時を超える絆

 ――絶望的。


 今の状況を一言で表すなら、それしかなかった。


 腕を負傷したレインは、魔王オディウムの巨体を見上げる。


 周囲には凶悪な意思を持ったツタが蛇のようにあちこちを這いずっている。


「愚かな女だ」


 オディウムはあきれたように言う。


 でかい花の上から伸びた竜の苦笑。そう見られない光景だった。


「お前はその女エリスを見捨ててでも、私に一太刀を入れるべきだった。そうすれば状況も少しは変わっていたかもな」


 レインは答えずに、悔しそうな顔でオディウムを睨んでいた。


 オディウムはレインの無念など知らないとでもばかりに、話を続ける。


「だが、それも遅い。お前は二度、私との闘いで死ぬことになる」


 オディウムが呪文を詠唱しはじめる。


 暗黒の粒子が、虚空へと集まっていく。


「即席のブラックホールに呑まれて死ぬがいい」


 暗黒物質が渦をまきはじめる。


 周囲の物質が強烈な引力で呑まれていく。


 このままでは、小型のブラックホールへと飲み込まれて死ぬ。


 その時――


 轟音とともに、巨大な炎の玉がオディウムの巨体へ直撃した。


 まったく予期していなかった一撃に、オディウムが叫び声を上げる。


 炎は竜の横っ面を直撃して、その周囲のツタを燃やし尽くした。レインやエリスも、あまりの火力と爆風で派手に吹っ飛ばされた。


 硬い床に尻を打ち、顔をしかめながら向こう側を見ると、オディウムを取り囲む大量のツタがこれでもかと燃やされていた。


「あれは……」


 驚いたレインが見上げると、大空から竜が舞い降りてきた。竜はその場でホバリングするように羽ばたいている。その背中には、見覚えのある男の姿があった。


 男と目が合う。


「久しぶりだな、相棒」


 懐かしい声。それは、彼が皇帝になっても変わらない。


 英雄であり皇帝であり、そして何より生前の友であったエリックだった。


 彼には転生のことは話していない。だが、何らかの事情ですべてを知った様子だった。ケリーがうまいこと説明してくれたのだろう。


「エリック!」


 レインの呼びかけへとこたえるように、かつての親友は竜の背中から飛び降りた。


「悪いな、二人も間違えて吹っ飛ばしちまった。しばらくぶりのせいか、火加減を間違えたんだろうな」


 エリックがばつが悪そうに苦笑する。


 皇帝が手の平をレインへと向ける。無詠唱で放たれた回復魔法のセラピアで、レインの傷がみるみる回復していく。


「回復魔法なんて使えたの?」


 エリックは筋肉バカの戦士のはずだった。


 少なくとも魔王オディウム討伐時には回復魔法なんて使えなかったはずだった。


「まあ」エリックは口角を上げる。


「俺も日々成長しているってことだ」


 レインの傷が全快した。


 腕は自由に動くようになった。これでまた全力で闘える。


「つもる話は後で話そう。奥さんを放っておくと後でおっかないんでね」


 エリックは巨大な剣を両手に持ったまま、倒れ込んだエリスの方へと走り寄った。


 軽く声をかけると、セラピアをかけて弱った体を復活させる。


 すっかり弱っていた体も元気を取り戻したが、「遅い!」と頭をはたかれていた。どうやら皇帝は尻に敷かれているらしい。


「さあて」


 エリックは気を取り直して口を開く。


 目の前では不意打ちの炎へ激怒したオディウムが、おぞましい咆哮を上げている。ミラグロ中に響くような、すさまじい音量だった。


 全員が耳を塞いで轟音を防ぐと、続きをエリックが話しはじめる。


「さてティム。いや、今はレインか。お前がどうやってここに戻って来たのか、今はどうでもいい。ただ一つお願いがある」


 エリックはそれぞれの手に握った剣を構える。


「今だけ、その力を貸してくれ。悲劇だろうが、苦労話だろうが、生きているから語ることができるんだからな」


「ええ、そうね」


「またこの三人で組む日が来るなんてね」


 エリスが嬉しそうに無詠唱の補助魔法を発動させる。


「身体倍増」


「攻撃力倍増」


「速度倍増」


「魔力倍増」


 敵からすれば悪夢レベルのドーピング魔法が全員にかけられる。気持ちの高揚も手伝ってか、エリスの能力も瞬間的に爆上がりしていた。


 三人は自然と目を合わせ、無言で頷いた。


「なんか不思議な感じだな。まあ、いいや。とりあえず行くぞ!」


 全員で飛び出す。


 復活した世界の救世主3人が、時を経てまた集った。

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