第8話 フィーネ(フィーネ視点です)
私が初めてシィーヤに会ったのは今から百二十年ほど前のことだった。当時はこの世界では魔王との戦争中であり、エルフの里も戦火にさらされていたので、私は人間の城に保護されていたのだった。
当時の私は人間で言う五歳くらいで、護衛のエルフもみんな忙しそうで構ってくれなかったのが寂しかったのを覚えている。だけど、私が騒げばみんなの迷惑になるというのはわかっていた。だから、一人で噴水の流れる水を眺めながら聞きなれない言葉や自分とは違う種族に囲まれながら寂しさをごまかしていたのだ。
「こんなところで一人で大丈夫か? もしかして、迷子か?」
そんな私に話しかけてきたのはこの世界では珍しい黒髪の人間だった。彼は戦いで怪我でもしたのか足を引きづっていた。そんな彼に私は……
『別に大丈夫よ!! 子ども扱いしないで!!』
などと冷たいエルフ語で言葉を言ってしまったのだ。どうせ言葉なんてわからないだろうという気持ちもあったし、それは泣きそうなところを見られた恥ずかしさとか、知らない人への恐怖とかいろいろと入り混じった結果だったけど、今ならわかる。
心配してくれた彼に私はとても失礼なことをしてしまったのである。
「あはは、ごめんごめん。俺は人間だからいまいちエルフの年齢がわからないんだよ。君はレディだったんだね」
『あなた……エルフ語がしゃべれるの?』
それは驚きだった。人類でエルフ語をしゃべれるのはかなり限られるのだ。例えばエルフとの交渉を任された役人とか、パーティであったりする貴族なのがそれにあたる。だが、目の前の少年はそんな偉い人には見えなかった。
「まあ、ちょっとした事情があってしゃべれる様になってな……。それより、エルフに興味があるんだ。よかったら色々と教えてくれないか?」
『ふん、まあ、別にいいわよ!!』
自分では気づいていなかったが、言葉が通じない相手ばかりというのはやはり不安だったのだ。エルフ語が通じるということが嬉しくて、私は意気揚々といろいろなことをしゃべったのだ。
『エルフの森にはユグドラシルっていうすっごい大きい樹があってね……』
「うんうん」
『私たちエルフは主に草と果物を食べるんだけど……時々パパに異種族と接するときに失礼のないようにって言って、とってきてくれるイノシシのお肉は獣臭くてとてもじゃなくてたべれるようなものじゃないの。なのに残したら怒るのよ。ひどくない?』
「うんうん」
それは私が大好きなことを話すだけの支離滅裂な会話であり、退屈なはずだった。だけど、彼は本当に楽しそうに、嬉しそうに聞いてくれたのだ。
そして、そんな風に話しているとすぐに日が暮れていき私は仮の宿にかえらなくてはいけなくなってしまった。
そして、彼とは別れると思うとすごい寂しさが胸をよぎってくるのを感じる。
もう会えないのかな……もっと、お喋りしたい……
ひょっとしたら顔に出ていたのかもしれない。彼は私の気持ちを見透かしたようにこういったのだ。
「よかったら明日もお話をしてくれないか?」
『もう……仕方ないわね。付き合ってあげるわ!!』
せっかくの好意に、気持ちがばれていたというのが恥ずかしくて、つい、かわいくないことを言ってしまった。だけど、彼は先ほどと同じように笑ってくれて……彼とまた会えるのが本当にうれしかったのだというのに気づく。
そうして、私と彼の噴水でのお話は続いた。
どんどん話していると彼がこの世界の住人ではないということがわかった。難しいことはわからなかったけど、噂で人間たちが勇者と聖女を召喚していたことは聞いていたので、その話をふると彼はあいまいな笑みを浮かべた。
『もしかして、あなたが噂の勇者様なの!?』
「いや、俺は……ただのおまけだよ。今回だって魔物と戦ってケガしたせいで戦えないしな……」
『えーと、それは……災難ね……? でも、これ以上傷つくことはないからよかったじゃないの!!』
「まあ、気にしてないから大丈夫だよ」
何があったかはわからないけど、少しへこんだ様子の彼を励まそうとあたふたしていると苦笑された。
「昨日は色々と教えてくれたから俺に今日はお礼に異世界の話をしてあげるよ」
そういって、彼が語った言葉は信じられないものばかりだった。例えば魔法を使わないでも離れた人と会話ができたり、げぇむ機というものでいろいろな遊びができるとか……そしてなによりも豊富な食生活などが私の興味を引いた。
『へぇ、あなたは聖女様とは幼馴染で、よくクレープを食べていたのね!! もしかして恋人ってやつかしら?』
そんなことを聞きながらなぜか自分の胸がチクリと痛んだを不思議に思っていたのをまだ覚えている。そして、その後の彼の表情も……
「あはは、だったら、よかったんだけどな。聖女様は勇者様と恋仲なんだよ、まるで物語みたいで素敵だろ? 俺みたいなモブキャラには縁がない話なんだよ」
そういう彼の表情は泣きそうで……モブキャラというのはよくわからなかったけど、彼が自分を卑下していたのがわかった。
そして、それを聞いてなぜか悔しいって気持ちになったのを覚えている。だって、彼は寂しかった私に元気をくれたすごい人なのだ。私にとっては勇者や聖女よりも立派な人だったのである。
だからだろう、反射的に言葉が出てしまった。
『そんなことない……あなたはすごいわ!! だって、私に元気をくれたもの。だから、特別にあなたを私の恋人にしてあげる!! 私ってばエルフのお姫様なの。だから、私の恋人になればあなたのことをみんなすごいっていうわよ!!』
そういった私の言葉に彼は驚きの表情をして……笑ってくれた。
「あはは、ありがとう。じゃあさ、いつか一緒にクレープを食べよ。恋人と食べるのが夢だったんだよ」
『ええ、付き合ってあげる!! 約束するわ!!』
「じゃあ、手を出して……指きりをしよう」
そういうと彼は指を差し出してくる。いったい何だろうと思うと彼は私の指に絡ませてきたのだ。
『ちょっと……いくら恋人にしてあげるっていったからって、エッチなことはなしよ!!』
「あはは、違うって。これは俺の世界のおまじないなんだよ。約束を守りましょうってね」
彼の指は暖かくて、その手はすごくおっきくて、彼にふれていると胸がポカポカするのをかんじたものだ。
「指きりげんまんうそついたらはりのーます♪」
『ゆ、ゆびきりげんまん? うそついたらはりのます?』
「あはは、そうそう、君は賢いな」
『もう、私を馬鹿にしているでしょう!!』
そんなことをして、帰った私は胸のドキドキが止まらなかったのを覚えている。私はこれからもずっと彼と会えるのだとしんじていたのだ。この日常が続くと信じていたのだ。
魔王との戦いで日常を失ったばかりだっていうのに……
そして、当たり前のように別れの日はやってきた。
「明日は会えないってどういうこと……?」
「ごめんな、勇者様と聖女様がついに最後の四天王を倒して、魔王城の結界を解いたんだ。だから、俺もいかなきゃいけないんだ」
申し訳なさそうにしている彼を見て、大人たちが昨晩何か騒がしかったのを思い出す。確か、魔王まであと一歩だって言っていた気がする。
そして、最終決戦がはじまり戦闘員のほとんどが動員されるとも……寂しかったし、怖かった。だけど、私だって知っている。この戦いはすっごい大事なんだってことは……
だから、彼が迷いなく行けるように頑張ってほほ笑んだ。
『わかったわ。行ってらっしゃい。でも、約束よ。また異世界のお話をしてね。それと……私とクレープを一緒に食べてくれなきゃ許さないんだから!!』
「ああ、もちろんだ。クレープはさ、イチゴホイップ。ホイップ多めが美味しいんだ。一緒に食べよう」
『ええ、じゃあ、ゆびきりげんまんよ!!』
彼と再び私は指を絡める。その指が震えていたのは気のせいではないだろう。だけど、私は止めることなんてできなかった。彼のその目は戦士の目だったからだ。
魔物を倒しに行って帰ってこなかった兄と同じ決意に満ちた目だったからだ。
『シィーヤ……』
それを思い出した私は不安に襲われ、思わず戦地へと向かう彼の方へと駆け出そうになって……力強い腕に止められる。
『フィーネ様、そろそろシィーヤ様もそろそろ出発のお時間なんです』
『ララノア……でも……』
遠くで私たちの様子を見ていたのだろう、振り返ると護衛のララノアが珍しくつらそうな顔をして私の腕をつかんでいた。
『シィーヤ様も勇者様や聖女様と同様にこの戦いで大事な役割があるんです。だから今は耐えてください』
『ええわかっているわ。それに、大丈夫よ……だって、約束したんですもの』
私は彼の感触が残る指を見つめ悲しみに耐えようと努力する。ああ、こんなことだったら、名前くらい教えておくべきだった。
もし、私がお姫様だと知って、距離を置かれたらいやだなと黙っていた自分を後悔する。彼がそんなことをするはずないってわかっていたのに……
そして、泣きそうになった時に暖かい感触に包まれる。
『フィーネ様……寂しい思いをさせて申し訳ありません』
『大丈夫よ。だって、あなたたちが戦場でがんばっていたことくらいわかっているもの』
ララノアの温かさに包まれながら私は寂しさに耐える。大丈夫、シィーヤは帰って来るって約束したんだもの。ゆびきりげんまんしたんですもの。
そう思って彼を想って一週間がたった。何やら街が騒がしい。これは歓声だろうか。一体何が……と窓から顔を出す。
「魔王討伐隊が帰ってきたぞーー!!」
「勇者様や、聖女様も無事だそうだ」
その言葉を聞いた私は思わず駆け出していた。そして、人だかりを見つけ駆け寄ろうとするが、小さい体ではとてもではないが近寄ることができなかった。思わず泣きそうになっていると、先頭を歩いていた黒髪の青年と目があった。
「すまない、道をあけてください!! そのエルフの少女に話があるんです」
その言葉で人々が左右に動いてくれて私までの道が開かれる。そして、黒髪の青年と、黒髪の少女がこちらへと駆け寄ってきた。
「君が……神矢と一緒に話してくれていたエルフの子でいいかな?」
『ええ、そうよ!! その黒髪……あなたが勇者様と聖女様ね!! シィーヤはどこにいるの? 帰ってきたらクレープを食べようって約束しているの!!』
「それは……」
どうやら、シィーヤと同様にエルフ語がわかる黒髪の少年と少女……勇者様と聖女様が顔を見合わせて、悲痛な顔をする。そして、勇者様がとても言いにくそうに口を開く。
「神矢はね、魔王の魔法から僕らをかばって元の世界へ戻らされたんだ……ごめん、僕らがもっと強ければ……」
『え……』
どうやら魔王は勇者を何とかするために『逆召喚』という魔法を生み出していたらしい。その魔法から勇者様と聖女様をかばって彼は元の世界に戻ったというのだ。
その時の私は詳しいことはわからなかった。だけど、このままでは彼ともう二度と会えないということはわかった。
今まで両親になかなか会えない寂しさとか戦争中だというつらさとかいままでこらえていたものが、シィーヤとはもう会えないという事実であふれてしまい、私は情けなくもわんわん大泣きをしてしまった。
そして、私がそれまでそのつらさを耐えることができたのは彼が優しくしてくれて、楽しく過ごされてくれたからだと気づく。
これは私の初恋だったのだろう、私は彼が大好きだったのだ。
それから世界は大きく変わった。魔王がいなくなり勇者様と聖女様は魔王軍の拠点後に国を建てて小国の王となり、元の世界に戻る魔法の研究をしていた。
私は勇者様と聖女様とはあの件をきっかけによく会うようになった。勇者様は彼ほどではないが優しくて、かっこうよかったし、聖女様は優しくて包容力のある魅力的な女性だった。
シィーヤはこういう人が好みなのね。
そんなことを思いながらいつか異世界へいったときのために聖女様にいろいろなことを教わっていた。あっちの世界にはスマホっていう離れたところにいる人と話せる魔道具のようなものがあること、おいしいものがたくさんあることなどいろいろと学ぶことがあった。いつか彼に手料理を振舞えるようにと、シィーヤの大好きな料理だって習った。
「フィーネちゃん……無理してお肉料理を作らなくてもいいのよ?」
『私はこれがつくりたいの!! だって、シィーヤの大好物なんでしょう!!』
彼の大好物であるハンバーグという料理を手際よく作る聖女様に対抗心を燃やしていたのだろう。私は苦手なお肉だけど頑張った。
「その……日本語は難しいのよ。だから、私たちが通訳してあげるわ……」
『いいの!! 私は私の言葉にで彼に想いをつげたいの!!』
そして、一番大変なのが語学だった。勇者様と聖女様は聖女様の『女神代行』という女神さまの力を使うことができるスキルで、私たちと同じ言葉を理解しているらしいのだが、それはこの世界でしかつかえないらしいのだ。
だから、いつか彼に再会しても困らないように私は一生懸命勉強していた。いつか異世界へいくための魔法が完成することを願って……
そして、六十年の月日がたった。
「フィーネちゃん……ごめんね……結局魔法を完成させられなくって……」
『大丈夫よ!! 私たちこそ、あなたたちを元の世界に戻せなくてごめんなさい』
結局異世界へ行くための魔法は完成しなかった。最後まで申し訳なさそうにしていた聖女様に私は涙をためながらも笑顔で感謝を伝える。
『私たちを救ってくれてありがとう。聖女様たちと過ごした時間は楽しかったわ』
「私もこの世界で過ごせてよかったと思っているわよ。フィーネちゃんともいろいろと話せたしね……あなたは私にとって妹のようで、神矢との思い出を共有できる仲間で親友だったわ」
そうしてほほ笑むと彼女はこういって息を引き取った。
「フィーネちゃん。私たちの子供たちを見守ってくれたら嬉しいな……」
最後まで人のことを思う素晴らしい人だった。そうして、私は勇者様と聖女様の子孫と仲良くしながら、エルフの里の力を借りて異世界へと行く魔法の開発を続けていた。
もう、シィーヤ……いや、神矢はいないかもしれないけど、せめて彼や勇者様と聖女様の生まれた世界を見てみたいなと思ったのである。
神矢との別れから120年……人間で言う私が16歳になったときついに魔法は完成した。国家間での様々な調整を行って、私はついに留学生として、彼の世界へ転校生としていくことになったのである。
そして、そこで私は奇跡のような再会を果たす。私がたまたま行った高校に神矢はいたのである。どうやら私の世界と彼の世界では流れている時間が違う様で、少し大人になった彼はとてもかっこよかった。
そりゃあ、彼の故郷にある高校を希望したのだけど、まさか会えるなんて思わなかった。なんて話そう、何を話そう。彼は成長した私を可愛いって思ってくれるかしら? そうわくわくしていた私に彼はこういったのだ。
「初めまして、異世界って緊張するかもしれないけど、何かあったら言ってね」
と……そう、彼は私のことを覚えていなかったのである。そりゃあ私は大人になっているけど、わざわざあの時につけていたブローチとか身に着けていたのである。
だから、ちょっと悔しくて、ついいじわるをしてしまったのだ。
いつか彼が……私に気づくか、私を好きになったら正体を明かそうと……そんないたずらをすることにしたのだ。
「初めまして、私の方こそよろしくね」
と……あとは普通に彼に色々とお世話をしてもらいながら高校生活を過ごすことになる。あいかわらず優しくて、五分に一回くらい胸がばくばくしてしまったが、私だけ惚れているのは悔しくて……好意を告げるときはいつもエルフ語で言っていた。
だって、私がこんなに彼のことを好きってばれたら恥ずかしいもの……
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思ったより長くなってしまった……
フィーネちゃん可愛いなって思ったら☆とかフォローしてくださると嬉しいです。
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