第14話 お姉さんもう一人

我が妹・藤堂翠は清楚で淑やか、どこに出しても恥ずかしくない、まさに大和撫子の体現者とも言うべき自慢の妹である。


この世の汚いことなど何も知らないのではないかというその純真さは、時として危うく映る程で。

近頃はなんと、我が学園のマドンナとも仲良くやっているとか何とか。兄妹お世話になったのだから、別に何を言うつもりも無いのだが。


……所で、話は変わるがここで一つ、こないだの兄妹の何とも微笑ましいメールのやり取りを見てほしい。こいつをどう思う?


『兄様。私にはどんな服が似合うと思いますか?』

『………いつも通りの?』

『やはり、巫女服とかでしょうか』

『待って』







「月城先輩。妹が自分に対してとんでもない誤解をしてるんですが、どうしたらいいと思いますか」

「逆に貫き通してみるとかどうかな」

「誤解って言ってるんですけど」


悪い先輩に悪い影響を受け始めた妹に困り果てた自分はある日、バイト中の客足の無い虚しい書店にて、隣で本の整理をしていたとある頼れる先輩に縋る思いで相談してみた。後ろから前に垂らしたポニーテールがトレードマークの、まだ成人して間もない歳にして、既に婚約者のいる経験豊富な女性である。返ってきた答えは何とも頼りなかったが。


「まず貫いてないんですよ」

「何事もまず始める事が肝心だよって、近所の島津さんが言ってたよ」

「まずいんですよ始まったら」

「まずまず気まずくなっちゃう?」


人選間違ったかな。別に上手くもないし。


「妹さんはお兄ちゃんと話したいだけじゃないかな?」

「……まさか。そこまで好かれてませんよ」

「もう、そういうとこだよ」


人差し指でこちらの額を突付いて、幼子を叱る様に眉を顰める先輩。

…まあ、言いたいことは色々あるけれど、実のところ本題はそっちではなかった。けれども何とも切り出し辛く。

ちらりと、密かに顔色を窺えば


「ふふ。何か別に聞きたいことでもあるのかな?」


「………」

「話してごらん?」


佇まいを正した先輩がふわりと、誰もが安心するであろう暖かい笑みを見せる。いつも思うが本当にこの人は察しがいい。心が読めているのではないかと言う程に。

それだけいつも周りに気を配っている、ということだろうか。

それでも、今ここに至ってはそれはとても心強い。


「あの」

「うん」

「…例えばの話なんですけど」

「うん」


本当に例えばだけど。


「…先輩は旦那さんに何プレゼントしてもらったら嬉しいですか…?」

「ぅん?」


先輩の笑顔がぴしりと固まった。そして途端にボッと真っ赤に。笑顔は逆に深まったけど。


「だ、だだだ旦那様じゃないよ、婚約中ってだけで。もう、やだなぁえへへ」

「あ、はい」

「あ、飴ちゃん食べる?お小遣いあげようねー?」

「嬉しいからって露骨にご機嫌取らないでいいですから。諭吉しまって」


どこから取り出したのか、大量の色とりどりの飴を差し出される。誤魔化し方おばあちゃんみたいだな。

その内の一つを自らの口に放り込むと、先輩はぐでーっと溶けるようにまったりした感じで、なんとも感慨深そうにカウンターに突っ伏した。


「そっかぁ。君もそんなお年頃なんだねぇ」

「いや別に誰が気になるとかそういう話では決してないんですがあくまで例えばというだけで決してそういう話ではないんですが」


ただまぁ、看病やら妹との一件とか、ちょこっとお世話になったしここらでお礼の一つでもしなければ、と思って何か良い案を探しているだけで。

だから、そんな分かったような笑顔で頷かないでほしい。違うから。


「私はあまり参考にならないと思うな」

「そこを何とか」


このぅ、どの口が。件の婚約者のことは存じているが、それはもう昔から仲睦まじいのだ。きっとそれだけの秘訣が


「そう?なら、私はあの人が頭を悩ませて選んでくれた、その事実だけで嬉しいよ」

「………」

「ぽかぽかするよね」


人選間違ったぁ。…確かに参考にはならなかった。

そこまでの深い親愛というものをこちとら育んでおりません。…いや、別に愛してないし。


「凪沙もそうじゃないかな」

「……いやいやいやいやそんなまさか…」


そんな訳が無い。想像してみよう。あの真鶴凪沙が果たして他愛もないプレゼント一つで表情を緩めたりするだろうかと。


『藤堂くんがプレゼントをくれるなんて、その事実が凪沙嬉しいわ。ちゅき♡』


ないわー。ないよー。


「………ふふふ」

「…?…何でしょう?」

「別に?」


耳に届いた何とも意地の悪そうな笑い声に思わず顔を上げれば、眉間を押さえる自分を、頬杖をつきながら楽しそうに先輩が見つめていた。

…何だニヤニヤして。どこにも面白い要素無かっただろうに。


「それなら彼女に直接聞いてみればいいんじゃない?今度近くでまたお祭りあるんだけど」

「祭り……」

「思い切って誘っちゃおう!」


ウィンク、でもってサムズアップ。先輩の思いもよらない言葉に、もれなく頭に電流が奔る。ああ、成る程、そうかその手があっ……いや、でもそれって実質デートみたいなものなのでは?僕たちそんな関係じゃありませんのでは?


ああでもないこうでもない。悩みは尽きることなく溢れ出す。


「私達も出店するから願わくば売上に貢献してくれたら嬉しいな、なーんて…」

「………お祭り…………」

「もしもーし」

「………フェスティバルぅ………」

「…せいしゅ〜ん…」


頭を抱え、仕事に身の入らない自分を、それでも彼女は優しく見守り続けていた。












「…健気だなぁ」


何だかんだ言っても仕事はきちんと。真面目な後輩を見送って、私はあちこち凝った身体を伸ばしながら漸く一息ついた。

そして腕を思う存分伸ばして、そのまま反返るように背後を仰ぐ。


「おとと、それを言うなら、それこそナギナギちゃんもかな?」

「…意地悪。…気づいてたんですか」

「我ながらナイスアシストだよね」


背後の本棚の影から、音もなくひょこっと顔を出したのはまさに渦中の人物だった。

何やら眉を寄せてこちらを睨んでいるけれど、仄かに赤らんでいる顔では何とも説得力が無い。


「こんにちは。藤堂くんにご用だった?」

「こんにちは。…いえ、こないだ頼んだ本を」

「ああ…、ちょっと待ってねー」


店長から渡されたメモを片手に、ごそごそとカウンターの下を漁る。整理整頓の行き届いたスペースからはお目当てのものがあっさりと。埃に塗れながら汗水垂らした甲斐があるというもの。店長は全くやらないから。全く。

なのに、仕事はきっちり出来るんだから理不尽だよね。


「はい。お望みの本。店長が一晩で集めてくれたよ」

「ありがとうございます。流石は店長」

「幼馴染ものだけなら私は何も思わないんだけどなぁ」


条件が幼馴染ものかつお姉さんものってちょっと欲望に忠実すぎるかな。

まぁ、良いよね幼馴染もの。後でまた特設コーナーでも作ろうかな。…ん?私も人のことは言えない?あははそんなまさか。


「良かったね。最近、仲良しさんみたいで」

「…ええ、まあ」

「ずっと気にしてたもんね?」

「…………まあ…」


わざわざ私に会いに来て、あの子は元気にやっておりますでしょうか、なんて。私の恋人も過保護さでいったら中々だけれど、彼女もいい勝負なのではないだろうか。


まぁ、それよりも何よりもだ。


「デート」

「!!」

「楽しみだね?」

「………………」


私の言葉を聞いた途端、面白いくらいに身体を強張らせる凪沙。そしてその顔は。


「ね」

「……………ぅん………」


ふふ、可愛いなぁ。普段あんなにはきはきしてるのに、途端に顔を真っ赤にして。

きっとあの子の前ではこんな顔見せないんだろうな。お姉ちゃんだもんね?

私はこのお姉ちゃんよりお姉さんだから、割と素直に甘えてもらえるけど。


さあさあ、果たして彼はかっこよく誘えるのかな?

私としては仲良きことはうふふのふだけど。

あ、でも、うふふはいいけどむふふは駄目だよ。そういうのはもっと大人になってから。

この子放っておいたら、勝負下着とか買いに行きかねないし。めっ。


「…志乃さん。ここはスケスケの黒とかでしょうか。やはり」

「やはり」


案の定だよやっぱりだよ。


「ん?ああ成る程…意外性をついて純白のレースも中々………むしろいらない……!?」

「はいはい、そういうとこだよー」


神妙に頷いて、トンチンカンな方向へと突き進む彼女の頭を本で軽くぽんっと。


「仕方ないなぁ。そんな凪沙ちゃんにお姉さんから頼れるアドバイスをしてあげようかな」

「むぅ…」


お姉さんポジションを奪われたのが気にいらないのか、可愛らしく頬を膨らませる凪沙。ふふ。残念だけど私にとっては君はいつまでも可愛い妹だからね。


さりとて気を取り直し、軽い咳払いを一つ。真っ直ぐに彼女と向かい合う。

数年前まではまだ小さかったこの子の背は、いつの間にか私よりも高くなっていた。…むぅ。


かつて通過した私の道程を振り返って、指を1本ピシッと立てる。どうかこの子達の未来が光射すものでありますようにと願いながら。


「私から言えること…それは……」

「それは?」


私もまた、未来を掴み取った一人だから。

君が出来ない訳が無いよね。








「為せば成る!」


ね。









「…………………………既成事実……?」

「そういうとこだよ」

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