第9話 ぽーかーふぇいす

我が学園が誇るマドンナ・真鶴凪沙はカードゲームも滅法強いらしい。


ポーカー・ババ抜き・七並べ。ポピュラーなものからニッチなものまで網羅しているのは流石というべきか、特に何らかの罰ゲームが課せられた際、負けたことは未だに無いとか。健全な学生としてはどうかと思うが。


それを聞いて、俺が思ったことはたった一つ、至ってシンプルなものだった。




誰それ。







「あら。本当に勝負に出るつもりなの?いいのかしら、それで。もう一度よく考えた方がいいんじゃない?ま、構わないけれど、私は。全然構わないけれど」

「……ワンペア」

「…やるわね、見事よ。完敗だわ」


相変わらずよっわあああぁぁぁ。


二人っきりの部屋で、向かい合ってカードを並べる年頃男女。色っぽさどころか鬼気迫…ってないな、それっぽい雰囲気だけちょっと。

彼女のいかにもな挑発にも負けず、藤堂蓮はあくまでポーカーフェイスを装って一世一代の博打へと打って出た。…様に見えるがその実、既にその表情は死んでいる。


そして彼女が生き生きと繰り出した手札は見事なまでにブタ。どこをどう見たところで揃った柄など一つもない可哀想なくらいのブタである。空条さん家の息子さんといい勝負である。


「これで19戦19勝。ああ、困ってしまうわ。強すぎて」

「自分も困ってしまいますね。弱すぎて」


本来、勝者の口から出る台詞だと思うんだけどなぁそれ。扇子の様にカードを広げて口元を隠しながら笑う先輩は、今尚、何が楽しいのか知らないが笑っている。

何かイカサマでも使っているのかと疑るくらいに自分より弱い札しか出せない彼女に、自分は哀れすぎて乾いた笑いしか出ないのだが。

子供の頃からそうだったけど、何でこの人こんなに堂々と出来るんだろう。お陰様で気持ちよく勝てるといえばそうなんだけど。


カードを集めると、意気揚々と再びシャッフルを始める真鶴先輩。ショットガンシャッフルはカードを痛めるぜ!だからしないらしい。

そしてその顔に敗北感など微塵も見受けられない。おかしいなぁ。自分が勝者のはずなのに。


「さて、いよいよ20戦目。ご褒美でもあげなきゃね?次、勝ったら」

「これっぽっちも達成感ないんで大丈夫です」

「脱げばいい?」

「大丈夫です」


短いスカートをつまみ上げてヒラヒラと煽り散らす負け犬先輩。それって現在勝率0%の素寒貧がやることじゃないと思います。

昔は勝ったらいちいちガキみたいにはしゃぐ自分をいつも微笑ましそうに眺めていたお姉ちゃんがいたものだけど、流石にこの年になれば喜びよりも申し訳なさが勝ってしまう。


そして、ディーラー顔負けの手付きで先輩は華麗にカードを配り始める。覚束なさなど欠片もない。嘘みたいだろ?くそザコなんだぜ、この人。


「いいの?因みに黒だけど」

「く、」


因む必要がどこにあるのか。無意識に目が彼女の白い太腿を追ってしまい、それを見た先輩がニヤニヤと楽しそうに笑みを見せる。

…なるほど。こちらの動揺を誘ってでも、何としても勝ちの目を拾いたいということか。切実だな。…切実かな?


「逆に聞きますけど、先輩は自分に脱いでほしいなんて思います?」

「うん」

「あ、はい」

「脱いで欲しい」


即答。まるで物語の主人公の様に迷いの無い真っ直ぐな目がこちらを射抜く。

悲しいなぁ。もう少し、真っ当な夢を見ていたらこちらも素直に応援できたのに。


「…まぁ、勝てたら考えてあげますよ。勝てたら」

「……ふぅん」


勝てる訳ないだろうけど。

流石にここまでの結果を見せられてしまうと、イカサマすら疑る必要も無い。

確率とか小手先ではない、彼女は生粋のぽんこつ勝負師なのだから。


「………む」


残念ながら配られた札はあまり良いとはいえなかった。交換したところで2つ揃えばいい方だろうなというくらいの散らばり様。けれどこれですら勝てるのだろうから、悲しい運命というか。

警戒もくそもなく、ぽんっとおざなりに手札を場に広げる。


「ワンペア」

「あら、ツーペア。私の勝ちね」


あれ……………。


「どこから脱ぐ?」

「………」

「オススメはシャツだけど」

「……いやいや、待ってくださいよ。まだたったの1勝じゃないですか」


こちとら19連勝しているのだから、あまりに割に合わない。

それに考えるとしか言ってないし。脱ぐとか言ってないし。


「可愛くないわ。言い訳は」

「ぐ…」


そして冷たい目で見られて、あっけなくたじろいだ。

そう言われてしまうと、なのだが。じゃあ納得しろ、というのもそれはそれで、というもので。


「も、もう一回」

「ふう、やれやれ」


呆れた様に肩をすくめる姿が、先程の煽情的な挑発よりも遥かにこちらを煽り散らしてくれる。

いいだろう。ならばこちらも本気でやらせてもらおうではないか。

ブラフだろうが何でもすればいい。駆け引き上等。こっからは真剣勝負だ。






「スリーカード」

「あら、ストレート」






「…フルハウス」

「あらあら、フォーカード」







「…す、ストレートフラッシュ!」

「ロイヤルストレートフラッシュ」






「どこから脱ぐ?」

「………」

「ああ失礼、全部だったわね」

「くそったれ!!」


10連敗。完膚なきまでに叩き潰され、既に威信は地に落ちた。

ご機嫌に指でフレームを作り出してこちらを見つめる先輩の脳内には既に全裸の自分が映し出されているのだろうか。やめてほしいな。


「オススメは上からだけど」

「ぅ」

「ああ、せっかくなら脱がしてあげましょうか?」


わきわきと謎の動きを繰り返す手をゆっくりと近づける先輩。

テーブルを挟んでいるとはいえ、素直に身の危険を感じた自分は思わず勢いよく身をのけ反らせ、その拍子にカードが一枚テーブルの下に滑り落ちてしまう。


「おっと、すみません落として…」


何も深く考えずにテーブルの下を覗き込む。

当然、わざとではないとしても短いスカートの奥を覗き込む形になってしまい、珍しく焦ったように彼女がスカートを抑えて


「あ、すみま」

「あ」


ぱらぱら。袖から数枚、謎のカードが降ってきた。


「……………」

「……………」


互いに無言で硬直する。誤解してほしくはないが、別に噂の黒とやらの真相を確かめているわけではない。その証拠に目線は床に散らばった白に釘付けである。


「えっち」

「……黒…」


のスペード。


「…えっち」

「違う!!」


謂れもない嫌疑にかけられて思わず頭を上げようとして、それは見事に頭をぶつけた。鈍い痛みが容赦なく頭を駆け巡る。


「〜〜〜〜っ」


堪らず机の下から出てくれば、流石に彼女も冷や汗を垂らしながら、心配そうにこちらを見つめている。


「大丈夫?いい音したけど」

「………いえ、大丈夫です…」


それよりも。


「…先輩、これはなんですか…?」


頭を抑えながら涙目で、拾いあげたカードを一枚、彼女の眼前に突きつける。

だが、証拠を突きつけられて尚、彼女はニコニコと笑うのみである。


「カードって言うのよ。賢くなれたわね?また一つ」

「そうじゃない」


この期に及んで、認めないというのか。

その面の皮の厚さは大したものだが、言い逃れなぞさせてなるものか。

畳み掛けるように更にぐいっと詰めよれば、先程までとは真逆の光景。仰け反った先輩は珍しく口を噤んで、顔と顔の間に手を差し込んで、何故か無理矢理に距離を作り出す。


「、……近いわ」

「イカサマしてましたね?」

「…ぅん、まぁ、そうね」


息を整える様に小さく息を吐き出した先輩が差し込んだ手をくるりと翻す。

すると、何もなかったはずの指の間から突如、カードが一枚出現した。


「え」

「流石ね。まさか見抜かれるなんて」


すご、じゃなくて、いや、あれ見抜いたというのか?


問題を解いた子を褒める様に、先輩が頭を撫でてくる。

…誤魔化されてる。完全に誤魔化されている。分かっているのに、心地よいばかりにその手に対する反応が一瞬遅れてしまう自分が何とも情けない。


「で?」

「で?」


何?で?って。


「どうされちゃうのかしら。イカサマがバレた愚かな私は」

「どうって」

「脱ぐ?やっぱり」


脱がなくていいです。これ見よがしにボタン外さないでいいです。

チラリと見えた谷間から逃れる意味も込めて、後ろにゆっくりと倒れ込んだ。


…何か、どっと疲れてしまった。

何故だろうか。今更学校で聞いたあの噂が頭を過った。先輩はカードゲームに滅法強いのだと。


その理由が分かったと、そう思いかけて。


「……ん?」


そして引っかかった。一体どこからイカサマをされていたのかと。

あんなに清々しいくらいに勝ち続けるというのも、どこか不自然だ。かと言って、わざわざ負け続ける意味もよく分からない。

少なくともこちらが負けた時点で使われ始めたのは間違いないだろうけど。結果として思わずこちらも無駄に熱が入ってしまったし。


そもそもどちらが彼女の本当の実力だったのか。

…弱々へっぽこぽんこつギャンブラーが真の姿だとして、まさか、自分との勝負には小細工無しで臨みたかった、なんて熱血思考持っているとも思えないんだけど。

なんだろうな。純粋に自分と遊びたかった、なんて。まさかね。


…果たして真実は


「藤堂くん」

「……はい?」


と、長々ぐだぐだ考え込んでいたら、呼ばれた気がしてチラリと目を向ければ




「たまにはいいでしょう?こういうゲームも」




おかしな言い方だけれど、悪戯好きな子供のようで、その実、子を見守る母のような、そんな表情で楽しげに微笑みながら頬杖ついてこちらを眺める先輩の姿が目に入ってきて、思わず自分は…


………。


…まぁ、聞きたくなったら聞けばいいか。どうせいつも傍にいるんだし。

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