第7話 最終話・言い訳彼氏。
嫉妬心を覚えたのは高校二年の時だった。
今思い出しても恥ずかしい感情。
視線を感じたのが先か、目の端で気になって追ったのが先か、とにかく夏休み前の暑い日に、身体が溶けるのではないかと思っている頃には1人のクラスメイトとの予感があった。
だが何もない。
勘違いの気のせいだったようで誰にも言わないで良かったと思った。
ロッカーが近いので譲り合う時には「ありがとう」「ごめんね」「お待たせ」なんて会話を交わし、友達と話す時には一緒にいて会話をする。
不思議だった。
話を聞くとひとりっ子なのに、妙に男慣れしているのか距離感が近いし、女性には理解できない話でも「わかる」と言ってくる。
彼氏が居るのかと思えばそんな話は聞かない。
やはり視線を感じるので再び自意識過剰を疑いながら生活をしていると2年の夏休みになっていた。
いくらなんでも待たせ過ぎだろと思った頃に、アイツと同じ中学に行っていた奴から話を聞いてあの妙に男慣れした感じと距離感に納得をした。
年下の彼氏。
別の中学に通う名前で呼び合い家に行く間柄。
小学校の時には既に噂になっていて中学の時には告白をした男はその男を理由に断られていた。
ならなんであの目でこっちを見るのか?
それはすぐにわかった。
別の女友達が恋バナで盛り上がった時に聞いてみたら、しつこい告白を断っている間にその男を言い訳彼氏にしてしまっていて、お互いに何もない事、相手の男は「華乃がそれでいいならそうしておけば?」と言っていたそうだ。
余裕なのか、興味がないのか、家族だと思っているのか。
なんとなくだが俺はソイツの事が引っかかり始めていた。
秋の校外学習で一緒の班になった。
運悪く周りはカップルばかりで仕方なくアイツと組む事が多くなる。
班行動の意味を教えてやりたい気持ちになりながら、フラフラとするカップルどもを見て「ったく。カップルばかりだ。勉強しろよ」と悪態をつくと、アイツは「あはは。本当だよね。2人きりになりたいからってどこか行っちゃった子も居るもんね」と言って笑う。
「休日にやれ休日に!」
「班長さんは大変だね。手伝うよ」
「副班長だろ?恩着せるなって」
「バレたか」
後から消えた連中に資料をまとめる時に泣きつかれる事がわかっていた俺たちはキチンと校外学習をする。
余談だが合流した時にどうしてか風呂上がりの様相で、化粧が変わっていたカップルを見て羨ましさよりも「猿が!」と思ってしまった。
校外学習中の距離感はとても良くて、カップルに間違われるかなと思ったりした。
とても有意義な時間。その先で恋人同士を思った時に俺の中につまらない嫉妬心が芽生えた。
帰りの電車は混雑していて、ある程度仕方なく、密着まではいかないが近づくしかない。
吊り革は全部埋まっていて、その先の鉄棒しか空いてない。
普段乗り慣れない電車で揺れると危なかったので、「嫌じゃなきゃ身体か腕掴め」と言うと、アイツは赤い顔で嬉しそうに「ありがとう」と言った。
赤い顔を見ていて可愛らしいと思ったし、コイツが彼女ならと思って少しした時、「優一は優しいね」と言われた。
その瞬間に俺の中の嫉妬心は芽生えてしまった。
優一は俺の名前。
1番優れるように、1番優しい人にと言われて名付けられていた。
俺は1番優れなかったし優しさからは1番遠いところにいると思っているし、人に名前の由来を聞かれるとそう答えた。
コイツは「優一は」と言った。
それは誰かと比べたのだろう。
誰かと思った時に1番に出てきたのは言い訳彼氏だった。
その場で「誰と比べたの?」と聞ければ良かったのかも知れないが、俺には聞けなかった。
その日からアイツへの想いと、その先にいる言い訳彼氏への嫉妬心が止まらなかった。
俺たちの仲は悪くなかった。
校外学習で雑踏へと消えて行った猿どもの分までまとめた資料を配ってそこそこの評点を貰った後もよく話した。
冬になってイルミネーション特集された遊園地にグループデートで行く事になった時、露骨な周りの態度に苛ついた。
そして必死で真剣に思いを告げようとしたアイツの出鼻を挫いて振った。
涙ながらになんでと聞かれた時に言い訳彼氏と比べられたくないと言った。
傷心のアイツは別の道で帰る。
言い訳彼氏の所に行ったかもしれない。
お節介な連中は帰り道にお説教をしてくる。
最悪の気持ちだった。
お前達が変なお膳立てをしなければこんな事にはならなかった。
アイツは…華乃は泣かないで済んだ。
お前達お似合いだったのに何で?と言われた時に「アイツには昔から付き合ってはいないが1人の男が居るから、ソイツと比べられたら話にならない」とだけ言った。
三年になれば受験があってくれて、なんとか気持ちを誤魔化せた。
大学は少し離れた所にした。
親からの文句もあったが、地元には居たくなかった。
何かの時に華乃を見て、横にいる男を見たら冷静で居られる自信がなかった。
大学で彼女も出来たし別れもした。
こちらから振る場合もあれば振られる場合もあった。
あの日ほど心は痛まなかった。
無事に就職活動で会社員になると、親達から「結婚はまだか」「孫を見せろ」と正気を疑う事を言われた。
散々「恋愛なんていいから勉強をしろ」で、社会に出てすぐにこれかと呆れてしまった。
「今は仕事だよ」と言って誤魔化して家には近付かなくなった。
30中盤で同窓会があった。
そこには華乃が居た。
こんな言い方は悪いが、結婚した奴としていない奴は一目瞭然で、華乃は昔と変わらなかったので未婚だとすぐにわかった。
話してわかったが華乃は例の言い訳彼氏に囚われていた。
だが言い訳彼氏はやはり華乃ではなく、別の人生を選んで幸せになっていた。
そこから俺たちは会うようになった。
程よい距離感。
30代も後半になれば踏み込みすぎもない。
この雰囲気ならと何度か前に出ようとして牽制されて話を合わせた。
今更人を受け入れて生活を変える気はないと言うのは断りの文句ではなく本心だろう。
何度目かもわからなくなった2人での夕飯。
ビールを煽りながら話したのは男と女の話題で、今の世の中は未婚の女性は自立した女認定されて、男は心身に問題がある欠陥品と認定される事を愚痴るように話す。
実家に近寄らなかったら、わざわざ電話でウチの親がそのままを喋ってきた。
それを聞いた華乃は、男は幾つになっても子供を作れるけど、女には期限があると言って一長一短だと言った。
俺はその会話から自分が変わった自覚を持っていた。
あの頃のように、あの頃とは違う想いが自分の中に募っていくのがわかってた。
指輪に花束なんて柄ではない。
だからキチンと飲んだ帰りに「なあ、暮らすところから…付き合うところから始めてみないか?」と言おうと思う。
丁度メッセージが入る。
「テレビ見てたら美味しそうだったんだよね?食べに行かない?」
俺は浮き足立つ気持ちを抑えて「OK」とだけ返して夜を待った。
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