第12話 妹よ
ご存知の通り、我が学園のマドンナ・真鶴凪沙と自分は幼馴染である。
幼馴染。その響きは、頭に付けるだけで単純な人間関係が途端に不思議な魅力を持つ言葉。
昔からお互いをよく知るということは、周りも自分達をよく知っているということでもある。
とどのつまり、今回はそれがちょっと面倒を引き起こす、そんな日だった。
■
「成る程。つまりこれを使うことで自分の勝ち、ということですね?」
「ううん。負け。君の」
「………」
「そうか。ここでこれを発動させることで自分はまさかの大逆転出来る。そうですね?」
「ううん。無理」
「…………」
「完全に理解しました。次こそ吠え面かかせてみせま」
「終わってるわ。既に」
「手加減しません?」
「してる」
またまたふらりとやってきた先輩が持ってきたゲームを、部屋で仲良く並んで遊ぶ。
至って健全な学生としての一幕。健全な男女としては些か不健全だけれど、別に自分達はそんな不健全な関係じゃないから健全で何の問題もありませんね。
「………」
「どうかした?」
例え、女の方が何故かミニスカナースの格好をしていても何の問題もありませんね。至って健全。
どんな賢者であろうとも吸い込まれるであろう、正座した彼女のずり上がった短すぎる裾から覗く魅惑の太腿。生地も目茶苦茶薄いから身体の線がくっきりと。…前もあったよなこの光景。
「そろそろ突っ込んでいいんですかね」
「あらやだ。突っ込むだなんて。大胆」
「その!格好に!ついて!!」
恥じらいの欠片も無い楽しそうな笑顔で胸を隠されたところで、生憎くすぐられる男心など持ち合わせていない。
「君がまだ風邪を引きずっているみたいだから。サービスよ」
「どこで手に入れたんですかそんなもの」
「景品よ。町内ゲートボール大会の」
「もしかしてうちの町馬鹿なんですか?」
よりによって何で、そんな見ることも無くなったニッチな大会の景品にそんなものを選ぶのか。出場者の年齢層考えたら、特級呪物もいいところではないか。いや、この人何故か出てるけど。
「失礼ね。人と人との繋がりを慮る我が町の微笑ましい光景じゃない」
「それにしたってゲートボール……」
今時の子供って何もかも取り上げられて室内で遊ぶのが主流なんじゃないかな。
そう考えると、うちは頑張っている方か。
いやでもやっぱりゲートボールは無いよ。流石に。
情報があれこれ詰め込まれすぎてパンクしそう。
「………ふぅ」
「疲れちゃった?」
誰のせいですかね。
「看病してあげましょうか。添い寝してあげる。お姉さんが」
「結構です」
熱がぶり返す予感しかしない。
ご機嫌斜めに真後ろのソファーに頭を預ける先輩を他所に、もう一度だけ画面に目を向ける。
…しかし、あれだな。最近は心に余裕が出来たというか、今までよりも自然に遊びにのめり込めている気がする。いや、年頃の男の子としては至って真っ当なことなんだけど。…やだな、こんな人生に疲れた中年の考えするの。
以前だったら大して気にもとめなかったはずなのに。こう考えられる様になったのも、恐らくは彼女のお節介のおかげなのだろう。
素直に認められないのは、照れもあるだろうけど、彼女の本心が未だ計れないところも大きい。全て計算している、とか言われても驚かない。
「ん?」
「あら」
そんな折に、室内に鳴り響くインターホンの音。二人して顔を見合わせる。
自分で言うのも何だが、近所と交流もしないし宅配もろくに使わないので、来客などとんと覚えが無い。
「出ましょうか」
「絶対にやめてください」
ドアを開けたらミニスカナースがこんにちわ。なんてデリが付く如何わしいサービスを利用しているとしか思えない。恥ずかしくて明日から外を出歩けなくなってしまうではないか。
「ここにいてください。絶対に」
「はいはい。念押ししなくて大丈夫よ」
全く。
軋む身体を動かして、無駄に広い廊下を歩いて玄関へ。
後から思い返したが、この時は気疲れからか、つい外を確認することも忘れて。
『、……蓮。ちょっと待ちなさ─』
だからだろう、後ろから聞こえてきた少し焦ったような声への反応も遅れてしまった。
何の警戒もなく、扉を開く。
「はい、どちら様…」
「兄様」
「………………すーちゃん?」
■
藤堂翠。中学三年生の女の子。年相応の幼さを残しつつ可愛らしく整った顔と、肩で綺麗に切りそろえられた髪は、まるで日本人形の様で。
肌の露出の少ない落ち着いた服装もまた、彼女の持つ儚い雰囲気を引き立たせている。
何の負い目も無く生まれ落ち、真っ当に家族に愛され、育まれた箱入り娘。
そして藤堂蓮とは一応、兄妹でもある。
「お久しぶりです。兄様」
「…………うん」
何とも綺麗に腰を折り、眼の前の『妹』は笑っている。久し振りの兄妹の再会に心躍らせているのだろうか。
年齢にそぐわない丁寧な言葉遣いに楚々とした所作。まさしくお嬢様と呼ぶに相応しい。それくらいには、藤堂の家は恵まれている。
やあ、久し振り。元気だった?最近学校はどう?身体とか壊してない?
頭の中を幾重に駆け巡った言葉は、けれども紡がれることは無かった。
代わりに底から這い上がるのは、罪悪感。
自分は彼女とまともに挨拶を交わすことなく、父とだけ話合ってさっさと家を出たのだから。
「……どうしてここに?」
「どうしてって、…兄様、定期的に連絡する約束だったじゃないですか」
「…………ぁ」
……ああ……。すっかり忘れてたなぁ。それくらい最近は充実していたということだろうか。
顔を合わせることを避ける為にそれだけはしっかりとこなしていたのに。あまりの失態に堪らず顔を手で覆った。
成る程。それで心配になって刺客を寄越したということか。
しかも、よりによってこの子か。じゃあ誰が来ればいいのかと言うと父しかいないけれど、あの人は忙しいからなぁ。
「………」
指の間からチラリと覗き込むと、彼女は少し不安げにこちらを見上げている。真っ直ぐな瞳がこちらを射抜く。けれどもこちらからは目を合わせない。見れない。
いかん。言葉が本当に出てこない。何でもいいから絞り出せ。
「…うん。俺は大丈夫だから。ちょっと忙しくて忘れてただけだから。至って元気」
「………」
「あの人達にもそう伝えてくれるかな」
「……そんな言い方……」
彼女は悲しそうに眉根を寄せて俯いてしまう。…ああ。泣きそうだ。この子も、俺も。
何も知らなかったあの頃は、あんなに兄妹仲良く遊んでいたのに。
あの人の不貞…疑惑……を知ってからは、どうしても。
「じゃあ、これで」
「…あ、…」
ゆっくりと、けれど明確な拒絶の意思を持って扉に手をかける。
眼の前の瞳は頼りなく揺れている。それでも、これ以上見つめることは耐えられなかった。
「上がってもらいなさい。蓮」
「…ぇ…」
今まさに断ち切られようとするか細い絆。それを繋ぎ止めたのは、あの日と同じなんてことのないような何とも軽い、けれどどこまでも心強い一声だった。
…振り向くまでもない、そんな台詞を発するのは一人しかいない、
そう。
「ぇ………ナー、ス…さん……?」
速攻で振り向いた。それはもうこれまでの人生でかつて無いくらいの速さだった。
頭の上にハテナマークを浮かべて可愛らしく首を傾げる妹。
冷たい汗が滝の様に流れて止まらない。
このままでは最も望まない形でか細い絆が向こうからぶっちぎられる。軽蔑と侮蔑という最も辛い形で。
「久し振りね。すーちゃん」
「……ぇ……だ、誰?…………ん?…え?、…ナース…ナー…ぎ、姉さま……???」
腕を組んで壁にもたれかかるミニスカナースが、優しく妹に微笑みかける。
無論、返ってくるのは混乱と困惑のみ。当たり前だ。
信じて送り出した兄が一人暮らしの部屋で如何わしいコスプレを楽しんでました。
妹としてはもれなく家族会議ものだろう。逆だったらまず俺は叱る。そして泣く。
「さ、いらっしゃい。今淹れるから。お茶」
「え、何でナース…?、…ぇ…にい、さま………まさか……」
「違う!!」
妹よ。お願いだからその恐ろしいものを見る目をやめてくれ。頼む妹よ。
まさか、俺が逆にこの子からそんな目で見られる日が来るだなんて。
理由があまりに情けなさすぎてさっきとは違う意味で心折れちゃいそう。
「大きくなったわね。すーちゃん。見違えたわ。可愛い、とても」
「え、あの?……ありがとう、…ございます……???」
ミニスカナースは何事もないように彼女の背中に手を添えて仲良く奥へと歩いていく。
残されたのはただ呆然と立ち尽くす哀れな少年ただ一人。
「…………」
「……何でもいいから早く着替えてくださいってぇ!!」
何してくれちゃってんの。色んな意味で。
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