悪夢のプレゼンテーション

 映像にはマラークで起こった紛争の概略がテロップ式の文字で流れていく。


 マラークには豊富な鉱物や石油資源があった。それらは国に豊かな富をもたらし、それによってもたらされた水準の高い生活は、人々の心に余裕と品格を与えていた。


 だが、ある日マラーク国内でミラグロを中心とする連邦から独立を宣言した種族が現れる。のちに悪名とともに語られるザイフ族である。


 粗暴な男たちを中心に構成されたザイフ族は、あちこちで銃火器を使って罪の無い人々を殺戮して回り、一時は国家の中枢であり国政の場としても機能しているマラーク城を占拠した。


 ザイフ族が自身の国家樹立と近隣諸国への軍事侵攻を仄めかしてすぐに、王都ミラグロから派遣された大量の帝国兵がザイフ族の鎮圧を行った。


 迅速と言えば聞こえがいいが、あまりにも手際が良すぎた。まるで、最初から何が起こるのかを知っていたかのようだった。


 ふいに映像には、いかにも粗暴といった風の男が映り込んだ。


 男の説明が文字で流れていく。


 その男は反旗を翻したとされるザイフ族の生き残りで、迫害から逃げ回りながら、不安と恐怖の尽きない毎日を送っている。


 レインの声が映像の外から流れる。


 どうやら魔石の通信機能を使って行われているやり取りのようだった。


『それで、どうして自身を追い込むような反乱を起こしたの?』


『どうしたもこうしたもねえよ。俺たちは生きるために反乱を起こすしかなかったんだからよ』


『詳しく聞かせて頂戴』


『ある日、マラークの役人だか貴族だかが、俺たちの暮らす集落へとやって来たんだ。そいつは何が気に入らなかったのか、ザイフ族はマラークの土地に住むのだから、マラーク国民として暮らしていけないならここを出て行けと言われた。今までザイフ族とマラークはうまくやっていたから、寝耳に水どころの騒ぎじゃないね。仲間だと思っていた奴に後ろから刺された気分だった』


 映像を見守るコロシアムの人々が息を呑む。


 国際的な紛争の影に隠れていた、暗部を偶然にも目撃している。


 ――自分たちはとんでもないものを見せられている。


 誰にでもその自覚があった。


 そこには興奮というより、禁忌の扉を偶然開けてしまった時の寒気の方が勝っていた。


 映像は続く。


『俺たちは急にマラークを追われ、物騒な武器を持った兵士がやって来た。逆らう者は殺されて、器量のいい女たちは犯された。次々と、そう、何人も』


『戦争犯罪が行われたということ?』


『何が王都ミラグロにとって戦争犯罪となるのか俺には知ったこっちゃねえが、一言で表すなら鬼畜の所業ってもんよ。あいつらは俺たちを人間と思っていなかった』


『それで報復をしたの』


『いや、あ~、ああ。まあ、そんなところもあるが、そこに行き着くまでの段階があった』


『段階、とは?』


『どこかから戦争商人とやらがフラっと現れてきた。今思えば、国を終われた俺たちは商売のいいカモだったんだろうな』


『それからどうなったの?』


『その商人はこう言ってきたんだ。君たちは不当な暴力に屈すのではなく、独立戦争を仕掛けるべきだってな。俺たちも実際に追い詰められている状況だったから、まともな思考が難しかった。言われてみれば、生きるためには闘うしかないのかなと思い始めたわけだよ』


 男は溜め息をついて続ける。


『結局、俺たちはその戦争商人の口車に乗せられて武装蜂起を起こした。マラークから蹂躙されたザイフ族の独立を宣言してな。武装蜂起は思いのほかうまくいった。マラークがいくらか平和ボケしていたのと、戦争商人の融通してくれた武器が良質だったからだ。サブマシンガンとかいうやつで、鉛の球で敵をハチの巣にできる。俺たちからすれば魔法みたいな武器だったね』


『だけど、そこにミラグロの軍が介入してきた』


『そうだ。まるで最初から何が起こるのかを知っているかのようなタイミングだった。加えてミラグロの軍勢が持っている武器は俺たちのものと酷似していたんだ。その時に気付いた。ああ、俺たちはハメられたんだと』


『ミラグロの軍勢が同じ武器を所持していたと?』


『ああ、あのサブマシンガンっていう武器は、どこか遠くの機械文明の国で作られた武器らしい。他のどこにもないはずのそれを持っているということは、あの武器商人が俺たちをけしかけて、同じ武器を売っていたことになる。まさに死の商人だよ。俺たちはすっかり騙された』


 男は遠い目で続ける。


『たしかに持っている武器は同じだった。だが、圧倒的に兵士の数が違う。俺たちはあちこちから囲まれて、サブマシンガンでハチの巣にされた。今、俺が生きているのも、何かの間違いにほど近い幸運が舞い降りただけっていうことだ。それだけたくさんの人々が殺されていった』


 男は虚ろな眼で虚空を眺める。その時の光景が脳裏によぎっているようだった。


 声だけが聞こえるレインが尋ねる。


『その男の顔、こんな感じじゃなかった?』


 画面に大写しになるゲオルク・ベーゼの顔。


 その映像を見た途端、男はガタガタと震えはじめ、口の端からヨダレが垂れはじめた。


『そいつだ……。間違いない。そいつが俺たちを破滅へと追いやった……』


 男は両手で耳を塞ぎ、充血した目から涙を流していた。


 狂気の声とともに、映像が途切れる。


 ――コロシアムの人々は誰一人として口を開けなかった。


 あまりの衝撃に、時間差で互いに目を見合わせる。


 ゲオルクは暗い目でレインを見つめていた。

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