第9話 告白

 あのあと騒ぎになってしまったので、フィーネを俺の部屋に連れて行ったのだが……     



「こっそり好意を伝えてたはずなのにーーー!! なんで、あなたはエルフ語がわかるのよーーー、ばかーーー!!」



 とずっと悶えていた。心なしか罵倒が幼児化している気がする。まあ、確かにエルフ語がわかるのを黙っていた俺が悪いのは否定できない。



「いやぁ、戦闘ではあんまり役に立たないんだけどさ、俺のスキルは『万物の翻訳者』っていう翻訳スキルなんだよ。まあ、雫姉さんも同じような神の奇跡がつかえたからあんまり目立たなかったけど……」



 苦笑する俺をじろりと涙目で睨みつけてくるフィーネ。そう、魔法は使えなくなったが、スキルはなぜかこっちに戻っても使えたのである。



「だけど、お前も俺のことを知っているのに、黙っていたんだからお互い様だろ」

「うっさい、ばかシィーヤ!!」



 すっかり幼児退行してしまったフィーネに俺は苦笑するしかない。まあ、あれだけ恥ずかしいことを言っていたんだ無理もないかもしれない。

 あとはまぁ、こういう感じはフィーネとはじめてあったときのことを思い出して、ちょっと懐かしい。



「でも、お前があの時のお姫様だなんてな……」

「ふんだ、私の正体に気づかなったくせに……」

「そりゃあ、無茶苦茶大人になってるんだからわかるわけないだろ……」



 そう言われれば今の彼女の顔に面影はあるが、すっかり成長した彼女をわかれというのは少し酷だろう。当時であった彼女はまだまだ子供だったのに、今は完全に大人なのだ。すらりとしたモデルのような体系に人間離れした美しい顔立ち……改めてみると本当に美人である。



「その……大人っぽくなったでしょう?」

「ああ、大人っぽいし、美人だよ」

「えへへ、シィーヤにほめられたーー!!」



 それまでのツンツンした様子がどこにいったやら満面の笑みを浮かべるフィーネ。ってかさ……



「もう、普通にこっちの言葉でもデレるんだな」

「当たり前でしょう。もう、私の本心はばれてるんですもの。悪い?」



 顔を真っ赤にしながら上目遣いで睨んでくるフィーネの可愛さに俺は冷静さを保つために膝をつねる。くっそ、普段ツンツンしているのとクールっぽい顔つきなのにこんなに可愛いことを言うのはずるいだろ。



「確認なんだけど……結婚の約束した大好きな人って……」

「シィーヤのことに決まってるでしょ!! 大体、大体好きでもない人のためにお弁当を作るわけでしょうが!! 雫さんに頼んで一生懸命練習してたんだからね!!」

「いや、お隣の天〇様では好意がなくてもご飯をつくっていたが……」

「誰よ、天〇様って……まさか女神さまの眷属もこっちの世界に来ているの?」

「いや、なんでもない……」


 

 ややこしくなりそうなので慌ててごまかす。そして、顔を真っ赤にして唇を尖らすフィーネの言葉で、今日もらったお弁当が懐かしい味がした意味をわかった。あれは雫姉さんが俺のお母さんに習って良く作ってくれた大好物だったのだ。

 どうやら、彼女はいつか俺と再会するときのために頑張ってくれていたらしい。でもさ……



「フィーネ……俺が元の世界に送られたってのは知ってたんだろ? もう、会えないかもしれなかったんだぞ」

「わかってるわよ。だけど、大好きな人のために頑張ってるのは楽しかったわ。それに約束したじゃないの……クレープを一緒に食べようって……その……恋人になろうって……」

「フィーネ……」



 フィーネはかつて指切りした小指を俺に見せつけるようにして立てる。それを見た俺の胸に何か熱いものを感じる。

 こいつは俺と再会できる保証もないのに、何百年も頑張っていたのか……

 そんな彼女に好意を抱かないはずがない。



「その……重い女は嫌いかしら? シィーヤ」

「そんなはずないだろう……」



 かすかに震えながら俺を見つめる彼女の瞳は熱を帯びている。ごくりと生唾を飲んだのは俺か彼女のどちらだったろうか?

 彼女の指先が震えながら俺の指に重なった。そして、彼女の体が徐々に引っ張られるようにして俺の方へと傾いてくる。



「……」

「……」



 フィーネの熱い吐息を胸元でかんじると共に甘い匂いが俺を刺激する。そして俺は彼女の背中に手をまわし、だきしめようとして……



 胸の中でずきりと何かが痛むのを感じた。そう、これは失恋の痛みだ。そう……非常に情けない話だが、俺はまだ雫姉さんとのことを引きづっているのだ。

 こんな中途半端な状態で俺は彼女の気持ちにぶつかってもいいのだろうか? そんなことが頭をよぎると抱きしめようとした手がとまってしまい……それと同時にどこからから音楽が流れ、俺とフィーネはばっと離れ、彼女はカバンから取り出したスマホに出る。



「ええ、ララノア。もう帰るわ。門限ですものね」


 

 顔を真っ赤にしつつ冷静を装っているフィーネを見て、いまだドキドキが止まらない自分に驚く。彼女は俺のことを大好きだと言ってくれて……

 なのに、俺はまだ雫姉さんのことを引きづっていて……目の前の彼女にちゃんと向き合えない自分を殴りたくる衝動に襲われる。



「ごめんなさい、神矢。今日はもう帰るわね。クレープ美味しかったわ」

「フィーネ……」



 俺の気持ちを見透かしたように先ほど抱きしめ返さなかったのことに触れない彼女に何といえばいいかわからない。だけど、このままじゃいけないと思う。

 そんな俺の動揺がわかっているかのように彼女は笑顔で言った。



「あなたも混乱しているでしょうし、答えは急がないでいいわ。その代わり明日からは遠慮しないからね!!」

「フィーネ!!」



 俺の呼び声を無視し逃げるようにして、彼女はさっさと出て行ってしまう。俺は追いかけようとして……



 今の俺はフィーネを呼び止めて何て言うんだ?



 そう思って、止まってしまった。



 告白してくれていた時に彼女の唇は震えていた。当たり前だ。だって、告白をすれば良くも悪くもその関係性は変わるのだ。

 拒絶される可能性もあったというのに彼女は頑張って想いをつげてくれたのだ。



「お前はすごいよ、フィーネ……俺と違って進んでいるんだからさ……」



 彼女は子供のころにあってからずっと俺のことが好きだったという。その気持ちもわかる。俺だって雫姉さんのときがそうだったから……自分の中で相手の存在と気持ちが大きくなって、大きくなって失うのがこわくなるのだ。

 だけど、彼女は俺とは違い、ちゃんと想いを告げてくれたのだ。



 短かったけど一緒にいた彼女のことを思い出す。彼女の初恋の相手ではないからと、エルフ語でデレている言葉と向き合うのを避けていたが、もうそんなことはできるはずがない。



 俺のことを何年も思ってくれていたフィーネ……

 俺にあってからずっと嬉しそうにしてくれたフィーネ……

 それまでろくに料理もしていなかったのに、俺のために雫姉さんに教わって好物を作ってくれていたフィーネ……



 なんだ、あいつ。俺のこと好きすぎだろ……そして、俺も自分の気持ちがわかってしまった。だって、あんなに好意を示されて、本当に気づかないはずがないのだ。俺が彼女と居続けたのは俺も彼女のことが気になっていたからなのだろう。

 


「なんで俺はあいつに言われる前に向き合わなかったんだよ……」



 自分のあほさ加減に嫌気がさして……それで、俺は意を決してラインを送る。



『フィーネ……明日の朝いつものところに来てくれないか? 話したいことがある』



 と……あっちの気持ちがわかっているというのにこんなにドキドキするのだ。あいつはどんな気持ちで俺に告白したのだろう。

 明日必ず自分の気持ちを伝えよう!! そう思った俺だったが、フィーネからラインがかえってくることはなかった。



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最初はお隣のエルフ様だったんですよ……やはりツンデレがいいなってなってこうなりました

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