決着の時
「なめるなああああ!」
ラフレシアに生えた竜の首が、地響きがするほどの怒号を発する。
魔王オディウムが激怒している。
不完全とはいえ、やっとの思いで
燃えかかった肉体から、すさまじい勢いでツタが伸びていく。
――消されてなるものか。
生への渇望が、オディウムの再生能力を底上げしていた。
「いくぞ!」
エリック、レイン、そしてエリスはトライアングル型に散っていく。倍増した移動速度で、あっという間にオディウムの巨体を取り囲んだ。
三方向から火属性の魔法を連発する。植物で組成されたオディウムの肉体が悲鳴を上げた。
「このままやられてたまるかあああ!」
叫ぶオディウム。無詠唱で衝撃波を発する。
「グラビディ・パルス!」
オディウムを中心として、同心円状に衝撃波が広がっていく。
局所的に重力を何万倍にもする黒魔術。当たれば、死ぬ。
だが――
「無駄よ」
レインが無表情で言うと、一瞬で黒魔術を無効化した。
魔王しか使えないはずの黒魔術を一瞬で解読して、術式を無効化したようだった。
「アマリリス」
レインが指を鳴らす。
空が割れて、亜空間からドラゴンが飛び出す。
召喚されたアマリリスが、口から濃縮されたエネルギーを放出する。ピンポイントでオディウムの体が爆撃される。
「がああああ!」
苦しむオディウム。
だが、悪夢はこれで終わらない。
上空を飛ぶケリーの飛行機から、ドクロの絵が描かれた物体が投下される。
「離れて!」
レインがそう言うと、3人は申し合わせたように距離を取った。
刹那、ドクロの描かれた小型爆弾がオディウムを直撃する。直後に、派手な音を立てて大爆発した。
爆弾の投下された空から、声が聞こえてきた。
「よくもやってくれたな、バケモノよ。漆黒の森を代表して、お前をシメてやる」
飛行機から拡声器で声が送られてくる。ダークエルフのメカニックである、ケリー・キングの声だった。
爆弾は、魔王の肉体を半分ほど吹き飛ばした。
あまりの苦痛に、オディウムが断末魔の声を上げる。
もはやリンチだった。
せっかく復活した魔王は、チートを遥かに超えた理不尽な英雄たちから袋叩きにされている。
不十分な形での復活だったこともあり、肉体の回復がダメージに追いついていない。
「いけるわ」
エリスが歓喜の声を上げる。
「さっさと終わらせましょう」
レインが感情を抑えて言う。
こういうタイプの敵は、追い詰められたら何をするのか分かったものではない。
また三方向から火属性の呪文で狙い撃ちする。
立て続けに爆発音が響く。オディウムの体は焼け焦げて、どんどん黒くなっていった。
――いよいよ魔王が倒れる。
誰もがそう思った時だった。
ふいに、空気が重くなった。
魔王オディウムの眼が一気に暗くなる。
途轍もなく嫌な予感がした。
「……けるな」
「?」
オディウムが何かを呟いている。まるで、読経のように。
「ふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるな」
呪詛のように繰り返されるつぶやき。
空気の重さが一気に増していく。
「ふざけるなああああ!」
竜が吠える。
空気が揺れ、地鳴りがした。
「まずい」
レインが思わず呻く。
これは、あの時と同じ感覚だった。
「お前たちごと、地獄へと連れて行ってやる」
オディウムの生えた地面にヒビが入り、そこだけ重力が増したかのように窪んだ。
レインの血の気が引いていく。
――オディウムは、あれをやるつもりだ。
おぞましい声が、その術式を叫ぶ。
「サクリファイス・プロージョン!」
ティム・モルフェウスがオディウムを倒した際に使った禁断の魔法。
自身の命と引き換えに大爆発を起こす秘術。
オディウムの魔力でそれをやれば、ミラグロの国土全体が吹き飛ぶ。
ここにいる3人だけではない。
ここから離れた王都ミラグロにいる民たちも、もれなく吹き飛ばされることになる。国が、世界が、取り返しのつかないダメージを受けることになる。
オディウムの巨体が強い光を放つ。
――世界が、終わる。
誰もがそう思った。
だが――
「……なぜだ?」
大爆発が起こるはずだったが、辺りは静まり返っている。
うろたえるオディウム。
先ほど唱えたはずのサクリファイス・プロージョンが発動しない。
よもやオディウムが呪文の発動に失敗することなどない。
あるとすれば、その答えはただ一つ――
ふいにオディウムの全身へ強烈な電流が流れる。
「がああああ!」
電気に焼かれ、全身が焦げていく。
この現象は明らかに知っている術式のものであった。
「貴様か……」
オディウムが、「犯人」の方を睨む。
レインが無表情で、オディウムに向けて手をかざしていた。
「忘れたの?」
レインは無表情を保ったまま、オディウムへと語りかける。
オディウムは何を言われているのか理解できず、困惑していた。
「私の能力は、一度喰らった技をそのまま盗むことよ」
「……まさか、貴様……っ!」
「そうよ。あの時はよくも妙な術式で私を無力化してくれたわね」
レインが笑う。拷問を受けながらも、彼女は自分の受けた術式をしっかりと自分のものにしていた。
――封魔の紋。
ありとあらゆる魔法を無効化する、魔導士にとっては恐怖以外の何物でもない術式。
魔法を使おうとすれば、術式と反応して強烈な電流が全身へと流れることになる。
封魔の紋はあらゆる魔法を術者から取り上げる。拷問を受けながら封魔の紋に苦しんだレインは、ほとんど本能的にその術式を自身の技として取り込んでいた。
「この卑怯者が……」
「卑怯者? あなたがよく言うわ。これまでによくも仲間たちを傷付けてくれたわね。今こそ、あなたこそがその対価を払うべき時よ」
レインは封魔の紋をオディウムの頭上に固定すると、腰に下がった2本の鞘から小太刀を抜いた。
オディウムの頭上には封魔の紋が刻まれた、巨大な魔方陣が浮かび続けている。そのせいであらゆる攻撃魔法や防御魔法ですら封じられ、その巨体はただでかいだけの的と化していた。
「や、やめ……」
オディウムが言い終わらないうちに、レインの全身から紅い光が発せられる。その背中からは、光り輝く紅い翼がホログラムのように羽ばたいていた。
――
レイン・ハンネマンに付けられた二つ名。
だが、その呼び名に相反するように、目の前のレインには荘厳さと神々しさがあった。
「これですべて終わらせるわ」
オディウムとレインが空中へと浮き始める。
優に何トンもあると思われる巨体がいとも簡単に浮かされたので、オディウムは戸惑いを隠せない。
「や、やめろ……。話せば……」
「分からないわ」
レインは無慈悲に切り捨てると、小太刀をクロスさせる。
紅いXは、
「
レインは呟くように言うと、信じられないスピードで空中を駆け抜け、縦横無尽にオディウムの巨体を斬り刻みはじめた。
あちこちから緑色の血が噴き出し、斬られた箇所は燃えていく。
オディウムが断末魔の叫びを上げる。まるでピラニアの群れに放り込まれた肉のように肉体を削られていく。
一瞬でボロキレのようになった魔王は、虚ろな眼で太陽を見上げた。
逆光の中で、人影が浮かぶ。
――ティム・モルフェウス。
出会った者がその不幸を嘆くことしかできないことからアンラッキー・モルフェウスの異名を持った伝説の英雄。
その男は、
自分が転生するのであれば、どうして宿敵もそうなる可能性を考慮しなかったのだろう。
策士として知られた男は、死に際に自身の愚かさを呪った。
レインはトドメの一太刀をオディウムの脳天に振り下ろした。
刃がオディウムの頭部を切り裂くとともに、その切り口からは桃色の美しい花びらが舞った。
オディウムの肉体が空中で炭化していく。
あれほど巨大であった肉体は、砂のように崩れ落ちて風に舞っていった。
大量の花びらが舞い、時間差で虚空へと消えていく。
世界を恐怖へと陥れた禍根が、再びこの世界から去って行った瞬間だった。
大空を大量の花びらが舞う光景は、とても先ほどまで死闘が繰り広げられた場所には見えなかった。
――闘いは終わった。
ケリーの飛行機に乗った帝国兵たちが歓喜の声を上げる。
大空を飛ぶアマリリスも、嬉しそうに青い空で8の字を描いていた。
オディウムを相手にしていたエリックとエリスも、すっかり疲れ果ててその場にへたり込んだ。どちらかと言えば肉体的なものより、精神的な重みが一気に抜けたせいで力が入らなくなっていた。
レインが覚醒を解き、エリスの前にゆっくりと地上へと降りて来る。
前世で愛した恋人であるティム・モルフェウスの生まれ変わり。
彼はもういない。
だけど、そのアイデンティティーを持っていた女性が目の前にいる。
考えれば考えるほど、不思議な光景だった。
二人は見つめ合う。
長い時間。
それまでの想いを交換するように。
「ただいま」
レインがふいに口を開いた。
その姿に、ティムの笑顔が重なった。
エリスの眼に涙が溢れてくる。
「おかえり」
それだけ言うと、二人は抱き合った。
再び出会うまで、長い時間が経った。
その空白を埋めるのには、こうすること以外に方法は無かった。
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