致命傷

「忘れようにも、忘れられないわね」


 前世の苦い記憶を思い出して、レインは苦笑した。


 コロセウムの中心には巨大なラフレシア。その中心から巨大な竜の首が伸びている。


 ――魔王オディウム。


 世界を混沌へとおとしいれ、前世で自身の命と引き換えに倒したはずの厄災。


 もっとも望まれていない存在が、ここミラグロで復活している。


 オディウムを中心にして伸びていくツタは、コロシアムを超えて周囲の大地を埋め尽くしていく。控え目に表現しても地獄のような光景であった。


 コロシアムにいた人々はほぼ全員がツタに絡めとられ、食虫植物に食われる虫のように吸収されていった。


 ツタが被告席へと伸びる。無力化されたエリスへと向かっていった。


 エリスは魔法を封じられている。このままでは彼女までがオディウムの養分として捕食される。


「そうはさせない」


 レインは少しだけ呪文を詠唱すると、両手から炎の玉を生じさせた。


「グラン・フラム!」


 炎の玉はエリスを取り囲むツタを吹き飛ばした。


 ツタは紅く燃え上がり、そのまま崩れ落ちていく。


 無防備なエリスは防御魔法を使うこともできず、ローブで頭を覆って炎をしのいでいた。


 炎の威力は絶大だった。オディウムの下半身は明らかに植物のたぐいにあたるので、純粋に燃やしてしまう戦法は有効だった。


 だが、それにも増してオディウムのツタはみるみる再生し、拡張していく。それは再現なく伸びていき、地底から溢れてくる。


 炎属性の呪文を上回るスピードで増加したツタは、その先端を鋭利な形へと変貌させると、エリスめがけて槍のように飛んできた。


 エリスが思わず背を向ける。ツタは容赦なくその背中へと降り注ごうとしていた。


「危ない!」


 神速のスキルで移動速度を爆発的に伸ばしたレインが、エリスをそこから突き飛ばした。


 エリス目がけて飛んできたツタは、レインの右腕を貫通した。


 想像を超えた激痛に、時が止まる。


 もはや痛いなどというレベルではない。レインの右腕から感覚が消え去った。


「……っぅ……がっ……」


 声にならない声。


 破壊された右腕をかばう。


 右腕からはおびただしい量の血が流れていた。


「愚かな。それで私に勝つつもりか……」


 オディウムが感情のない声で言う。


 レインは乱れた呼吸を整えようと努力する。


 最悪だ。もっとも万全で闘わないといけない相手を前に、致命的な負傷を負った。


 エリスを見る。


 取り返しのつかないミスをしてしまったという風に、呆然とした表情をしていた。


 たしかに、どうあがいても希望を見出すのが難しいシチュエーションだった。


 目の前には復活したオディウム。


 右手は負傷して、大量に出血している。


 自身の体力がどんどん目減りしていくのが分かる。戦闘で役立ってきたはずの「分析アナリシス」のスキルが、皮肉にも現状の悲惨さをよりリアルに伝えてくる。


「さて、何年も前のお礼をたっぷりしてやろうか」


 オディウムが不気味に笑う。


 もはやまともに死ねるのかすら、疑わしい状況となっていた。

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