第6話 アラサー刑事は気付く
学校に戻った的場は、すぐに第二の現場である畑に戻った。現場ではまだ鑑識作業が行われており、中に入ることはできない。辺りに目を凝らすと、周辺住民がスマートフォンや双眼鏡片手に、物珍しそうに現場の方を見ている。おそらくは今頃、SNS等で情報が拡散されていることだろう。学校側としては、正式発表の前に情報が漏洩しているということなので、また一つ悩みの種が増えたといったところだろうか。
「あ、えっと……今は的場さんでいいんですかね」
現場の前で立って現状を把握していると、背後から莉子が声をかけてきた。莉子もスーツ姿の的場に違和感があるのか、なんだかぎこちない話し方をしている。
「ああ、今は豊延署の的場だ。それで、現状分かっていることはなんだ」
「一先ず、搬送先の病院で被害者の死亡が確認されました。そして、被害者の身元が判明しました。二子幟武彦、この学校の三年生です。担任に話を聞いたところ、一件目の被害者である波風篤人と仲が良かったとの証言が得られました」
「なら、例の暴行事件で加害者の一人であった可能性もあるな」
「はい。それと、凶器についてですが、畑の脇にある排水溝にそのまま捨てられていました。被害者のものと思われる血液が付着しており、今鑑識に回して指紋などを調査中です」
「凶器がその場に捨ててあったのか?」
「はい。どうかしましたか」
的場の中に、大きな疑問が浮かんだ。
一件目と二件目の事件では、性質があまりに違う気がしたのだ。一件目の事件は、絞殺後に何らかの目的で遺体をプールに遺棄している。そして未だに、凶器が何のかということは判明していない。ここには、明らかに犯行を隠そうとする犯人の動きが見て取れる。
しかし、二件目はそういった動きが一切見られない。遺体は学校の外からでも発見されやすい畑に放置されていたし、凶器だってその場に捨てられており、すぐに発見されている。
ここまで何もかも違ってくると、同一人物による犯行なのかすら怪しく思えてくる。あるいは、どちらかの事件は突発的に行われたため、杜撰な犯行になったのかもしれない。だとしたら、現場の状況から考えて、二件目が突発的な犯行だと考えるべきだろう。
だとしたら、犯人の身に何が起こってこのような結果になったというのだろうか。それに、もしこの仮説が違うのだとしたら、この性質の違いはどう説明されるというのだろうか。
的場はしばらく考えたが、その答えは出なかった。
仮説ではなく、証拠や証言から考えよう。そう思った的場は、莉子にその他の報告事項が無いかを確認した。
「校務員の吉田竜彦さんに、より詳細な話を聞きました。吉田さんによると、自分が校舎から出て畑で被害者を発見するまでの間には、一切人影を見なかったという事でした。そして畑の中に入るまでは、作物の影に隠れていたので被害者には気づかなかったということです」
「まあ、結構豊作みたいだし、無理はないな」
的場は畑を見渡した。校舎の側から見て手前の部分には、グリーンカーテンの要領でゴーヤが植えられていた。まだ本格的には実っていないため所々隙間が見られるが、よほど目を凝らさない限りは畑の中の様子を窺うことは困難だろう。
「そして畑の中に入って被害者を発見した吉田さんは、最初は熱中症で倒れているのかもしれないと思い駆け寄ろうとしましたが、途中で血液に気付き、その場で腰を抜かして悲鳴を上げたという事でした。悲鳴を上げて一分と経たない内に、天津川先生が駆け付けてくれということです」
「ああ、俺も悲鳴の後にプールから畑の様子を見たが、その時にはもう天津川先生が駆け付けていた。天津川先生の証言では一階の倉庫から音楽室に戻るところだったという話だったから、矛盾はないな」
「ただ、吉田さんは五十代の頃に白内障の手術を受けたため、時折視野に影などが発生するらしく、あまり証言は信用してほしくないとのことでした」
「今聞きたくない言葉ランキング、第一位の言葉だな……あ、ちょっと待って」
的場が莉子からの報告を一通り聞き終えたそのタイミングで、鑑識の人間がいくつかの証拠を片手に的場の横を通った。的場はその鑑識を呼び止め、証拠品の一つである長靴の入った袋を手に取って観察し始めた。その長靴は、ソールの側面部分に血液が付着している。
「これ、吉田さんが履いてたやつだよね」
的場がそう尋ねると、鑑識が首を縦に振った。目を皿のようにしてしばらく長靴を見た的場は、鑑識に礼を言ってそれを返した。そして再び莉子の方に顔を向けると、肩越しに波佐間の顔が、足音の一つも立てずに現れた。
「もう、俺話していいかな」
「キャーッ」
そんな状況で波佐間が急に話し出したものだから、莉子が悲鳴を上げた。殺人事件の捜査中に聞こえる女性の悲鳴。捜査関係者たちの目や近隣住民のスマートフォンのレンズが、一斉に莉子の方へ向けられる。莉子は恥ずかしさのあまり、ジャケットの裾を持ち上げて顔を隠した。
「こんな時に、そんな事件性のありそうな叫び声をあげたらさ、皆心配しちゃうじゃん。これからは、気を付けてよ」
「波佐間さんのせいじゃないですか、もう」
「あの、それで話というのは何でしょうか」
的場がそう言うと、波佐間の顔から笑顔が消えた。真剣な表情で真っ直ぐこちらを見つめる波佐間の眉間には、いつか見た異物があった。
「今回の被害者の状況、お前も見たよな」
「はい」
「五年前の事件と、あまりに似ているとは思わないか」
「いえ、私はそうは思いません」
「どうしてだ。現場は五年前の殺人事件と同じだし、被害者の胴体には両腕を拘束するようなロープが巻きつけられていた。このロープは、当時揉み消されたとある生徒の証言にあった、綾子さんの胴体に巻き付けられていたというロープだとは思わないのか」
「はい、思いません。今回の件は、五年前の一件とは全くもって無関係です。私は、そう確信しました」
「その根拠は」
「それを説明するには、まだ証拠が足りません。もう少し待っていただけますか。事件の真相を暴く時には、必ず波佐間さんもお呼びしますから」
的場がそう言うと、波佐間はあからさまな溜息をついて足早に何処かへ姿を消した。
「波佐間さん、やけに五年前のことに固執しますね」
「まあ、波佐間さんは波佐間さんで、五年前のことが真相に関係あると思っているんだろう。莉子はどうなんだ。一時は波佐間側だったように思うけど」
「私は的場さんを信じることにしました。今は何か隠しているようだけど、最後には必ず全部話してくれるって……少なくとも、天麗さんの前で恥を晒すようなことはしないって」
「――買い被りすぎだな」
そう言うと的場は莉子に背を向け、校舎の方へ歩みだした。
「どこへ行くんですか」
「ケリをつけてくるよ。五年前のことも、今回の事件も、全部な」
「犯人が分かったんですか」
「ああ。だが、まだ確証はない。それを、今から確かめに行く。俺の思っている通りなら、多分これが証拠になる」
そう言って的場は、ポケットから鍵束を取りだした。それを見た莉子は首を傾げたが、的場は何も説明することなく校舎の中へ入った。その背中に呼びかける者は、もう誰もいなかった。
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