第2話 武装解除に成功しました

 一限の授業が終わると、さっそく麦谷紅ばくや くれない田主輝奈子たぬし きなこの席に文字通り飛んで来た。


 麦谷はロケットのようにジャンプし空中で一回転すると、田主の席の隣に「シュタッ」と着地した。そして髪をさらりとかき上げながら自信満々に言った。


「ふふっ、登校中に権力の走狗おまわりさんから奪ったこの拳銃で、あなたを抹殺するわ!どう、怖いでしょう」


 麦谷は拳銃を突き付けた。田主は表情を変えずに言った。


「ふぁあ、規則によって警察官が持っている拳銃は普段は回転式弾倉シリンダーに弾を装填そうてんしないことになっているのです。なのでわたしは殺せないのです」


「ええっ!そうなの!」


 麦谷の顔がみるみる青ざめ、全身がガタガタと震えだし動揺どうようを示した。


(本当は口から出まかせを言っただけなのですが、うまくいったのです)


 田主は心の中でほくそ笑んだ。


「でも、銃の種類によっては常時装填していることもあるので、わたしが代わりに刻印を確認してあげるのです」


田主はひょいっと拳銃を取り上げた。


「この武器は危険なので、危険物として先生に渡しておきます」


「ああっ」


 麦谷はさよならホームランを打たれた高校野球の投手のようにガックリと膝をついた。


「……くっ、まんまと武装解除されてしまったわ。わたしのテロリストとしてのアイデンティティが……」


 田主は麦谷をなぐさめることにした。


「だ、だいじょうぶですよ……麦谷さんのポケットにはまだ魚があるからアイデンティティは失われていないのです……」


「さかな?何言ってるの、わたしのポケットにそんなものが……あったわ!そうよ、規制をかいくぐるためにサンマを用意したのを忘れていたわ!」


 田主はわざとらしく、「うんうん」と二回うなずいた。


「忘れることは誰にでもあるのです。それよりもこれから先、サンマを忘れないようにすることが重要というわけです」


「くっ、あなたの方が一枚上手だったわね。アイデンティティは持っている道具ではなく、思想と矜持きょうじだということを忘れていたわ」


 麦谷は元気を取り戻した。


 麦谷紅は最後に、優雅に髪をかき上げて言った。


「ふっ……今日のところは戦略的撤退ということにするわ。でも必ず態勢を立て直してあなたをテロ攻撃の標的にするから覚悟しておくことね」


 ――こうして麦谷の転校初日、危うい均衡きんこうの上で校内の平和は維持されたのであった。

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