暴露される謀略

 コロシアムの人々は凍り付いていた。


 王都ミラグロは不埒なテロリストを成敗するためにマラークへ赴き、実際に悪の組織を倒したと思っていた。


 実際に連邦の一国を救ったことは間違いないだろうが、実情は善と悪のように明白なものではなかった。


 悪の枢軸と思われていたザイフ族は、ただ生き延びようとしただけだった。


 人々はゲオルクを見た。ミラグロのナンバー2となった男は、全身から殺気を放っていた。にわかにレインの見せたプレゼンテーションの信憑性が増していく。


「映像はこれだけじゃないわ」


 レインは追い打ちをかける。


 また虚空の映像が切り替わる。


 次に映り込んだのは東のデウサだった。


 デウサの内乱についての説明が文字で流れ、またテロリストにされた男が映り込む。インタビューが始まり、後の流れはマラークのそれとほぼ同じだった。同様に、残りのマンティコス、ミュートス、ゲハイニムスの映像が流れていく。


 映像が一通り終わると、誰もがある結論に達した。


 紛争や内乱のあったとされる西のマラーク、東のデウサ、貿易都市マンティコス、宗教都市ミュートス、砂漠都市ゲハイニムスはすべて、同じ武器商人に内部での対立を煽られて、異国の武器を与えられては互いに殺し合っていったということだった。


 その中心には、ことごとくゲオルクの風貌と一致した武器商人が存在した。


 誰もが見てはいけないものを見てしまった気がした。


「ここまでの所業でも魔王顔負けですけど、この惨劇の連鎖はこれで終わりではないのです」


 レインが続ける。


「異世界から強大な力を持つ魔物を召喚する血の紋レイン・イン・ブラッドには、六芒星の術式スペルを作る必要があります。ここまで紹介したのは5ヶ所です。つまり、


 コロシアムにざわめきがおこる。


 映像が世界地図に切り替わった。地図の上には赤い点で結ばれた五芒星があり、その中心には王都ミラグロがあった。


「この五芒星にの下方に一つの点が加わると、その点を線で結んで六芒星が、血の紋レイン・イン・ブラッド術式スペルができあがります。その、まだ打たれていない点の来るべき場所を見ると……」


 観客たちが息を呑む。


 六芒星最後の点。そこにある南の地点は、ダークエルフの住む漆黒の森だった。


「漆黒の森を侵攻した理由としては、表向き魔石の豊富な採掘場所を獲得するといった説明がなされていたそうです。でも、実際には違う。その本当の目的は、血の紋レイン・イン・ブラッド術式スペルを完成させるためです」


 コロシアムにどよめきが起こる。


「漆黒の森にはダークエルフたちがいます。ここで騒乱を起こし、たくさんの血が流れれば、最後の点が完成する」


 レインがゲオルクを見やる。


 ゲオルクは途轍もなく邪悪な殺気を放ち、ふいに笑い出した。


「はっはっは。なかなかよくできた創作ではないか。素晴らしい。物語として販売するべきだね。だが……」


 ゲオルクは邪悪な笑みを浮かべる。


「お前はそれをどう証明するつもりなのだ。お前が述べたのはあくまで仮説にすぎない。何も知らない無垢な国民は騙せても、この私は騙せんぞ」


 勝ち誇るゲオルクを、レインが鼻で笑った。


「何がおかしい?」


 ふいにゲオルクの眼が鋭くなる。執念深くプライドの高いこと男は、一度受けた侮辱を決して忘れない。


「まったく、想像を超える大根役者だわ」


 レインは辛辣な言葉とともに続ける。


血の紋レイン・イン・ブラッドは異世界から魔物を呼びだす術式と言いました。これにはもう少し条件があって、血の紋レイン・イン・ブラッドが発動する際には、その対象となる魔物と関係のある場所を中心とする必要があります」


 ふいに皆の血の気が引いていく。


「思い出して下さい。六芒星の中心となる、このコロセウムは何があった場所でしょうか?」


 思い出すまでもない。


 ミラグロの民衆たちの脳裏に悪夢がよぎる。


 忘れたくとも、忘れられない悪夢。


 あまりにも有名で、この先何千年もの間語り継がれるであろう邪神。


 ――魔王オディウム。


 世界を恐怖に陥れた混沌。


 その魔王は、


 二度とその肉体が蘇らないよう、何百人もの神官によって異世界へと送られていったはずだった。その跡地にこのコロセウムが建てられている。


「まさか……」


 誰ともなく、絶望に満ちた声が漏れる。


血の紋レイン・イン・ブラッドで復活させようとしている魔物――それは、魔王オディウムです」


 コロシアムにどよめきが起こる。


 ふいに訪れた動揺に、誰もが平静を保てない。


 ある者は嘔吐しはじめ、ある者はその場で気を失った。


 少しばかり正常な心を保てていた者たちは、我先にとコロシアムを逃げ始める。


 漆黒の森へ向かった皇帝エリックが闘いを始めれば、多くの血が流れて血の紋レイン・イン・ブラッドが完成する。


 そうなればここにいる者たちの命は漏れなく無くなる。それだけは疑いようもない。


 誰もが先を争ってその場を逃げ出そうとするのは自明の理だった。


 もはや誰も皇妃の公開処刑に興味などない。


 少なくとも今、死は向こう側の存在ではない。


 今にも自分を飲み込もうとしている、明白な脅威なのだ。


 阿鼻叫喚の地獄絵図が繰り広げられる中、混沌のもととなったレインは異常なまでの冷静さで口を開く。


「そろそろ正体を現したらどうなの?」


 冷たく、鋭い視線がゲオルクに刺さる。


 周囲がパニックとなる中で、この二人の占める空間は時が止まったかのようだった。


「さて、何のことやら」


「猿芝居もいい加減にしなさい」


 レインが嘲笑を浮かべる。


 ゲオルクの視線がみるみる鋭くなっていく。


「初めて見た時から気付いていたわ。全身からしたたる邪悪な波動。秘めても漏れ出る湧き水のような悪意。私には分かる。そんな不吉な存在はただ一つしか存在しない」


 レインは小太刀を抜き、ゲオルクへとその切っ先を向ける。


「ゲオルク・ベーゼ――あなたこそ、魔王オディウムの生まれ変わりよ」

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