるけれど、こちらを真っ直ぐに射抜く瞳は確かに優しかった。

どれだけ怒っていても、人を無碍にする様な真似は決してしないのだから、本当に良い子に育ってくれたものだ。これも親の、…彼女の父親の教育の賜物だろう。


「…ありがとう。翠」


これにて第一関門はクリア。となるとお次は。


「…私は別に」

「だから、…じゃないけどはい」

「え」


そう言って俺が手渡したのは、白地に大人らしい刺繍があしらわれた小さなポーチ。

寂しい思いをさせたのはあの人だけじゃない。眼の前のこの子だってそうなのだ。

お礼のつもりでも、ましてや詫びのつもりもない。ただ兄として、妹にプレゼントを贈ることくらい兄妹として至って普通のことだろう、とでも無理やり納得してほしい。


とはいえ、年頃の女の子、ましてや最近まで疎遠だった妹に対しての贈り物だなんて、それこそ時計と同じくらい悩みまくったが、こうして直近の彼女を知る機会に恵まれたから何とか任務を果たすことができた。

だけどやっぱり恥ずかしいものは恥ずかしい。熱い顔を誤魔化す様に、一息に茶を呷る。


「……」


受け取ったポーチを呆けたように見つめたまま全く動かない翠。喜んでいるのか、そうでないのかすら全く判断出来ない。彼女の性格からして突っぱねることもないとは思うけど。思いたいけど。


「…あー…と、使ってくれたら嬉しい、な、なんて」

「兄様」

「はい」

「額縁に入れて飾りますね」

「使って」


どうやら喜んではもらえたらしい。でももうちょっと素直な年頃の可愛らしさ欲しかったなぁ。やっぱり悪い影響受けてない?


「…そ、それより兄様。そろそろ良い時間なのでは?」

「あ、そうだね。じゃあ行って…」


翠の言葉に釣られる様に時計を見る。本日はいよいよ約束の日である。

悩みを当日に相談するのも如何なものかと思うが、相談できただけ偉いと褒めてほしい。本当にこれで良いのかと心臓ばっくばくだったのだから。


「…一緒に行く?」

「流石にそこまで無粋ではありませんよ」


立ち上がった時、切りそろえられた艷やかな髪の間から一瞬、垣間見えた寂しげな表情が気にかかり、つい提案してしまったけれど、幼子を叱る様に嗜められてしまった。


「ご心配なく。私は私で約束がありますので」

「ああ、そうなんだ」

「はい」

「………」

「………」

「………男?」

「性的嫌がらせですよ。出歯亀兄様」

「言い方ぁ!!」


やっぱり悪い影響受けてる!!







「うぇーい、大盛き……中盛況ー…」


簡素な屋台が立ち並ぶ通りを練り歩きながら、目的の人物を探す。約束の時間にはまだ早い。けれど店を冷やかすという気分でもなかった。せっかくなのだからあの人と一緒に見て回らないともったいないと、そう思ったから。


そこそこ盛況のそこそこの人混みを抜けて、町民御用達の神社の前で小休憩。

夏も過ぎたというのに、まだまだ暑い日は続く。少し季節外れの祭りだけど浴衣姿の人々は珍しくもない。

そして右を見ても左を見ても何処かで見知った顔しかいない。本当に狭い町だと思う。だからこそ助け合いの精神、というか遠慮の無さが根付いているのだと思うが。

まぁ、自分引きこもりなんですけどね。あの人の受け売りなんですけどね。


「あら、早いわね」


緊張で寝不足だったせいか欠伸が出かけて、馴染みに馴染んだ大人びて落ち着いた声が耳に届き慌ててかみ殺す。

…そっちだって人のことは言えないだろうに。もしかして本当に楽しみにしてくれたのかな、なんて自惚れながら振り向けば。


……、…。


「…………」

「藤堂くん?」


深い藍色の浴衣を颯爽と着こなし、普段流している長い髪を横で一纏めにして簪で留めた、今までに無い雰囲気。浴衣にあしらわれた柄は、睡蓮、だろうか。初めて見る真鶴凪沙がそこにいた。


彼女のことだからいつも通りの普段着でいつも通りに過ごすと思っていたのに。

あまりの不意打ちについ言葉を失った。彼女の周りだけ明らかに空気が異質だ。学園とは比べ物にならない程に。

綺麗、などという言葉では到底表現出来ないくらい、それくらいだらしなく見惚れてしまっていた。


「………」

「……変、かしら?」


変、というか。


「あの」

「うん」


「頭」

「うん」

「じゃなくて」

「なー」


頭の上に鎮座する白猫もそれはそれで気になるのだが。


放心、とはまさにこのことを言うのだろうか。不意打ちに備えて、あれだけ考えていた気の利いた台詞は何もかも吹き飛んでいった。吹き飛ばされた。


代わりに出てきたのは


「…綺麗、です」


…表現出来ない、という言葉は何だったのか。

ありふれすぎた言葉を何とか絞り出すことしかできない。何処までも情けなくて涙が出るのではないかと錯覚するくらいに。


そしてそんな彼女の反応ときたら。


「…そ。出た甲斐はあったわね。町内エアギター大会に」


何とも淡白な素っ気ない態度と声色で返される。

ああ、男としてのあまりの情けなさに彼女も流石に失望してしまったのか




とは全く思わなかった。


「うん。…甲斐はあった。…うん…」


纏めた髪をそわそわと指で弄る彼女の顔は、そっぽを向いているけれど確かに赤く色づいていて。…てっきり軽く流されるとばかり思っていたのに。

どうせ大会も照れ隠しだったのだろうけど、いつになく、どこまでもいじらしいその姿が


「可愛い……」


と。

…どれだけ絞り出してたところで、出てくるのは子供でも言えるありきたりな褒め言葉。

だけどつい口をついたその言葉は紛れもなく、紛うことなき心からの本音。


ありきたりなのに


ありふれているのに


それでも


「………ありがとう」


彼女は嬉しそうに顔を綻ばせてくれるのだった。

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