第10話 『私』らしく、『君』らしく
朝夕涼しくなり始めるこの頃ですが皆様如何お過ごしでしょうか。
いつもあの子がお世話になっております。学園のマドンナらしい真鶴凪沙と申します。あの子からはナギナギと呼ばれております。気軽に。
今日はあの子の話をしてみましょうか、逆に。
昔々、あるところにとても可愛い美少女がいました。
美少女は年齢に不相応な程に利口で賢く、そしてちょっぴりお茶目でした。
ある日、美少女は大切な弟分の泣き顔が見てぇなぁというS…可愛らしい茶目っ気で少し怖い話をしてみました。お母さんが真顔で『やめて』っていうレベルのお話です。
最初は楽しく聞いていた弟分の顔も、時間と共に徐々に、徐々に強張っていきます。
嫌だなぁー…怖いなぁー…。大人が耐えられない怪談など、取るにたらない小僧如きが耐えられるはずもありません。
もう分かりますね?聡明な読者諸君なら。そう、怖い話は別にどうでもよくて、次の日、彼は見事におね
■
あの子が風邪を引いた。
昔から体調を崩すと引きずる子だった。心配で心配で授業も身に入らず。
一人暮らしではさぞ寂しかろうなどと、適当に理由をでっち上げて何とか看病を許してもらい、押しかけセールスマンが如く家に滑り込んだのがつい先程のこと。
目の前の彼はあくまでいつも通りを振る舞っているけれど、顔色まではどうにもならないらしい。
ふらふらと揺れる身体。…重症ね、これは。
「藤堂くん。子守唄歌ってあげましょうか。『千の風になって』」
「……結構です」
いくら美しいお姉さん相手といえども、相手をすることすら億劫なのか、あの子は早々に自室に引っ込んでしまった。なので、大人しく買ってきたものを机に広げることにする。
熱冷まし用のシートに市販の風邪薬、消化に良さそうな食べ物果物などなど。座薬…はハードル高いかな。まだ。
『いや、棚に風邪薬諸々ありますって…』
そう言えば引っ込む前にそんなことを言っていたな、と思い出して目的の棚へと足を向ける。
最早、自分の家みたいなレベルで配置を把握している。通い妻というやつね、これが。うふ。
「なんて」
そんな訳無い。家具を把握出来ている単純な理由はあまりにもこの部屋に物が無さすぎるからだ。おかげさまでお目当ての物はとても見つけやすいこと。薬箱の中を見る。補充は必要無さそう。こういうしっかりとしているところは好印象。ナギナギポイント1点。
薬箱をしまい込んだら、新品同然のよく掃除の行き届いた台所に足を踏み入れる。食器に家具、それはいい。横に備え付けられた何とも立派な冷蔵庫を開ける。おーぷんせさみ。
「…ガラガラ」
その巨体に反して、中にあるのは必要最低限かどうかも怪しい食料だけ。病人がすぐに食べれそうな物なんて…いや、ゼリーがあった。まさかこれが今日の夕食とでも言うのだろうか。やはり色々と買ってきて正解だった。
「…全く」
冷蔵庫の前で色々な感情を抑え込みながら頭を抱える。
…昔、あの夜を経て、あの子はどこか刹那的に生きるようになった。
子供らしからぬ、何とも可愛くない愛想笑いを覚えて、人との距離感に人一倍気を使うようになった。
それは自分に踏み込んでほしくない、踏み込まないがための自己防衛か。それとも優しさ故?もしくは諦め?どちらにしても全く可愛くない。
気づいていないとでも思っているのだろうか。これ見よがしに部屋に置いてあるゲーム機だって、私がいない時は全くと言っていい程、ろくに手を付けていないことに。
こちとら無駄にRTAしたから分かっている。私が来た時を数回比べても、雀の涙程しか進んでいない。下手の横好き。物は言いようだ。
自分は大丈夫、楽しく生きていますアピールのつもりだろうか。ますますもって可愛くない。
掃除か寝るくらいしかやることが無いだなんて、人生に疲れ果てた中年みたいな生き方しないでほしい。その年で。
だったら私の所に来ればいいのに。君がやりたいことなんだって付き合ってあげるのに。
けれども彼はいつだって遠慮する。私に負い目があるから。
馬鹿馬鹿しい。君が私を嫌おうと、私が君を嫌うと思っているのだろうか。
幼い頃、大人ぶってどこまでも可愛くない小娘の隣に居続けてくれた君に、あの真っ直ぐな尊敬の眼差しに私がどれだけ救われたのだと思っている。
もう遅い。それが後になって多少怖がられたところで、私はもうずっと君に骨抜きなのに。何ならもう二度と逃さないのに。そう言ったわよね?
何処の有象無象が何百人告白してきても、私の目に映るのは一人だけ。こう見えて一途なのだ、私は。間違えた。どこからどう見ても一途。
重い?こんなナイスバディのお姉さんになんてことを。反省文書きなさい、後で。
「ん…」
ダラダラとそんなことを考えていたら、目の前には何とも出来のいい卵粥が。ものを考えながら料理まで出来てしまうなんて流石は私。……これからは気をつけよう。火事でした、気づいたら。なんて何も笑えない。
「あち」
息を吹きかけて、ちょうどいい具合になったところで味見を一つ。
…うん。美味しい。それ以外の言葉は何も浮かばないくらい。
美味しい。そう。ただ美味しいだけの虚しい料理。完璧な私の数少ない欠点。いや、逆に考えよう。美味しいだけってことは完璧ってことだから寧ろ私のパーフェクトさが際立つだけでは?完璧ナギナギ、略して完ナギ。…巫?巫女服を着ろというお達しだろうか。今度しよう。是非。
脱線し過ぎた。
もう一度、静かに口へ運ぶ。
「…美味しい」
やっぱり他に言葉は出てこない。
…美味しければそれで良いと思うのだけど、母は決して頷かなかった。
そして母はいつも困ったように笑ってこう言うのだ。
『凪沙は何で料理するの?』
何で、など。そんなもの料理する必要があるから料理するだけで。
今だってこうしてあの子が少しでも安らげればと、そう思って色々栄養を考え……。
………。
「そういうこと?」
お母さん。言葉が足らないにも程があると思います。いくら私が完璧でも。
何だ。そんなこと言われたら私が家族を何とも思っていないみたいではないか、失礼な。……
…家族、家族、か。
もう一度、ゆっくりと部屋を見渡した。
空っぽな部屋。…恐らくは、いついなくなっても問題無いように。
性懲りもなく、反省の甲斐なく、頭は再び考え事に囚われる。
…子供でいられる時間が終わったらあの子はどこへ行くのだろうか。
渚に佇むあの小さな震える背中がふと頭を過ぎり、手元がぶれたせいでスープを少し零してしまった。だから言ったのに。
器の中のさざ波は、まるであの日の海のようだ。
そして時が経てば何事もないようにまた凪が訪れる。全てを呑み込み、後には何も残らない。
「っ」
馬鹿なことを考えるな。顔を叩くと勢いをつけて立ち上がる。
そしてトレーを持ってあの子の部屋の前へ。
ノックをしようとして、指先が小さく震えていることに気付いた。
「…………」
大丈夫。あの時は掴み取れた。走って走って走り回って、掴み取った。
大丈夫。約束した。あの子は“私”に帰ってくる。私はあの子の居場所なのだから。
いつ如何なる時も、余裕であれ。『真鶴凪沙』は完璧なのだから。
深呼吸して、扉を叩く。起きているだろうか、あの子は。
ガチャ。
「お邪魔」
「ちょ」
ま、起きてなくても入るけどね。好都合、寧ろ。
写真撮りましょう、写真。汗拭きましょう、汗。お風呂…はハードル高いかな。ほんの少し。…何だ起きてる。
呆れという感情を多大に顕にした失礼極まりない視線。そんな見つめないで。弱っている君を見ていると出来ないから、我慢。
…しかし、この子はもっと可愛げというか、素晴らしいお姉ちゃんに対する尊敬の念があっていいと思う。子供は子供らしくお姉ちゃんに甘えていればいいのだと。人のことは言えないけれどね、私も。お互い面倒くさい人間になったものね。
ま、ちょっと突けば途端に可愛らしくなるんだけど…
と、言うわけで。
「藤堂くん。汗水垂らしてお粥作ったわよ。食べなさい、じゃんじゃんばりばり景気よく」
「じぶん゙びょぅ゙に゙ん゙……!!」
あらあらツッコミに切れがない。足りないわね。修行。
でもこれも私なりの甘え方。いいわよね?私の居場所なんだから。
ゆっくりと蓮がお粥を口に運ぶ。それを私は横でじーっと見つめ続ける。絶賛、混乱しているけれど無視。
…どんな言葉が出てくるだろう。やはり美味しい、だけだろうか。それはそれで寂しいような。
ううん。
この子が言ってくれる言葉は何だって嬉しい。
それを証明するように、私は彼の言葉を聞いてニヤける顔を、遂に抑えきれずに笑うのだった。
私は私でいよう。この子がこの子でいられるように。年相応の藤堂蓮でいられるように。
大人ぶって余裕綽々、なんていさせないから。精々可愛くなりなさい。蓮。
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