第3話 かえでとちひろ

 吉岡かえでが、谷山ちひろと知り合ったのは、大学内でのことではなかった。いつもちひろが言っている本屋に、その時偶然、かえでが来ていたことだった。

「ひょっとして、K大学文学部の方ですか?」

 と最初に声をかけたのは、かえでだった。ちひろの方は、一瞬たじろいでしまったのは、かえでが声をかけてきたのが、いきなりだったことと、かえでの勢いが結構なものだったからだった。

「ええ、そうですが?」

 と相手を探るような眼をしたちひろだったは、そんなことにはまったく気づかないと言った雰囲気のかえでに対して、ちひろは却ってかえでの堂々とした態度にビックリさせられたのだった。

 かえでの天真爛漫さは、結構まわりでは有名で、天真爛漫というか、そのほとんどが天然であり、相手にまったく気を遣っている様子もないのにも関わらず、それでいて誰からも恨まれることがないというのは、羨ましいことだった。

 圧倒されるのも分かった気がして、そのせいもあってか、ちひろは、すでに自分の気持ちが凌駕されたことに気が付いた。

 さすがに洗脳というところまではいかないが、かえでとのこの出会いの瞬間から、これからもかえでを避けて通ることはできないと思ったのだ。

 それにしても、ちひろにはかえでがどうして本屋に来たのか分からなかった。彼女も文学部なので、彼女はきっと、文学の本を買いに来たのだろうと思うと、手に持っているのは、SF関係の本だった。

 ちひろと違うのは、SF小説というわけではなく、ガチな勉強の本であり、名のあるどこぞの大学教授が書いたと思われる本だった。

 ただ、ちひろが目を引いたのは、その本の帯に、パラレルワールドに関しての話が乗っていたことだったのだ。

 ちひろが以前読んだ、

「五分前の女」

 という本の中に、パラレルワールドという言葉があったからだ。

 その頃のかえでは、まだパラレルワールドというものを勘違いしていた。

 つまりは、

「次の瞬間に、末広がりのように広がっている、無限に広がる可能性のことだと思っていたので、五分前の女という本を読んだ時、そこまであの話とパラレルワールドという発想が深くつながっているとは知らなかった。

 だから、最初は興味本位に、

「パラレルワールドって、どういうことなんでしょうね?」

 という質問から、話が始まった。

 この話にはさすがにちひろも食いついてくれた。

「パラレルワールドというのはね」

 というところから始まり、何となく違っているのを感じたかえでは、

「えっ、パラレルっていうくらいだから、末広がりのようなという意味で、無限に広がる可能性という意味なんじゃないの?」

 という話をすると、ちひろは冷静に考えて、

「確かにそういう言葉も広義の意味でいえば、そうなのかも知れないけど。そこまで含めてしまうと、本来の意味のパラレルワールドが別に存在することになるの。それってガチの現象だっていえるんじゃないかしら?」

 というのだったが、それを聞いたかえでは、本当におかしくなり、大声で笑ってしまって、まわりを憚らずに笑うかえでを、ちひろが冷めた目で見るのではないかと思うと、少し、嫌な気がした。

「パラレルワールドというのは、同一次元で、似通った世界が別に存在しているのではないかという説なのよ。だから、あくまでも、異次元の世界というような発想からくるものではなく、目の前に見えているものが、偽物なのかも知れないという考えを持っている人も少なくないと思うの。でも、これって、化学的に考えれば辻褄合わせにはもってこいの話で、いわゆるタイムパラドックスというものの解決案であるという考えがあるのよ。誰が言い出したのか分からないんだけど、無限にある可能性の一つを手繰って歴史が作られていくのであれば、過去に戻ってその原点を変えれば、同じ時間軸にしか進めないから矛盾が起こるわけでしょう? だったら、別の世界が同じ宇宙に存在していると考えれば、どんな時間軸でも、これからの歴史に影響は与えないということになるのではないかということでね。その考えがすべてではないけど、理屈を考えるのであれば、辻褄があっているような気がするんだ」

 と、ちひろは言った。

「うーん、難しいことはあまりよく分からないけど、私が勘違いをしていたということは分かったきがするわ」

 というのを聞いて、

――この子は、私とは、難しいの基準が違っているのかも知れないわね。いや、これは私がおかしいのか?

 とも考えてみたが、二人だけでしか話をしていないので、その結論はよく分からなかった。しかし、そもそも、難しいことという定義に良し悪しがあると考える方がおかしいのであって、考え方にいろいろあるのは当たり前のことで、それをちひろがどうのこうのいえるものではないだろう。

 ただ、ちひろ同様に、文学部に所属しながら、理学系のことにも興味津々の人がいるということを知れたことで、かえでという女性の存在を頼もしく感じられるのだから、ちひろの感覚も曖昧なものだった。

「時々、かえでと話をしていると、調子が狂ってしまうことがあるよ」

 というと、

「そうかな? 至って私は普通だけど?」

 と言って、とぼけているのかどうなのか、キョトンとした様子で、かえでは答える。

 そんな様子を見るのが好きなちひろは、いつの間にか自分が、

「かえで信者」

 になっているように思えた。

 ちひろという女の子は、自分に合わないと思うと、簡単に捨てるタイプだ。それも、後からだと気まずくなるということで、最初に感じたその時に、スッパリと捨てようとするのだった。

 だが、ちひろは、かえでにそんな感覚を抱かなかった。調子は狂わされることにはなるが、それはあくまでも愛嬌の範囲であって、その証拠に、学校で会っても、最初に声をかけるのは、ちひろの方だというくらいに、かえでに対して前のめりだったのだ。

 しかも、最初からちひろは、かえでに対して敬語を使わずに、ため口だった。こんなことはそれまでのちひろにはなかったことだ。

 それは相手に敬意を表しているからではなく、海のものとも山のものとも分からない相手に対しては、最初は敬語で接するというのは、マナーだと思っていたのに、そうではないということは、それだけ、かえでのペースに引き込まれたのだろうが、そう感じるのはプライドの高いちひろにとってはあまり喜ばしいことではないので、

「私が、敢えてかえでのペースに合わせているのだ」

 と、少し苦しい言い訳のような考えを持つのだった。

 そんな二人が、大学で同じ学部だとはいえ、専攻が違っているので、一般教養の間は同じ科目の講義もあったのだが、専門分野が入ってくると、なかなかそうもいかなくなる。大学にいる時間も合わなくなってきて、すれ違いということにもなるのだった。

 そのうちに、かえでに彼氏ができたという。ちひろは、何となく気づいていたが、かえでが隠そうとしていたので、敢えて自分から触れるようなことはしなかった。

「まあ、天真爛漫なかえでなんだから、彼氏くらいはすぐにできても不思議はないわよね」

 と思っていたが、ちひろとしては、

「だけど、彼女の感性についてこれる男性っているのだろうか?」

 と思うことで、実際にうまく付き合っていくことは難しいのではないかと思うのだった。

 だが、かえでにできた彼氏というのは、理学部の学生で、かえでが図書館で見ようとした本を、彼女が背が低いことで取りにくそうにしていたのを取ってあげたことで仲良くなったらしいのだが、彼からすれば、かえでが読もうとしていた本は、自分も読もうとして最初から狙っていた本であり、それをまさか、女子に、しかも、文学部の女の子が読むなどということは、彼の中では容易に理解できることではなかったようだ。

 その第一印象があまりにも強く、彼も、いつの間にか、

「かえで信者」

 になったようだ。

 かえでの方もまんざらでもないようで、

「彼が本を取ってくれたのって、運命の出会いのようなものだったのかも知れないわ」

 と、彼とすれば、敬意を表していて、かえでの方では、運命を感じているという、感覚的には違う目線からであるが、それでも引き合っているのだから、カップルとしては、

「いいカップルだ」

 と言ってもいいだろう。

 そんな彼であったが、かえでと仲が良かったのは最初だけだった。

 彼は確かに優しいし、いい男ではあったのだが、浮気性なところがあった。いや、いいかを変えれば、誰でも好きになってしまうというタイプで、なかなか一人に決めることができないタイプだった。

 だから、かえでとすれば、自分の彼氏を他の女の子にも見せびらかしたいというところがあったので、付き合っているということを、結構オープンにしてきた。

 かえでと付き合いのある女の子からすれば、

「またか」

 ということで、

「しょうがないな」

 と言って、やれやれと、頭を掻いていた程度だったのだが、だから、彼としても、そんなかえでだったら、うまくいくとでも思ったのか、彼女のまわりにいる女の子たちに目が移るようになってきた。

 元々は、かえでの彼女だという意識をまわりも持っていることで、警戒しているはずである。

「友達の彼氏を取った」

 などということが知られれば、まわりから自分が何と思われるか分かったものではない。

 それに、かえでがどこまで嫉妬深い女性なのかということを今の天真爛漫な彼女からは想像ができなかったからだ。

 下手をすると、執着型の嫉妬深さだったら、執念深く、恨みに思われ、下手をすると、誹謗中傷をまわりに言いふらされ、今まで築き上げた地位まで失ってしまいかねないと思うと、さすがに、かえでの彼とどうにかなるなどということは避けなければならないと思っていることだろう。

 大学時代の友達というのは、結構軽い付き合いをしているが、

「大学時代にできた友達は、結構、ずっと付き合っていける友達だったりするから、意外と大切にした方がいいと思うよ」

 と言われたことがあった。

 中学、高校時代というと、どうしても、受験というものが、目の前に迫っていて、高校生活の半分以上は、受験を意識しないといけないだろう。そうなると、早くから仲良くなっても、次第にそれぞれの立場などから、距離が空いてしまう。

 どちらから先に距離を取ってしまったとしても、そこに、大きな溝があることには変わりなく、逆に一緒に勉強をしていたとしても、結局レベルの違いなどもあり、勉強する時は自分ひとりなのだ。

 何と言っても、人と勉強するのは、孤独ではないと思うからであり、実際に勉強を一緒にしたとしても、そこで出てくるのは、

「一緒に勉強していても、孤独感が否めない」

 という思いであり、勉強が一段落して、本来であれば感じることができるはずの、満足感や達成感を感じることができないという、何ともやるせない気持ちではないだろうか。

 そんな時に感じるのが、

「賢者モード」

 というものであった。

 高校生くらいというとm思春期真っただ中、えっちな話にも興味深々で、身体も反応したしまう時期だ。男も女も、そんなムラムラした思いを、自慰行為で満たそうとするのではないだろうか。

 だが、自慰行為というのは、絶頂を迎えると、あとからやってくるのは、脱力感からくる憔悴感。そして、罪悪感である。そんな思いが襲ってくると、まるで仙人が悟りを開いた時のような、無の気持ちが溢れているように見える光景であった。

 それを、

「賢者モード」

 というのだが、これは、男子であっても、女性であっても、それぞれにあることだが、身体の作り、精神状態の持ち方、さらに成長の度合いの近いに、個人差があることから、人それぞれであるのは、想像もつくだろう。

 男女の違いは歴然としていて、何度でも絶頂を迎えることができる女性と、一度絶頂を迎えると、元の状態に戻るまでに、かなりの時間を要してしまう男性とでは、そもそも、身体の作りからして違っているに違いない。

 本来であれば、達成感や満足感に浸りたいのに、そんな、

「賢者モード」

 を、友達との勉強で感じることになるなど、思ってもみなかった。

 それでも、苛まれる孤独感から解放されたい一心で、また友達と勉強するということになるのだが、それこそが、

「負のスパイラル」

 というものではないだろうか。

 そんな賢者モードを知っていることから、大学に入ると、

「できた友達とは、なるべくトラブルは起こさないにしよう」

 と、ちひろは思っていた。

 そのため、最初から友達を作るということにも、慎重だったので、できた友達というのは、自分から作ったものではなく、向こうから寄ってきた人が多かったのだ。

 そういう意味では、

「押し付けられた友達関係だ」

 と言ってもいいかも知れない。

 かえでという女の子も確かにその類ではあったが、趣味が合うことで、他の人たちとは一線を画していた。

「ちひろとは、もし、今のタイミングで友達にならなかったとしても、いずれどこかで友達になっていたような気がするわ」

 という、ちひろにとっては、心に刺さるようなセリフを、さりげなく口から発することができるかえでに対して、ちひろは敬意を表していた。

 ちひろは、自分よりも優れているところだと思うことを持っている人に対して、大いなる感情を抱くことがあった。そういう意味で、かえでという女の子は、

「私のツボをしっかりつかんでいる」

 と言える友達ではないかと思うのだった。

 だから、かえでに彼氏ができたと聞いた時、一瞬、

「取られるような気がする」

 という気がして、嫌な気分になったのだが、その気持ちが顔に出ていたのかも知れない。

 その時、かえでの顔がそれまで見たこともないような怪訝な表情になったからだ。ただ、それも、

「こちらが最初にしちゃったからな」

 と感じたことで、すぐに表情を戻すことができた。

 そう思っていると、一瞬怪訝な顔になった、かえでの表情も、いつものような天真爛漫な雰囲気に戻ったのだ。

「やっぱり、以心伝心なところがあるのかな?」

 と感じたが、それも、かえでという情勢が持ってうまれた天性の勘のようなものではないかと思うと、

「やはり、かえでには適わない」

 と感じさせられたのだった。

 彼との関係は、表から見ている分には、別に問題なく進んでいるように見えた。ただ、あまりにも、平和に見えることで、かえでが、安心しきっているのか気になっていた。

「かえでは、人を信用しすぎるところがあるから、気を付けた方がいいよ」

 と忠告したことがあったが、それは、表情からも仕草からも溢れ出ている雰囲気が気になったからだ。

「あまり人を信用しすぎてはいけない」

 と、いうことを言われて育ってきたちひろにとって、天真爛漫に見えるかえでの姿は羨ましいと思う反面、見ていてハラハラさせられるところがあるので、不安の方が強かった。

 自分がかえでのようになろうとしてもなれないことは分かっているのに、それでも必要以上に羨ましく感じないのは、それを含めても、不安に感じる方が大きいからだ。

「もし、かえでが誰かに騙されるようなことになれば、私はどんな感情を抱くだろうか?」

 と、ちひろは感じた。

「私のことだから、かえでと一緒に怒りに震えるかも知れないが、当の本人である、かえでの方が、先に忘れてしまうかも知れない。喉元過ぎれば熱さも忘れるという言葉は、まさにかえでのためにあるような気がする」

 と感じたからだ。

 だが、かえでと付き合っていた彼が、今は露骨にかえでの友達を物色し始めたということを、かえでは自覚しているのだろうか?

 ちひろに対しても、モーションをかけてきた。ちひろはさすがに親友の彼に手を出すようなことはできないという自覚が最初からあったので相手にはしていなかった。

「まさか、この男がここまで露骨にひどい男だったなんて、思ってもみなかった」

 と感じると、

「かえでは、一体どう思っているのだろう?」

 と考えるようになった。

 かえでは相変わらずであるが、その心境は、穏やかではないはずだ。

 ちひろのほうでは 、なるべく冷静に考えているようだが、それでも相手がかえでであれば、そんな慎重さが知らず知らずのうちに、消えていくのを感じていた。

 では、かえでの砲ではどうなのであろうか?

 ちひろと最初に知り合った時、ちひろの方では運命のようなものを感じたようだが、かえではそこまでの感覚はなかった。むしろ冷静に接していたつもりだったが、そのことをかえで自身は自覚していた。

 そもそも、かえでが天真爛漫になったのは、高校時代までは、ちひろと同じような慎重派の女の子だったのだが、友達と一緒にいるうちに、自分だけが一人まわりから取り残されていることに気づいたのだ。

 かといって、自分から話しかける勇気もない。

 そんな時、一人の女の子が、かえでに、

「相談があるんだけど」

 ということで、相談してきたことがあった。

 それは、彼氏のことで、自分には彼氏がいないので、

「私、男性とお付き合いしたことがないんだけど、それでもいいの?」

 と正直に告げると、その子は、

「ええ、いいの。今まで、彼氏がいる人ばかりに相談していて、そのせいで、偏った話しか聞くことができなかったのね。皆それぞれ違っている意見に見えるんだけど、結局は同じことを言っているだけなの。それを思うと、私は、いつも本当にそっちに引っ張られていいのか分からずに不安になってしまうのよ。だから、彼氏がいないのではないかと思えた、吉岡さんに相談したいと思って」

 というではないか。

 今までは自分のような、これと言って、とりえのない人間に、話しかけてくれるのはおろか、まさか相談してくれるような人が現れるなど、想像もしていなかった。

 それに、正直に、

「男性とお付き合いしたことはない」

 と言って、引かれてしまうことを覚悟で話をしようとしたのに、それを分かってくれているということを聞いて、気が楽になった。

 かえでは、自分の意見を忖度なしに答えた。相手だって、経験者からの意見ではないことを分かっているだけに、第三者的な目で見ていることが分かると、最後には、

「ありがとう。目からうろこが落ちた気分だわ。今の助言を参考に、もう一度考えてみるわね」

 と言って、その日は、別れた。

 一か月後くらいに、彼女が話しかけてくれた。かえでは、彼女が、

「どうなったんだろう?」

 という意識を持っていたが、

「こちらから話しかけるのも、何かが違う」

 と思っていたので、何も聞けなかった。

 だが、彼女の方から話しかけてくれて、

「あの時、乗ってくれた相談だったんだけど、あなたの言ってくれたことを参考に、私も少し強めに彼に指摘したみたのね。そうすると、急に逆切れしてきたので、それを見ると、なんだか冷めちゃったわ。どうも、私のことを支配したいという気持ちの持ち主だったようで、私だったら、何とかなるとでも思っていたようね。かえでさんがそのことを指摘してくれたおかげで私も我に返ることができて、大胆になれた気がしたわ。本当にありがとう」

 と言ってくれた。

 それを聞いて少し複雑な気持ちになっていると、さらに、彼女は続けた。

「かえでさんは、自分で思っているよりも、もっと開放的な性格だと私は思うのよ。だから積極的に人とかかわってみるのもいいかも知れないわ。私でよかったら、お友達になりたいんだけど、いいかしら? 一緒にいろいろ成長していきたいって思うのよ」

 と言ってくれるではないか。

 かえでは、まず自分のことを、

「かえでさん」

 と呼んでくれることに感動した。

 そして、その頃から次第にかえでは天真爛漫になって行ったのだが、時々、自分だけが浮いていることに気づいていた。しかし、それでも、その性格を変えるようなことはしなかった。なぜなら、前の性格に戻すことへの恐怖心があり、

「もし今、前の性格に戻してしまうと、もう二度と天真爛漫で明るい性格になることができなくなるような気がするのよね」

 と思うのだった。

 そんなかえでに対して、ちひろは、自分の性格である冷静さをあからさまにするようになった。

 どうして、ちひろがそうなってしまったのか分からなかったが、ちひろが、

「自分であからさまにしたいのであれば、それも仕方がない」

 と思うようになった。

 ただ、そんなちひろの態度は、

「私が悪いんだ」

 と、考えるようになっていた。

 かえでは、たまに、

「何でも自分が悪いんだ」

 というネガティブな考えに走ってしまうことがあった。

 だからこそ、まわりの人に自分が天真爛漫な性格だということを示そうとしているに違いない。

 そのことを、ちひろは分かっていて、それを自分に悟らせるつもりで、あからさまな冷静さを装っているのではないかと感じたのだ。

 そんな相手に、こちらが意固地になったところで仕方がない。張り合うくらいなら、もっと自分の気持ちを相手にぶつけるくらいでないとダメな気がしたからだ。

 そんなことを考えていると、かえでには、時々相手の気持ちが、急に分かる時があるのを感じた。

 知りたいことも知りたくもないことを言われる感覚は、嬉しいものでは決してない。むしろ知りたくもないことを知らされるのは嫌だった。

「知らぬが仏」

 というのは、まさにそのことで、もし、自分に予知能力のようなものが備わることになったとすれば、

「そんなものはいらない」

 と、返上したくなる気持ちになることだろう。

 しかし、人間というのは、おかしなものというか、厄介なもので、いらないと思っていることほど、知らされてしまうことの方が多いようだ。

「皮肉という言葉、こんな時に使うんだろうな」

 と、思うのだった。

 天真爛漫な性格だということは、もう大体まわりの人には周知されるようになってきたようだ。

 ちひろ以外にもたくさん友達はできたが、ちひろだけは特別だった。だが、そのことを表に出すと、他の人が変な気を遣うし、ちひろ自体のプレッシャーになると思うので、敢えて、友達は皆同じようなものだというような対応をしていた。

 それが、どうも、ちひろの自尊心をくすぐっているかのように思えた。

 かえでが考えているちひろのイメージは、

「自尊心が強くて、独り占めしたい性格なのではないか?」

 と考えるところであった。

 本来なら、褒められた性格ではないのだが、その本人の中にある嫉妬の対象が、自分であると考えているかえでは、敢えて、ちひろに自尊心をくすぐらせて、自分を意識させようという態度に出ているのであった。

 あざといと言えばそうなのだが、それをmかえでの方では、

「天真爛漫だ」

 と捉えているというのは、かえでによってはいいことなのかも知れない。

 しかし、これはまるで薄氷を踏むようなもので、ちひろが、自分のことを、少しでも疑うようなことがあったら、すぐに氷は割れてしまって、一瞬にして、氷面から消えてしまうのではないかと思われた。

 しかも、それまでの天真爛漫さから、軽いイメージがあったため、その存在すら忘れられてしまうのではないかという思いである。

 もし、一緒にどこかに出かけて、かえでだけが行方不明になったとしても、

「最初から、かえでなんていなかったんだ」

 と言って、探そうともしないのではないかと思うと、これ以上の恐ろしさは感じられないと思うのだった。

 そんなことを考えていたかえでだったが、ちひろと、超科学な話をしている時だけは、いきいきしていた。それはちひろも同じことで、

「二人の間に共通の話題がある分、絆は強いのかも知れない」

 と思う反面、

「その共通の思いがなくなると、一緒にいる意義を感じられなくなり、お互いに意識していたことがウソのように、簡単に離れていくのではないか?」

 と、かえでは考えるようになっていた。

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