第3話 噓つきは殺人の始まり

「二件目の事件は、あの畑が現場でした」

 そう言って的場は、プールサイドから見える畑の方を指さした。あんな凄惨な現場になったことが嘘のように、青々とした緑が生い茂っている。

「あそこで殺害されたのは、二子幟武彦というこの学校の生徒でした。死因は刺殺で、胴体をぐるりと囲むようにロープで縛られていました。しかし、こちらの事件は一件目の波風くんの事件とは、あまりに手口が違うんです」

 的場はそう言うと、再び人差し指を立てた。そして自分が集めた全員と一度ずつ目を合わせた後、息を継いで話を続けた。

「一件目の事件では、先ほどお見せしたような手の込んだアリバイ工作が仕掛けられていました。でも二件目の事件では、そう言った痕跡は一切見られなかった。犯行現場に選ばれた畑は敷地の外からもよく見える場所だし、凶器だって現場にそのまま捨てられていた。未だ凶器が何か分かっていない一件目の事件とは、あまりに対照的すぎる」

 そこまで的場が言ったところで、波佐間が割って入ってきた。

「つまり、一件目と二件目の犯人は違うということか」

 その波佐間の発言を聞いた的場は、立てた人差し指を波佐間の方に差し出して左右にゆっくりと振りながら、それに合わせて首を横に振った。言葉こそ伴わなかったが、そこには確かに侮辱の意味を込めていた。

「一件目と二件目では、犯人の目的が違ったんですよ。波佐間さん、あなたはそれにまんまと引っかかって、犯人が誘導したいとおりに事件を推理してしまったんです」

「どういうことだ」

「この事件が、五年前の事件に端を発している。犯人は、そう思わせたかったんですよ」

 波佐間の眉間に皺が寄る。隣にいる莉子も、そして的場が犯人だと確信している人物も、同じ反応を示した。それを見た的場は自分の推理が正しいと確信し、更に胸を張って話を続けることができた。

「確かに二件目の犯行が行われた現場である畑は、五年前にも殺人事件があった場所です。でも、犯人がそうして五年前と関連付けて犯行に及ぼそうとしたのなら、どうして一件目は理科室ではなくプールだったんでしょうか」

 的場の問いかけに答えられるものは、誰もいなかった。

「どうして二件目の被害者は、胴体にロープを巻き付けられていたんでしょうか」

「それは、五年前の事件で消された証言に合わせて」

「その証言は、畑で起こった殺人事件とは無関係です。つまり、五年前の事件と今回の事件を関連付けて考える場合、あのロープは不純物だということです。本来なら彼は畑に半身を埋められておく必要があったし、一件目の現場は理科室になるべきだった。これだけ違う点があるのに、どうして五年前の事件と無理やり関連付けようとするんですか、波佐間さん」

「それは……」

 波佐間はそこで口を閉じ、それ以上何も口にしなかった。ただ黙って的場が話すのを見届けていたが、その目つきはとても鋭い。まだ心のどこかで的場を疑い、自分が言いくるめられている可能性を考えているのかもしれない。

 そんな波佐間の動向が気になったが、今は犯人に集中することが何よりも肝要だと思って、的場は波佐間から目を逸らした。

 犯人を真っ直ぐに見つめる。向こうも、こちらの方を真っ直ぐに見つめている。それは先ほどまでの覚悟が決まった目とは違い、戸惑いや迷いの色が見て取れるものだった。その理由にも、的場は大体の見当がついている。

 少し前の的場だったら、今回の事件のことは内々で処理して、すべてを無かったことにしていただろう。今目の前にいる犯人の気持ちが、的場には分かるような気がした。だがそれと同時に、事件を無かったことにすればそのような道を辿ることになるのかも、的場には手に取るように分かった。罪悪感や罪が暴露される恐怖などを抱えたまま生きるのが、どれほど辛く、また不毛なものか。あの犯人に、的場と同じ道を歩ませるわけにはいかなかった。

 的場は覚悟を決め、遂に核心に迫る質問を投げかけた。

「緑山先生にお尋ねしたいのですが、私に塩素補充の手順を見せる前、あなたはなにをしていましたか」

「え……」

 静子の目に、困惑の色が滲む。的場の質問の意図を、測りかねているようだった。

 的場は静子の方を見て微笑み、話を続ける。

「緑山先生。先ほども言った通り、水泳部の顧問である三人はプールでのアリバイ工作を施す必要が無く、犯人だとは考えていません。だから、安心して答えてください。それが、犯人を特定することに繋がります」

 的場の言葉の後、静子はしばらく考え込むように俯いて、両手を合わせたり体を左右に振ったりと、挙動不審な様子を見せた。稲森のことを告発しようとしたが間違っていたという事実が、静子の証言しようという気持ちにブレーキをかけているように見えた。

「私の証言で、その人のこの先が決まるなんて……」

 静子がそう呟いた。的場はそれに対して励ましの言葉を述べようとしたが、その前に静子の後ろにいた人物が声をかけた。

「緑山先生。そう思うのなら、もう教師なんて辞めたほうがいい。教師という仕事は、子どもの成長を見られる素晴らしい仕事です。だからこそ、果たすべき責任も物凄く重い。特に高校生ともなれば、進学する大学で何を学ぶのかによって仕事内容にも影響が出てくるでしょう。仕事は一生を左右するもの。あなたのたった一言で、その一生を左右する決断を変えた生徒だっているかもしれません。その覚悟が持てないというのなら、今すぐ教師なんて辞めてください。その覚悟があるのなら、ここで正直に証言するべきです。たとえ、その証言で誰かが刑務所に入ることになったとしても、です」

 静子は、今熱く語った天津川の方を向いた。それを見た天津川は静かに、だが力強く頷き、静子の背中をそっと押した。背中を押された静子は、的場の方を向いて先ほどの質問に答えた。

「一階の倉庫に、古いディーゼルを置いてきました」

「他の誰かと一緒に行きましたか」

「いいえ。私一人で行きましたし、倉庫にも誰もいませんでした」

「鍵はどうしましたか」

「鍵は持ったまま、プールへ向かいました。的場さん、なんだか急いでいるようだったので」

「この学校の一階には、倉庫に使っている教室が複数個存在しますか」

「いいえ。カウンセリングルームの隣にある、あのネームプレートのついていない教室だけです。他にも各教科で資料などを保管するための部屋がありますが、すべての部屋に名前が付いています。この学校で倉庫としか呼べないのは、一か所だけです」

「ありがとうございました」

 静子との質疑応答を終えた的場は、とある人物の方へゆっくりと歩みだした。

「緑山先生が私に塩素補充の手順を見せてくれてすぐのこと、畑の方から悲鳴が聞こえてきました。そう、今緑山先生が証言した行動は、二件目の事件が発生した直前の行動だったんです。でも、ここでおかしなことが一つあります」

 的場は、その歩みを止めた。

「全く同じタイミングで、同じ場所にいたと証言した人がいるんです。これは一体、どういうことでしょうか」

 的場は目の前の人物にそう問いかけるが、何の返答もない。

「……それでは、これを見てください」

 続いて的場は、チャック付きの袋の中に入れられた鍵束を取り出して見せた。

「これは、稲森先生から預かったプールの鍵です。この鍵には稲森先生の他に、あなたの指紋が付いていました。その指紋はポンプ室の中にも付いていましたし、第二の現場である畑にもいくつか残されていました。そして、稲森先生からの証言もありました。波風くんの遺体が発見された当日、あなたにこの鍵を貸し、塩素の補充を頼んだと」

 的場の視界が歪んだ。

 どうしてこんな結末になってしまうのか。どうして、自分が全く望まない形の結末しか経験することができないのか。自分の人生を呪った。

 それでも、的場は数秒天を仰いだ後、犯人への追及を続けた。ここでの苦しみは一瞬だが、これを引きずって生きるのは一生続くのだ。ここですべて終わらせ、罪を償わせる。それが、何よりの恩返しだと思えた。

「もう言い逃れはできませんよ――天津川先生」

 的場に名指しされた天津川は、特に慌てる様子もなく、静かにこちらを見ていた。

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